発注と供給
広葉樹と針葉樹。
木の種類を知る上でこの二つの区分は避けて通れない。
それぞれ葉の形により区分されているものの、その実態は木の構造そのものにも波及している。
全ての生体に於いて統一しているという裏付けは未だ無いが、針葉樹は直線的に水を吸い上げ、広葉樹は伸縮により水を吸い上げる、という側面がある。
健康的な針葉樹は若い中心部に樹液・水分の吸収管が集中しそれが枝葉まで続いている。対して広葉樹は一年ごとの年輪に沿って吸水管が分布する。
乾燥・或いは加熱により水蒸気を抜く際、これらの違いが乾燥速度に違いを生む。
一般的には針葉樹のほうが中心への保水量が多いため、水蒸気が抜けていき密度を失っており脆く、炭にした時に燃焼時間の悪い炭となる。
逆に建材とした際にはその柔軟性が良材として扱われる。スギやヒノキなどが日本では身近な例だろうか。
広葉樹は吸水管の伸縮に依って水量がまばらで分散している。
組織の密度が品種、成長、伐採時期などが異なると揃えにくい。よって乾燥・加熱による水分の放出に斑がある。
組織的に水分が少なかった部位は密度が高く、この密度の高さが炭とした時の燃焼時間、燃焼温度に繋がる。
日本で著名な備長炭が樫やブナ種が好み使われるのは、研鑽により、密度、水分量から炭の作成工程の限定と最適化をし続けた結果であり、炭という生産物に求められるものに擦り合わせ続けた上での評価された品質である。
コ・ジエがまず考えたのは、薪として求められる木材と、炭として求められる木材が「異なる」点についてである。
幢子が「広葉樹」、「針葉樹」とわけたが、実はそれは不十分なのではないか。
それを思い描いた時に至ったのは、建材であった。
建材に優れた木材、適さない木材。
それを理由とし、木の種類によって「価格が異なる」のは、領の官吏として、領主の一族として、商人の子として承知している事であった。
そしてつい先日も、粘性ある樹液の探索を通じて木の種類について嫌というほど思い知らされたばかりである。
幢子はその手で炭を摘み、その炭は音を立てて崩れる。
それは何気ない手慰みであったが、「結果がそうであってはいけない」ということは、コ・ジエには理解できていた。
硬い広葉樹。
まず求めるべきは最優先であるそれである。品種は統一した方がいい。
自分の裁量で父に上申できるのはまずこれであった。
ここに炭製造の際に酷い匂いが出たので困った旨を書き添えておく。
続いて、その二号窯を運営する人員の不足を挙げておく。
現在は冬季であり各村の農作は停止しているはずである。
そういった彼方此方の開拓村から住民の一時的な割譲の打診を書き記す。
こうしておけば、炭焼や陶器の製造を、ポッコ村の外へ拡散する際、経験者が円滑に導入を進めてくれるはずである。
幢子の要望はどの程度の炭の量であるかは想像もつかない。その要望に対して柔軟に対応できる準備は必要なはずである。そう考えた。
その際に、参考として乾豆に余剰が出来つつある旨も書き添えておく。受け入れ規模に対する追加の食料の参考になるはずだ。
そして、新たな窯の建造と、窯場の建設が理想であると書き添えて封をする。
幢子の時間がない問題についてはどうしようもない。その点について、コ・ジエは諦めていた。
幢子は、時間を確保すればしただけ、新たに何かを始めてしまうものだとこの滞在で既に理解していた。食と睡眠を惜しむ程に。
限界が来るまで、求める結果が確認できるまで、幢子は止まらないのだ。
青年たちはその日、村々から領主に呼び集められていた。
腹をすかせがちな血気盛んな男性と限定し、村の蓄えに手を付けずに済むならと、僅かな荷を担いで方々から集まってきていた。
中には、ちょっとした交流で顔に覚えのある者同士も居るらしく、領主の館の庭先は賑わいを見せている。
「集まってもらってすまない。冬にその丈夫な体を持て余していると聞いて声をかけさせてもらった。諸君らには取り急ぎ春が来るまで、その丈夫さを存分に活かして貰いたいと考えている。」
現れたコヴ・ヘスは、青年たちの一人ひとりに手を取り、数台の荷車とともに送り出していく。
荷車には乾いた豆が袋に詰まってたんまりと乗せられている他、貝殻が詰まった草布の袋も見える。
先導する役人の馬を追うように、青年たちは荷車を交代で押していく。
途中には今まさに枯れた木を切り倒している木こりの青年を幾人も見かける。
倒され乾かされている木も散見する。
まばらに切り倒されているそれを、決まった品種の木だけを切り倒していると道中に語る青年も居た。
昼に領主の館を出て、途中、冷える夜を火を焚いて過ごす。
荷車の豆をある程度は自由に食べて構わないと聞き、炙り焼いて食べる。どこに行くのかは知らないが、景気のいい話だと笑う青年も居た。
馬に乗った役人も、その荷車から豆を焼いて食べるのを見て、話に華が咲く。
ただどこに向かっているのかだけは、明日には分かると、それ以上口を割ることはなかった。
そうして夜が明けて少し歩いた頃、行く先の空に煙が立ち上っているのを誰かが、気づく。
そこが何処であるかを知る土地鑑のある者が居る。
あそこには川と村があり、あの煙は一大事に違いないと慌てて駆け出す。
荷車を引くものと馬に乗る官吏を置いて、一同はその煙の元へ向かって駆け出した。
残された役人は先頭の荷車を引く二人の青年にも聞こえる声で言う。
「あれだけ元気ならば、大丈夫だろう。」