次の段階へ
「父上。私にはどうしても納得できないことがあります。」
皿の修復の手引を聞き終え、それが今日この場で行える事ではない時間のかかるものだと聴いたコ・ジエは、村に滞在する間にそれを成し遂げる事を誓った。
「トウコ殿は、陶器の価値を見誤っている。確かに鉄には及ばないかもしれない。あの場に現れた皿には勝てなかった。しかし、その見事さの価値が失われたわけではない。私は今もそう考えています。」
気勢を失っていた息子の姿はもうない。
するべき事、そして希望を拾った息子の姿を見て、コヴ・ヘスは安堵と同時に、決意をする。
「失われるのだ。他ならぬトウコ殿自身の手によって、お前の考えているだろう価値は。」
あの夜、コヴ・ヘスはその意味を咀嚼できるだけの余裕を得られなかった。
漠然と、粗削りとしての展望。
だがこの一件、この村の今の様子が、時間の経過が、それを変えていく。
「今夜、トウコ殿と話をする。お前も同席しなさい。領主の一族として、だ。」
「その、どこまでお話して良いのでしょうか?」
その夜、教会の一室に集まる一同を前に、幢子は改めて確認する。
場にいるのは、コヴ・ヘス、コ・ジエ、そしてコヴ・ラド、詩魔法師のエルカも居る。
「全てだ。この場にいる人物は、この先の話には欠くことが出来ない協力者だ。」
幢子の目線は、まだ紹介を受けていないコヴ・ラドに向けられている。
「そうだったな。彼はエスタ領領主のラド。私の最も信頼できる盟友だ。彼には話してくれていい。」
席上で会釈するコヴ・ラドに、倣うようにトウコが会釈を返す。
同時にその場に臨席するエルカが身動ぐ。
彼女には自分だけが酷く場違いのように思えたのだ。
「エルカ殿はトウコ殿の信頼のおける味方としてこの場に居て貰っている。この場に来てもらったのはその立場もあるが、幾らかこの先の話を聞いているのではないか?この先の村の、変わり方について。」
エルカの機微に、優しくコヴ・ヘスは語りかける。
「は、はい。トウコ様は少し先の村のお話をしてくださいます。」
動揺するエルカに、幢子は頬を緩める。
この村で一番長く幢子と共に居るのは、寝食を共にするエルカなのは間違いない。
そのエルカに、幢子が一番気を許しているのは誰の目にも明らかであった。
「トウコ殿は、村の段階を次に進ませようとしている。そのために、あの二枚の陶器の話をもう村人にしたのではないか?自分が作らなくても、自分たちだけで良し悪しを試行錯誤できるように。」
「いつまでも、陶器だけ作っていても意味がありませんから。陶器はもう飽きました。」
その言葉に、コ・ジエが身動ぐ。そのココロに一寸の陰りが立ち込める。
「窯をもう一基作るだけの煉瓦も揃いそうですし。組み上げ次第、木炭を作ります。」
「作り始めれば、後には引けんか。」
コヴ・ヘスは静かに目を閉じる。それは万感の思いと共に頭痛の種でもある。
「そうですね。鉄まで一直線です。窯の構造が変わるので、最初は小型の物から手探りですが。」
「本当は、もっと副産物も効果的に使っていきたいのですけど、人材も、授業も間に合いませんから。鉄を終えて、それから工具、金具、器具を揃えてから、紙やインクなんかも。灰もありますし、木の皮や作物の植物繊維から。そうすればこちらの裁量で記録を残せるようになるので、産業を加速度的に広げられるはずです。後は只管に生産性の向上。余裕が出ればその余裕を新規開発に当てる。中長期展望を決めて、現実に落とし込んでいくだけです。どれだけ鉄を量産できるかが、取り急ぎそのまま生活水準向上の鍵になります。普及の仕方によっては大規模な技術講習会と製作物の品評会を企画するのも良いかもしれません。研鑽の一定段階ごとに講習制度への落とし込みと更新は必須です。あと、折々で楽器も揃えたいです。エルカが喜びそうなので。金属が作れるようになれば種類は爆発的に増えます。弦楽器、金管楽器だけでも製作工具・部材が必要ですし、生産性や演奏技術の確立や研究するのだって時間が必要ですから早く試作品を作るに限ります。演奏会自体はまずこの冬に教会で開催するつもりですけど、どんどん楽器の種類も多く、規模も大きくしていきたいと考えているんです。」
誰にも止めることができず、幢子の一人語りは続く。
コヴ・ヘスは思わず目を伏せ、同席者を見渡す。
その反応は一様に、異国語をただ判らず聞いているかの様子であった。
「これで終わりですね。お疲れさまでした、ジエさん。」
数日後の昼過ぎ。戸口から差し込む茜色の陽が差し込む教会。
コ・ジエは品の、荷の大事さを嫌というほど思い知らされていた。
表面的な理解度ではなく、その修復という観点で、ある。
彼の目の前には、漸く復元を終えた件の大皿があった。
この数日は彼にとって見知らぬ体験ばかりであった。
森に潜り、木々をあさる。樹液を確認すればその粘度を確かめる。
毒があるかもしれないという恐怖は常に付き纏う。触れて酷い痒みを起こすもの、指同士が張り付き離れなくなるもの、樹液に群がる虫たちにすら最初は難色を示した。
手の冷えと痛みで、それを癒やすため湯を沸かすにも、火の起こし方が覚束ない。
村の子供達が手を貸し、温めた井戸水の陶器に手を沈めればその熱さに驚く。
漸く大皿の復元を始めようにもその細かい作業に目と手が上手く動かない。
工程を再び教わり、失念と成功を繰り返しながら。
喜怒哀楽。その一連の作業に全てがあった。
「本当は金を使うんですけどね。そんなものはないので。」
幢子は木匙で皿にそれを振りかける。そして鳥の羽を束ねたハタキでそれを撫で払う。
そして手直しするように、残った樹液を木ベラで接着部に撫で付ける。
その皿は後日、件の夫妻の家に領主からの贈り物として飾られることとなった。
四方に走ったヒビ跡こそ分かるものの、似通ったもので装飾されているかにも見える。
後にそれは「継ぎ」、或いは「砂鉄継ぎ」として、この地域に伝わっていくことになる。