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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
国家の転機
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王都の酒場の与太話

王都トウド 独立交易商組合。

 一般的には単に組合や、ギルドとも言われている。独立商人として個人の輸送、販売を目的として複数の国家を行き交う商人たちが互助を目的として設立した組織である。


 歴史は長く、古くはスラールの時代にその前身があり、サザウが国家として独立した際にその設立を呼びかけ、貴族として定住を選ばなかった商人たちが、スラール西部の自治領、後のリゼウ国や東部のスラール本国を往来する拠点として発展する。

 現在では東のバルドー国からリゼウ国西端までの街道陸運、海運に幅広く目を光らせ、独立商人たちに需要供給の情報普及を担う他、このトウドに構える組合本部ではサザウ国より発行された運送依頼を受注、管理し、所属する商人たちに仲介している。


 そんな本部周辺に点在する酒場では、国に束縛されない商人たちが酒を飲みながら情報交換をする。

 儲ければ自慢をし、酒に口も軽くなる。

 そして大成を夢見る未来の大商人たちは、酔ってはいても常に聞き耳を立てている。



 冬季ともなれば、いつも以上に賑わうそんな酒場に、珍しい需要と供給の話がある。


 ディル領から発った荷車が王領、王都のトウドを素通りして西に向かっていく。

 エスタ領から発った荷車が同じ様に、王都を素通りし東に向かっていく。


 ディル領の荷車には陶器が積まれ、エスタ領の荷車には乾豆が積まれている。

 ディル領の港で、漁師から買い集められた貝殻が領主の館へと運ばれていく。


 ディル領では硬い薪ぐらいにしか使えない木材の値が上がっている。

 ディル領の港の漁師が不釣り合いに見事な陶器の器を持っていた。領主が塩や貝殻の代金として港に卸したものが比較的安く流通しているらしい。


 ディルの領主は、冬季の交流会の時期なのに未だに領から一度も出ていない。


「で、ディル領になにか起こっていると見る?」

 豊富な顎髭あごひげを蓄えた商人が友人の商人と酒を飲みながら、噂話を肴にしている。


「いよいよ、内陸開拓に行き詰まって財産を切り売りし始めたんだろうさ。」

 銀髪を後ろで束ねた歯並びの悪い商人が焼いた肉をかじりならが答える。


「美味いな、この鶏肉。」

「ああ、それは今年リゼウ国で鶏がよく育ったらしい。」

 顎髭商人の前にも炙り焼きになった鶏の肉が酒に添えられている。


「お前は今年はシキザ領やバルドー辺りを回っていたんだろう?」


「そうだ、その話でな。乾季の頃、シキザ領の内陸でオオカミの群れが出たって噂を聞いてな。ただ直ぐ聞かなくなったんだ。しかしバルドー国側にはそういう話がない。」

「成程、そいつがディル領側に流れたってことか。」

 銀髪の商人が肉を咀嚼そしゃくしながら、頷く。


「ディルの港に出回ってるって陶器を、こっちに来る途中で見れてな。あれは王領の貴族の屋敷なんかで使うような上等な品だった。それを潰しに困るだろうって大盤振る舞いに港に卸して、それで塩や乾豆、後は漁船にまで使いが足を運んで貝を山程と仕入れていったってな。」


「成程。その貝はあれか、干して保存食として扱えるか。湯で戻して一緒に食えば、旨味もあり腹持ちも悪くない。」


「それにだ、ちょっと貴族たちの話も入ってきてな。」

 銀髪商人が安酒を片手に、声を細めて言う。


「どうやら冬季早々の王族主催の交流会で騒動があったらしい。」

「騒動?」


「二枚の皿の話ってな。見事な皿をディルのコが持参し、売り込みをかけたらしい。」

 顎髭商人の眉が動き、酒を口に運ぶ手が止まる。


「ところが、よりにもよって国王の前でそれが割れちまったらしい。」

「気の毒にな。さっきの話なら一枚だって惜しいだろうに。」


「そこに現れたのが、シキザ領のコヴ様よ。偶然持ち合わせてた皿で場を取り持ったって訳よ。その皿が悪かった。」

 まるそれを見てきたかのように語る銀髪商人の口調に、思わず聞き入る。


「似たような色合いの皿、それも鉄の皿だ。全く同時に売り込みをかけてたって訳さ。」

「それでは、その場の話題は鉄の皿で持ちきりか。相手が鉄の皿では分が悪い。割れないではないか。」


「今、王領の常駐貴族たちはこぞってシキザ領のコヴの元になんとか取引できないかって詰めかけてるらしい。皿の出処はバルドー国でな。あっちでは今年、良質な鉄鉱石が沢山出たのは間違いない。出揃ってる話を並べて見る限り、噂は本当だろうさ。」

 銀髪商人が飲み干した酒を継ぎ足しながら言う。頬は緩み、上機嫌そうに追加の酒を求める。


 顎髭商人は髭をさすりながら熟考する。


「ディルとエスタのコヴが先代の頃から懇意なのは有名だ。となると、その陶器がいくらあっても最早エスタぐらいしか買ってくれなかったわけか。エスタから乾豆が流れるのも、それか。」

「固くて薪にしか使えないような木材の値まで上がるってのは余程だぞ、ディルは。」


 その噂話は、聞き耳を立てていた周囲の独立商人たちによって、サザウ国内に広まっていく。


「果たしてそれがどこまで真実か。」

 その場の片隅で、相席もなく静かに呑んでいた男が一人、ボソリとつぶやいた。

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