表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
動き出す大国
243/249

手に取った煉瓦の意味

ある日のコ・ジエの検品報告

 港街を通過するハヤテの荷車を改める過程で、感化できない品質の煉瓦が多数見受けられた。


 荷車一台につき、十個ほどの低級なポッコ煉瓦が混じっている。


 全ての産出元ではないが、直ぐには地域を特定できない。

 追記: 聞き取り調査によれば、王都側の複数の開拓村の窯から上がった煉瓦に不良品が混じっているものと思われる。


 規定量の煉瓦を満たすために、本来であれば検品で弾かれる品が荷台に乗っている。

 参考として、その一つをポッコ村に送る。

 コヴによる確認を経て、対応をあおぎたい。


 対して、エスタ領から送られてきている羊毛加工の防寒着の品質が向上している。次回の調整会議で単価が上がる事も考えられる。


 収穫された一の豆が、農村から王都側へ運ばれ始めている。

 品質は良い。収穫量も微増はしている。



「困ったね。」

 送られてきた煉瓦と報告書に目を通し、両腕を放り出し、宙を見上げて、放心気味に幢子が言葉を吐き出した。


「コヴ、どうかしましたか?」

 手紙と煉瓦を受け取って運んできた、滞在の衛士隊部隊長は幢子の表情を見て、疑問を口にする。


「悪い知らせが続いてる。対策を考えないといけない。」


 役人が教会のドアを開ける度に、外から赤子の泣き声が響いてくる。先日生まれたばかりの、ポッコ村の新生児の声だろう事は、幢子にも理解できた。


「その煉瓦が、何か?」

 部隊長が尋ねると、幢子は頬を指でカリカリと掻きながら、添えられた煉瓦を手に取る。


「ジエさんが言うには、品質が落ちてきてるらしい。それは多分だけど、正しいと私も思う。ジエさんのそれは審美眼だろうけど、私のそれは直感と経験則。だから、その信憑性しんぴょうせいは高い。」

 幢子は右手で拳骨を作り、その背で持ち上げた煉瓦を小突く。


「私がこの村に来て、一番最初に領主に収めた煉瓦に比べれば、ずっとマシなんだけど。多分、製法だけじゃなくて原料もかな。少しずつ、無理が出てる。煉瓦の使いすぎ、煉瓦の作りすぎ。」

 そう述べて思い浮かべただけでも、ディル領の一大産出品と化しているポッコ煉瓦の用途が、幢子の頭を埋め尽くす。


「火山噴火後の復興、特に王都の復興で使われ、各地の主要な街でも利用が増えていますからね。ですが。」

 部隊長も一つの可能性を思い浮かべる。


「そう。バルドー国の各地再編と、例の防衛壁の建設。それでサザウ国の煉瓦の供給限界を迎えてしまった。ディル領北部の開拓村周辺の粘土には、サト川周辺の砂鉄を代表に、磁鉄成分を含む物が多い。だから総じてポッコ煉瓦の特徴とも言える、赤に寄った煉瓦ができるのだけど。」


 幢子は日用品として持ち込んでいるポッコ煉瓦を一つ手に取り、送られてきた煉瓦と並べて置く。


「赤みが、薄いですね。しかし、産地が違えば差異はあるものでは?」

「多分ね、何処かの村で、粘土を掘る場所を変えたんだと思う。理由はわからないけれど、ちゃんと煉瓦になってるから要件は満たしてるし、村担当の役人も、村人たちも苦労をして、出来上がって、煉瓦になっていて安心をして、荷車に乗せたんだろうね。」


「でも、集積されて、運ばれて、毎日それを確認する人は、その比較から変化に気づく。」

 ジエが気付いたという事は、早期発見であると信じたい、幢子はそう思った。


「きっとね、直ぐに他の村でも同じ事が起こる。焼き時間も変わるし、基準を満たした煉瓦の出荷量も変わるはず。時間さえあれば、それを計上することができるのだけど、消費量が多すぎてその余裕がない。それが次々と起こり始める。色が変わる程、性質の違う粘土を使うって事は、粘土の採取自体も負担増になっているかもしれない。」


「そもそも、全部の開拓村で煉瓦を全力生産する、そんな想定もなかったんだよ。炭を焼く村、陶器を焼く村、或いは製鉄を考えていく村。粘土の取り合いすら起こってるかもしれない。」


 幢子の懸念が口を出る度に、彼にもそれが具体性を持って理解が進んでいく。


「その展望がある上で、一の豆の収穫量が微増に留まっちゃった。」

 幢子は煉瓦から手と目を離し、再び、報告書を手に取る。


「今年も豊作、という訳では?」

「ないよ、勿論。少なくとも、ディル領では、ね。」

 幢子はそう断言し、額に手を当て、指でこめかみを揉み解す。


「ポッコ村で、冬季が明けてから生まれた子供は五人。凄いよね。この一年で亡くなった人は四人。どんどん増えてるんだよ。」

 部隊長は目を見開く。

 この村で漠然と感じていたものを、数字として受け取ってそれを理解できたのは、彼が王領の貴族の子弟であったからに他ならない。


 同時に、一つの誤解をしてしまう。


「出生率が上がっているのですか、この村では!」

「この村だけじゃなくて、ディル領全体で、ね。凄いよね。上がり続けてるの。」

 喜色を帯びる部隊長の表情に対して、幢子の表情は暗い。


「ディル領は、数年前の疫病騒動も最小限で食い止めた。その後も定期的な身体検査を参考に、栄養価改善や環境改善を率先して取り入れたんだよ。だから、その影響が特に色濃く出たんだろうね。」


 そして、幢子は、いつか来るだろうと予てより想定していた最悪を思い浮かべ、口を出る言葉を選ぶ。


「今の生活水準を、ディル領では維持できない所へ来ちゃった、かな。少なくとも、食料は、もう直ぐ限界が来ると思う。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ