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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
国家の転機
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二号窯の挑戦

木炭。

 文明の歴史の中で数限りなくその発展に寄与してきた固形燃料。金属学の発展もその初期発展はこの木炭に対する研究の成果といって過言ではない。


 木を焼く。

 単にそれだけの行為にも関わらず、その変化は様々。炭として固形が残る場合もあれば、樹液などを揮発させ煙を吐き出す、草木灰として可燃性を失い細かい粒子へと変化していくこともある。


 木を燃やすということを追求していく、炭という結果だけを集積していった事が、燃料の保管、運送を通じ普及を進め、炉の高温化や熱量や動力を引き出す研究へとつながっていく。


 木炭と言っても様々な性質を、多種多様な品種によって変えていく。

 やがて訪れる新たな固形燃料である石炭は、この木炭の研究や普及、研鑽や、木炭が切り開いた文明でこそ価値が理解され、運用されるものであり、その石炭の運用を経て、文明は漸く、石油の価値を理解する。

 木炭の理解が、普及が十分な発展の元で行われない限り、石炭は燃える石であり、石油は燃えるだけの水に過ぎない。


 そこに石油があろうとも、石油で肉は焼かない、のである。



 幢子が組み上げた窯の戸の意味を、村の誰も実のところ理解していなかった。


 炉を温めるなら火を炊けばいい。炉を冷ますなら火を止めればいい。

 あえて言えば燃やし過ぎずもせず、冷まし過ぎずもしない。同じ温度に保つということを夜通しの釜炊き交代で、陶器の出来栄えで少しずつ理解し始めた所であった。


 二つ目の大窯の完成を経て、二棟目の東屋はもう手狭になっていた。


 それだけならばまだしも、この冬の最中、雨さえなければ東屋の窯たちが井戸から汲み上げる水のように薪を消費する。昨年の今頃、この冬を想像していた村人は誰も居なかった。


 領主から届いた薪割りの鉈は五本を数え、薪にするための丸太が切り分けられた形で荷車で二日に一度は運ばれてくる。

 その丸太を子供も大人も一丸となって割り続ける。


 農作の仕事がない冬は静かに教会で暖を取る。そんな風に思っていた村人はもういない。

 薪割りと炉の熱で汗が湯気となり、血気盛んな青年団は交代で昼食を取る。


 腹が減って仕方がない。


 炊きだされた煮豆を口に詰め込んで飲み込む。

 炉で焚いた水釜みずがまの湯を、完全に冷めるのを待ちきれずに掬って飲み干す。


 そしてまた窯に、薪割りに戻る。


 陽が落ちるまで小口の窯では煉瓦が、陶器の素焼きが、湯が炊かれ、寒空の下ではかめに釉薬が混ぜられ、陶器が並び、磨かれ、煉瓦種が干され、薪割りの音が響く。


 僅かな休み時間は詩魔法師のエルカがオカリナを吹いてくれる。


 大窯の一号と呼ばれたそれは二日周期で陶器を吐き出す。


 四日に一度、領主から荷車がやってきて、村の「基準」を満たしたと合意を得た陶器が運ばれていく。その度に荷車は豆を積んでくる。


 冬の蓄えは十分だ。こんなに食料のある冬を、村の誰も経験をしたことがなかった。


 だがそれを食う時間すらも惜しい。

 教会の片隅に乾豆は少しずつ余って積み上がってきていた。


 そんな最前線に居るのは幢子であった。

 幢子がそうした生活を始めたのが切欠になり、それが徐々に伝染していったのだ。


 二号と呼ばれた窯を組むために、数人の子供や大人を連れ立って、漆喰を練り煉瓦を積み上げ、陽が落ちれば役人のコ・ジエを交え今日の村を報告しあい、明日の村を予定組みし、それを終えれば寝る前の子供たちやエルカと陶器の土笛を手にとっている。

 その音を聞きながら疲れ果てた大人たちは、不思議な心地よさと共に深い眠りに落ちていく。


 朝起きれば、そこでもう幢子が作業を始めている。


 誰も「彼女」を、もう客人だと思っていない。

 村の長として敬い、従った。


 二号の窯にその日、大量の薪が詰め込まれる。炭というものについては予め、村全体が集められ説明をされていた。

 いよいよそれを作る日が来たのである。


 窯に入る木は、村に運び込まれた丸太の中で、冬に枯れてしまう木の物からだけ選ばれていた。

 焚口の物はそれ以外の薪が使われる。


 陶器と異なり、少なめの薪で窯が炊かれていく。


 その日、幢子は窯の前で過ごした。

 寒い冬を火をくべ、運ばれてきた豆の汁を頬張り、寒空の夜を超え、朝になっても火を炊き続けた。


 翌日は冷たい雨が降る。

 こうした日は流石に村の全ての手が止まったが、東屋の二号窯の前に幢子が陣取り、火が炊かれ続ける。

 この日も幢子は教会へ戻ることなく東屋の中で草布を羽織って焚口に火を足しながら過ごした。


 三日目の昼、見かねた青年たちとコ・ジエが作業の手を止め交代を申し出ようとした矢先の事である。


 煙突じっと見つめていた幢子が飛び上がり、近くに寄って確認する。


「よしっ!よしっ!寝ます。」

 二号の窯には戸がついている。焚口を塞ぐもの。煙突を狭めるもの。

 幢子は焚口の火を落とし、足早にその戸を閉じ、その周りにねった土を貼り付けて固く塞ぎ、体の汗も拭かずに教会へ戻り、昼の早くから寝てしまった。


 炊事にも起きることなく眠り続けた。


 幢子は翌日と、その翌日をまるで二号窯に飽きてしまったかのようにあまり関心を示さず、窯に張り付いていた間の遅れを取り戻すようにあちこちと走り回った。

 たまに二号窯の近くにやってきては、様子を伺うぐらいの事であった。

 その際にあちこちを少しだけいじっていく。


 さらにその翌日の昼過ぎ、幢子は窯へと走っていく。

 窯を眺め、触れてみて、確かめ、戸口を開く。

 その有様に、煉瓦種を作っていた子供達やコ・ジエが足早に駆けつける。


 いつの頃からか東屋中に誰もが気にする鼻を刺激する臭いが広がっている。


 暫く後に、幢子は窯奥から、真っ黒に炭化し縮み上がったそれを抱えて飛び出してきた。


 自分自身も真っ黒になりながら満面の笑顔で。

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