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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
動き出す大国
242/249

帝国との国交

リゼウ国兵士分隊長の手記

 北西の山脈の向こうの国からやってきた使節が、城に滞在し雨季が終わろうとしている。


 あの山の裾を辿ってやってきたと言うが、交流がまるでなかった方角の国から、突如として兵を引き連れてやってきた。その事に不安を感じている連中も多い。


 大使館、というものを建てるという指示を受け、別の分隊が作業に当たっている。その間も、の国の兵士たちが城外の一角に陣を構えて、同時に建設を手伝っている。


 互いに言葉が通じないというのは困った事だが、そんな中で、兵士たちの中に上官の地位に居るだろう長髪、栗色の髪の女性が、何処からか手に入れた手書きの書面を見ながら、こちらの言葉で辿々《たどたど》しく話しかけて来る事もある。


 通訳、というものの必要性を宰相が会議で持ち出し、交流が多い分隊を中心に、同じ様な手記を渡されている様だ。


 慌ただしい中も、国主様のお加減は、順調な様子だ。

 サザウ国随一との噂の詩魔法士が、長く滞在をしてくれているからだろう。

 伝え聞く先代国主のお后様の様な事にならないのを祈るばかりだ。



「長く待たせて済まないな。待って貰って、出来上がるのが掘っ立て小屋に毛が生えたような物になってしまうだろうが。」

 部屋に押し入った栄治が、机の上の書面を睨みつけていたコージィと握手を交わす。


「奥方、あいや、国王様の方はいいのか?」

「様態は落ち着いている。ただ、予定日が近づいてきていてな。」

 そうして、自身でもどう繕ったらよいか解らないまま、栄治は表情を固める。


 栄治は迷った挙げ句、いつもと変わらず部屋の角に、立っているサウザンドに目を向け、軽く会釈をする。

 サウザンドは、ただ表情を固めたまま、そのまま会釈を返す。


「城内で、こっちの言葉での会話を試してくれている様だな。」

 栄治の問いに、サウザンドは表情を固めたまま頷く。


「こっちでも、ニア嬢が用意してくれた通訳のメモを複写して、そっちの言葉を本格的にやらせようと思っている。俺達が会話をできるってのは、公式には残せない、奥の手みたいなものだからな。交流がてら、手伝ってもらえると助かる。」

 頬をほおきながら、栄治がそう述べると、サウザンドはそのまま静かに、首を一度だけ縦に振る。


「こちらにしてみても困ったもんだよ。母国語で気を抜いて、うっかり内緒話もできない。暗号だろうが比喩表現だろうが、あんたに聞かれれば、そのまま筒抜けだ。転移者ってのはいい加減、手を焼くが、その中でも他国の重役に収まってるあんた達はとびきり厄介な存在だよ。」

 コージィもまた、頭を掻き、照れたような表情を浮かべて、栄治に向かって笑う。


「まぁ、悪い関係で始まったもんじゃねぇんだ。そっちの事情は解らないが、秘密主義や、敵対的な方向性は無しで居てくれると助かる。お互いに、な。」

 



「それで、だ。そっちが求めている交易については、もちろん検討をしたい。うちの国主様とも話して、いっそ、こいつを見せようって事になってな。」

 栄治は手に持ってきた紙を広げる。


 方眼の敷かれた紙面には、リゼウ国一帯の測量地図が描かれている。それは、ヤートルが制定され、この二年で取り纏めた、リゼウ国でも最上位の機密であった。


「これに近いものを、あんた達は持ってるんだろう?」


 コージィは栄治の問いに即答せず、間を置く。


 ふと、部屋の隅に佇むサウザンドの帯剣の鞘が音を立てる。

 その音に弾むかのように、コージィは片手を上げ、一つ、大きな咳払いをする。


「ああ、そうだ。悪いが、それなりの精度の地図を手に入れている。そして、俺達が持っている地図には当然、俺達の国も描かれている。見せる事はできない、がな。」


 コージィの答えに、栄治は頭に手を当て、その不精な髪をかきむしる。


「一つだけ、確かめておきたい事がある。」

「俺達の国の方が大きいぞ。規模も、発展度も、恐らく国民の数でもだ。正直、対等な関係、ではない。」


 栄治は両手を上げる。それが恐らく、降参を意味する事を、コージィもサウザンドも直ぐに理解できた。


「だが取り込もうとか、支配下に入る事を要求に来たんじゃないんだ、俺達は。そこだけは納得して欲しい。俺達には俺達の事情があって、このスラールに干渉をしてこなかった。今までは、な。」


 コージィは腕を組み、静かに栄治を見つめる。それを受け止め、栄治は両肩を反らし、深いため息を漏らす。


「俺達の国には、どれだけ文献を漁っても、北西に国があるって話は出てこなかった。調べられる範囲で、サザウ国でも情報を漁っているが、今の所、芳しくない。だが、お前さん達はそっちから来たんだろう?」

 栄治の言葉に、コージィは静かに頷く。


「西側から、版図を広げている最中の、新興国家、って事だろ?」


 続く栄治の言葉に、コージィは暫く間をおいて、一度だけ頷いた。


「仮にそっちの国に、俺が出向いて、お前さんたちの国の王、いや、皇帝か。交渉なりで、会う事はできそうか?」

 硬い表情でそれを問う栄治に、コージィは口元を緩め、振り返り、背に立つサウザンドを見る。


「ま、会ってくれるだろうが、その時は俺達も一度戻らにゃならん。直ぐには無理だな。お隣さんにも、足を伸ばさにゃならんからな。」

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