二種類の皿
金継ぎ。
本来、陶磁器とは割れて用途を満たせなくなれば価値は逸失する。
だがそれを惜しいと思う人が居た。幸い、修繕する技術は生まれている。
修繕前と遜色のない価値を再び与え、そして使い続けたい。
そうした思いから、体系化され、累積され、文化として育まれたのが金継ぎである。
割れた陶器を接着剤により以前の形を再び与え、そしてそのひび割れた箇所に装飾として金を当てる。
修繕したその品に価値を見出す人。
修繕の過程そのものに価値を見出す人。
文化そのものを価値と捉える人。
壊れたものを再度利用するその精神を尊ぶ人。
器は人の心を映す。そう表現する論評家や作家も少なくない。
「二人は、一年間、絶対に割れない食器一枚と、今朝焼いた三枚、交換してくれと言われたらどうする?」
幢子は夫妻に満面の笑顔でそれを問うた。
まるでその後に続く答えを知っていて確認するかのように。
二人は瞬間悩む。答えを渋るようにする夫に煮えきらず、妻が口を開いた。
「割れないお皿がもっと無いか尋ねます。そしてその枚数分、皿を焼くように夫に催促しますわ。」
「そう、こういう話。」
幢子が笑った。妻の発言を咎めるように、夫は恥ずかしがる。
「実際に、この国ではこんな陶器の皿より、鉄の皿の方が貴重なんです。もっと言えば、粘土より鉄が貴重と言い換える事が出来ます。これはどうあっても覆りません。同じ色、同じ大きさなら、陶器の皿より、鉄の皿の方が高く売れるし、注目を集めるわけです。」
コヴ・ヘスはそれを語る幢子を、目を見開いて見つめる。
コ・ジエもまた同様であった。
無表情でことの成り行きを聴く幢子と、嬉々としてそれを語る幢子。
その違いに漸くと気づいた。
「これを覆すには、鉄を粘土と同じ水準にありふれた品として、更に一年が必要です。」
「一年、というのは?」
コヴ・ヘスは素朴にそれを問う。単純な興味。漠然と、そして無意識の、とっさの問い。
「鉄はいつか錆びて脆くなりますから。それが鉄の限界でもあります。大体一年で錆が誤魔化せなくなるでしょう?」
幢子はいつも子供たちにそうするように、二人に語ってみせる。
その頬は楽しそうに赤く上気ているように見える。
コヴ・ヘスはこの顔を以前に見たことがあった。鉄を作ってみせると語ったあの夜である。
時が止まったかのような空間に、拍手が木霊する。
「お前の負けだ、ヘス。どうやら本当の正解はこれだったらしい。我々は完敗だ。」
笑い声。村をぶらぶらと眺め、遅参したコヴ・ラドが笑ってそれを述べた。
「さて、このお皿どうしましょう。どうしたいです、ジエさ、いえジエ様。」
その笑顔のまま、幢子は未だ沈んだ中にあるコ・ジエに語りかける。
幢子には、彼をそのままにしていてはいけない気がしてならなかった。
「どうしたい、とは。」
コ・ジエの酷く枯れた声がそれを問う。この場では黙して伏したまま、久々の声であった。
「直すか、捨てちゃうか。割れた皿はそれしか無いでしょう。」
「直せるのですかっ!」
言葉尻を食うように、それをコ・ジエは問う。
「私が直します。直し方をご指導ください!私がやらねばならない!」
それを見て、コヴ・ヘスは騒然とし、やがて静かに席を立つ。
自分の役目は終わったのだと感じたのだ。
立ち上がって数歩。
ガリと音を立てるものに慌てて足元を見る。
そこには先程割られた幢子の皿の破片の無残な姿があった。
「す、すまない!こ、これは直せるのだろうか?」
大きく動揺し慌てるコヴ・ヘスを幢子は大笑いし、それはもう直せないし、直さないと告げた。
冷や汗を拭い教会から出てきた親友を、コヴ・ラドが笑顔で出迎える。
「あの娘は、どういった手合いなのだ?村人と異なるのは言われなくても分かる。」
「我が領で客人として迎えている方だ。追って話そう。」
コヴ・ラドは村の様子を見渡す。
先程まで心配そうに窺っていた村人たちは、もう既にあちこちに散っている。
興味が惹かれるのはあの窯場だ。
二つある東屋の片方には見事な大窯があり、その近くには見事な陶器が草布の上に並べられていた。
娘のコ・ニアはしゃがみ込みその陶器の一つ一つを手に取りじっくりと眺めている。
「領主様。」
先程の夫妻の妻の方が、恐れ多そうにコヴ・ヘスに近寄ってくる。
「あの割れた皿、トウコ様の割られたお皿なのですが。」
たどたどしく、言葉を選ぶように、彼女は領主に言葉を紡ぐ。
「初めて皿を献上させていただいた後、トウコ様は二枚の皿をお作りになられて、同じ話をされたのです。先程と同じ、二枚の皿の話です。」
コヴ・ラドは興味深くそれを聴いている。コヴ・ヘスはそれを続けさせる。
「割られた皿は手に取りやすく、盛られる側に気を使われて作られた品でした。私達はそれを教えられた通り試してみたのです。これが領主様に収める良し悪しだと。基準、とおっしゃられて村人にいつでも触れるよう飾られていたのです。」
コヴ・ヘスは頭を抱え自らを呪い、コヴ・ラドはそれを苦笑いし聞き届けた。
村にはどこからか詩魔法師エルカのオナリナの音が響き渡り、窯の煙が静かに立ち上っていた。




