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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
動き出す大国
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遠いとおい東の果てで

 スラールと呼ばれる一帯から、海峡を渡った先の大陸。

 その大陸は広大な土地に、幾つかの国を並べ、東に、東にと広がっている。


 けれども、そんな東にも果てはある。

 大陸の東端を有する「導都アンジュ都市連合国」。

 その最果てから、無色の海を渡った、その更に先。


 そこにはまた別の大陸が広がっており、更にその中央に、ある都市。

 東の果てと呼ばれるそこは確かに存在している。



 水の中を静かに漂っていた『彼女』が薄く目蓋を開く。


「朝。」


 いつもと同じ。彼女はそうして周囲を認識し始める。音、触覚、舌の乾き方、身体の様子。

 腕を伸ばし、彼女が漂っていたその容器の端に触れて、それが何であるかを首を傾げて考える。


「ああ。そうだった。」

 ゆっくりとその透明な壁を伝って、容器の上へと這い上がる。


 そうして、彼女は容器の液体から這い上がると、肺まで満たしていたそれを嗚咽とともに吐き出して、地へと身を乗り上げる。


 辺りを見回せば、白色の光に照らされた机の上に、タオルと着替えが用意されているのを見つける。


 彼女は、周囲を見渡し、まだ暗く、そして誰も居ないことを改めて確認すると、肌や髪に残った水分をタオルで拭い、真新しいだろうその下着を手に取り、袖を通す。


 着替えを終えて、自分が浸かっていた容器の天井へとつながるタラップを手すりを頼りに降りていく。


 ちょうど彼女の視線の先で、窓から風が吹き込んで、カーテンが揺れているのが見えた。

 そこで初めて、彼女は自らの肺が、酸素を欲している事に気がつく。外の世界での呼吸の頻度を思い出していく。


「つめたい。」

 大量の空気に触れた肺から、悲鳴のような感覚が押し寄せる。

 その感覚は、彼女にとって寝起きの頭を冷ます、強い原動力となっていく。


 下着に、簡単に薄着を羽織っただけのその姿で、両腕を伸ばす。


 身体の節々が悲鳴を上げるような、筋肉の伸び縮みをする。

 その影響で、耳にまだ詰まっていた液がトロリと流れ出し、鼓膜が外気に晒される。


 外界の音が、耳を通して伝わりだした事に、彼女はそこで気がつく。

 規則的な機械音が、周囲に鳴り響いている。それを煩わしいと感じながらも、彼女は風が吹き込む窓へと向かって歩を進めた。


「まだ、夜、か。」

 窓の向こうに広がるその風景を目にして、彼女は窓の側に置かれた椅子に極自然な仕草で腰掛ける。


 眼下には城下街と言えるものが広がっている。

 そこに灯された光はまばらである。それが街灯の光であることを、彼女は理解できていた。


「お腹、空いたな。」

 自分の腹部に感じるそれが空腹であることを、彼女は思い出す。



 そうして暫くの時間が流れていき、既に沈みかけていた月が西の地平線を潜った頃、東の空は白み始めていく。


 機械が発していた警告音が止まり、彼女がそちらに目を向けるのとほぼ同時に、部屋のドアが控えめにノックされる。


「どうぞ。」

 彼女は息を呑み、一呼吸を吐き出し、そう声を発する。



「失礼いたします。おはようございます、ユメコ様。」



 窓辺のテーブルに、湯が注がれたカップが湯気を立てる。


「丁度、二十五年でございます。お久しゅうございます。」

 初老と言える男性が、白んでいく空を眺めている彼女に声を掛ける。


「お母さんはどうしたの?」

「昨年、亡くなりました。もう一度お会いしたかったと残念がっておりましたが、感謝もしておりました。」


 カップの縁から喉に注がれる湯を味わいながら、彼女は彼に振り返る。記憶の中の彼の姿と、今の姿を照らし合わせる。


「そうですか。となると、確か、九十九歳、ですね。申し訳ない事をしてしまいました。」


「いえ、母の我儘ですよ。若い時分に、ユメコ様のお側で旅した事を、温かい思い出だと言っておりました。同じ時間を生きるなと言われた事も、理解をできたと。」

 湯の入った水差しを手に側に佇む彼を、彼女は目を細めて見つめる。


「楽しかったと、墓前に伝えてあげなければいけませんね。それと、今までありがとうとも。」

 彼女の言葉を受けて、彼もまた目を細める。


「きっと、母も喜びます。ですが、母の希望で皆様の蟲食こじきとなっております故、お気持ちだけ頂戴させていただければと。」

 その言葉を聞いて、彼女はにわかにため息を吐き出す。


「貴方達の家系は、皆、そう。結局そういう事をする。」

 彼女は、目に痛みを感じ、それが涙腺を刺激する悲しみなのだという事を思い出す。


「一緒に連れて行ってほしい、と皆様に懇願をしまして。」

 その言葉を聞いて、彼女はその頭にかゆみを覚えて、その長い髪をかき分け、頭皮に指を通す。


「そういうの、嬉しいと思わない。」

 頭皮をカリカリと掻きながら、そう述べて、彼を睨む。


「前のお目覚めの際、祖母の死を伝えて、同じ言葉を賜ったと母から伝え聞いておりますな。さて、よろしければ身支度をお呼びしても?」

 彼の言葉を耳に、ふと自身の今の姿を意識し直し、彼女は頬を釣り上げ、顔を僅かに赤く染めて、表情を歪める。


「貴方達の男系、本当に嫌い。ポンコツめ。」

 憤り、という感情を思い出しながら、睨みつけたその背中は、彼女の言葉を聞き終えるまでもなく、扉の向こうへと去っていった。

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