新しい家族
詩魔法師のエルカは、今日もリゼウ国の城の窓から、東の白い空を眺めている。
「すまないな。長く引き留めてしまっている。」
国主アルド・リゼウは、そんなエルカに寝床から声を掛ける。彼女がそうして、東の空を眺める時間が長くなっていると感じ、そう述べずには居られなかった。
鉄道の着工式の直後、ポッコ村から足早に駆けつけてきたエルカは、事のあらましを幢子から聞き、彼女同伴の下、京極栄治とアルド・リゼウの前で、懐妊に間違いないだろう事を告げた。
申し訳無さそうな顔を浮かべる栄治に対し、アルド・リゼウは自身の身体に起こった事を受け止めきれずに困惑、失神し、馬車に運び込まれた。エルカは幢子に頼まれ、それに同伴し、遠路リゼウ国へとやってくる事になった。
「こんなに早く、あの時の応えに甘える機会が来るとはな。助かる。」
オカリナの奏でる願いに落ち着きを取り戻し、馬車の中で寄り添うエルカに、アルド・リゼウは述べた。
「あの時、とは?」
「トウドの交流会で、コヴ・トウコをお披露目した時の事だ。主の下、御力になれる事があれば幸い、と君は私の賛辞に応えたのだ。この様な形になるとは、その時には思いもしなかったが。」
その言葉に得心したエルカは頷き、正面で困惑気味な顔のままでいる栄治を微笑んで落ち着かせながら、窓の外を眺める。
「トウコ様に、頼まれましたから。」
あの帰途の馬車の中で、答えた言葉と全く同じに、エルカが言う姿を見て、アルド・リゼウは一時、気を落ち着かせる。
「では、その土産の一つに私の家族の話をしようか。他国の、それも国主の話ともなれば、珍しさもあるだろう。」
アルド・リゼウが腹を撫でながら言葉をエルカへと向けると、彼女は外を眺めるのを止め、その側に椅子を寄せる。
「この国はな、リゼウ国は一つの村がそのまま大きくなったようなものだ。国民の数も長らく横ばいである。諸方を回れば、何となくだが粗方の国民の顔や声も覚えてしまえる。それは農村の農民であれ、酪農家であれ、同様だ。国主の顔と声を覚えるのも、そう難しい事ではない。」
話し始めるアルド・リゼウに、エルカは静かに耳を傾ける。規模の違いはあれど、その言葉に自然とココロの中で幢子の姿を重ねる。
「城ともなれば、最早同じ家に住む家族のようなものだ。私には母が無かったから尚更だ。」
エルカが首を傾げ、やや遅れて気不味そうな顔色を浮かべる。
「そうだ。母は私を産み落とすと、産後の不良で息絶えた。今ならば、とは思う事もあるだろうが、それは過ぎた事だ。君が気にする事はない。そう言った経緯もあって、誰かのように不器用な男手の国主に代わって、役人や兵士が、皆、幼少の遊び相手であった。」
懐かしげにそれを思い浮かべるアルド・リゼウの表情を、エルカは顔の強張りを解いて見守る。
「父は民と共にある王であった。それは疑う所なく、今も私の敬して止まぬ所だが、一人の娘の父親としては頭を抱えた事も多かった様だ。だからこそ、足りぬを民に頼った。年頃の娘を持つと聞いては呼び止めては、あれこれと尋ねて周り、そうするものだから一層と民と近くなった。そんな父を見てきたものだから、私は父に憧れ、そんな父の様になりたいと、同じ様に聞いて回ったりもした。」
「それは素敵なご関係だと思います。」
エルカは素直にそう思い、そしてそれを口にしてから表情を曇らせる。
「そう、その父ももう居ない。もう十年になるだろう。娘としての私を心配し、王なる私に何も残さず、不器用なまま、逝ってしまった。苦労をしたのだ。王というものはどう或るべきか、それはまだ確信を得ていない。一時は父がそうした様に、王としての姿を民に頼り、尋ねて回ったのだ。父が末期に望んだ娘としての在り方は遠のいて、私が女である事すら知らぬ者まで居る。私もまた不器用なのだ。」
「子は、親に似ると聞きます。」
アルド・リゼウが腹をなでながら微笑む姿を見て、その口伝が恐らく次にも繋がるだろうとエルカは感じていた。
「では、あの男に様になる訳か。女の子であったならば、ココロを察さぬ父に苦労をするだろうな。」
目を細め、まるで遠くを見つめるようなアルド・リゼウに、エルカは微笑む。
「お二人で、父と母であれば良いのです。トウコ様もそれを望まれて、そのために私がここに居るのです。」
窓から乾季の心地よい風が流れ込む。
まるでその風に乗って来たように、部屋に土鍋を両手に抱えた栄治が現れる。
「それでは、私の悩みの種がまた増えてしまうな。再び民に尋ねて回らねばなるまい。」
栄治の顔を見て笑うアルド・リゼウに、エルカは釣られて微笑む。
「そうかもしれませんね。それでは、ポッコ村のある親子の話など如何でしょう。それなら私もお話ができます。大きな娘が毎夜寝る間も惜しんで働き、それが心配だと、常々、私に相談に来るのです。」
弾む二人の会話に割り込まぬように、そそくさと鍋を置いて、栄治はそこを出ていく。
「あの姿を見よ。また心配事が増えたぞ。あれで父親など務まるのだろうか。」
笑うアルド・リゼウのその声を背中で聞きながら、栄治も頬を緩めて歩いていく。




