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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
群雄割拠の舞台
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次の段階へ

「いやいや、困ったものです。」

 ヨドゥバは、一夜にして様相を変えてしまったバルドー国、王都ラルタの有り様に溜め息を吐き出す。


「まさか、国の役人の約半分が夜逃げ。そんな事があるんですね。手引をしたのは恐らく。」

 そうして、ホソカワ・ユカを名乗った独立商人の事を思い浮かべる。彼女の立ち位置を考えれば、要因としてはそれだけで十分であった。


「バルドー国はこれでお終いですね。奴隷貿易を行っていた事までは掴めましたが、実態は不明のまま。これでは王に怒られてしまいます。それは困った困った。旧国の連中がスラールで一体何をしている、何をしていたのか、それもわからないまま。とは言え、このまま内陸まで行くには準備不足。国に戻りたくないなぁ。転移者の勧誘失敗も伝えねばなりませんし。気が重いなぁ。」

 手に持ったそれを指で弄びながら、周囲を見回す。ふと思い至って、身を翻してそのトリガーを引く。先端からボルトが打ち出され、死体に突き刺さる。


「やっぱり普通の人間の死体ですよねぇ。旧国の連中が巣食っていたなら、人外が出ないというのもおかしい気はしますねぇ。それとも人外共がこれなかった理由があるとか。となると、スラールには虫でも居るのでしょうか。虫は虫で、それは厄介ですが。嫌だ嫌だ。虫は怖いですねぇ。」

 独り言を重ねながら考えを整理し終えたヨドゥバは、その場を後にする。


 彼が後にしたバルドー国王の居室に残されていたのは、ただ、物言わぬ死者ばかりであった。



 男は走っていた。王城を抜け出し、夜の闇を必死に逃げ回る。

 男はこの国に、この地に、医者として送り込まれた。国王の病を治すという名目だった。


 手引をした者は、彼と入れ替わる形で、材料を積んで船で海を渡った。

 この国で材料ひとを仕入れて、今後、定期的に大陸へ送るのを監督するのが彼の役目だった。


 しかし、王城へ突然、敵国の狩人の姿をみとめ、それに気取られる前に身を隠した。


 この国の、王城の今の有り様では最早、役目も果たせそうにはなかった。


 走って逃げる闇夜の中を、月明かりだけが道を照らしている。

 その先、道の側に、黒い外套を頭まで被った何かが立っているのが男には見えた。


 足が止まる。足がすくむ。本能が恐怖を告げる。


「ひっ!」

 声を上げる。外套の何かは道へ静かに乗り上げ、彼の正面に立つと、身体を向ける。


「む、むむむ、むし、虫人むしびとかっ!」

 舌がもつれる。言葉が詰まる。それが自分に襲いかかる避けられぬ死だと知っている。

 大陸奥深く、東の地で、男の仲間が誰一人例に漏れずそうであったように。


 外套を深く被ったその頭の黒い闇から、何かが自分を見つめている。男はそれを本能で理解していた。


「御名答。」

 土を踏み込み勢いづいたその右腕が、その頭に振り下ろされる前に、男は最後に聞いたその言葉の前に意識を失う。辺りには乾季にも関わらず雨の様に水が降り、地面には水溜りができていた。


 倒れ込んだ男が作る黒い血の溜まりに、虫が群がっていく。

 黒い外套の何かは、足音も立てず静かに、月明かりが届かぬ深い闇の中に消えていく。





 帝国ミレネイルの従軍使節団が、リゼウ国の王城を訪れたのはその翌日の事であった。


「帝国ミレネイル、従軍使節、兵站大隊隊長、コージィだ。我等が偉大なる千日帝サウザンドの名代として、国交を結びに来た。ついでに大使館も置かせて貰えれば助かる。」

 通訳として介在するコヴ・ニアが、その言葉を訳し、国主アルド・リゼウに伝える。その言葉の意味が確かであることを、栄治が確認し頷くと、彼女は手を差し出す。


「握手という文化があるかどうかはわからないが、お互いまず知り合うことから初めたい。」

 差し出された手を、どういうものか分からずそれを見ていたコージィは、コヴ・ニアの通訳にその意味を知り、促されて手を取る。


「参ったな。王様、いや女王様か。現在身重とまでは完全に想定外だ。道中考えてきた交渉の口上が抜け落ちちまった。まぁ、負担をかけちゃまずい。とりあえず、友好の品として持参したものを運び込んでもいいだろうか。」

 助けを求めるような目で、コヴ・ニア、そして栄治へ視線を向けるそれに、二人は頷く。



 その光景を、やや離れた場所で控えて見ていたエルカは、使節の面々に随伴する兵士の中に、軍服に身を包んだ一人の女性の姿を見つける。


 その視線に気づいたのか、或いは相手も丁度エルカに気づいたのか、視線が交差する。


 サウザンドの視線に、エルカの胸元に真新しい青緑色のオカリナが目に留まる。

 同じ様に、エルカは、サウザンドが腰元に備え姿を覗かせている、赤いオカリナを目に留める。


 そのオカリナは、どれだけ遠く離れてみていても身間違える事の無い、エルカには直ぐ気づく、判るものだった。


 そして、それが彼女の手元に何故あるのか、それがココロを塗りつぶしていく。

 奇しくも、先刻のコヴ・ニアが揺さぶったココロは未だ揺れており、そこへ新しい波紋が広がっていく。




「コヴ・トウコ。この図面は素晴らしいぞ。十五ヤートルの船。これならば間違いはなかろう。」

 鉄道の着工式の直後から居座って、もうすぐと三の豆の収穫に差し掛かろうと言う時期に、コヴ・ドゥロは書き上がった図面に歓声を上げていた。


「ドゥロ様。そろそろ、領に戻られたほうが良いのではないですか?」

 幢子の引きつった顔から、彼女が言葉にし難かろう事を察してコ・ジエがそう進言すると、彼は興奮気味に振り返り、手に持った図面を広げる。


「手配をしたい。船大工の工具と、各所に使う釘だ。何とか工面できないだろうか。」

「鉄はもう、レールの鋳造と既存契約で御用達はできません。当面、お待ちいただくしか。」

 食って掛かる彼の視線から、思わず顔を背け、それでも発すべきを発して、コ・ジエは苦悶する。


「エルカは帰ってこないし、ドゥロ様は帰ってくれないし。はぁ。」

 幢子はため息を付きながら、ハヤテの荷車で届いたばかりの発注書と要望書きを眺めながら、頭を抱える。


「ポッコ煉瓦、湯水のように湧くわけじゃないんだけどなぁ、由佳ちゃん。」

 まだ見ぬ青銅が、手から益々と遠く離れていくような錯覚に、幢子はまた一つため息を吐き出した。



「エルカ、早く帰ってこないかな。」

 ポッコ村の教会の窓に降り注ぐ月明かりが、蝋燭の朱い光とともに、書類に顔をうつ伏せた幢子の身体を照らしていた。

期間限定アンケ 24/10/08 まで

https://x.com/sibuusa_ussako/status/1841202605240041763

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