貴方がたの手を取って
「さて、ちゃんと食べてくれたっすね。交渉を始めるっす。」
黙々とした食事を終え、蝋燭が目減りしたと感じられる頃、彼女はそう切り出した。
「まず、ごめんなさい。この場に政官の人たちが居ないのは、あの人達がもう、駄目だからっす。調べれば調べるほど、悪い目が出てくるっすね。独立交易商組合のラルタ支部長さんは更迭っす。本部長さん、カンカンっす。政官たちやコ・デナンと繋がって、粗悪な鉄の皿を仕入れて、変な商売してたのも出てきたっすね。当然、勝手にサザウ国の領主の印章を使用して約定作ってたのは、罪地送りっすね。もう無いっすけど。罪地がないので、名前を騙られたコヴ・トウコの所に送られるっす。コワイ職人さんたちに溶鉄の上に吊るされると思うっす。」
彼女はそういって、一枚の書面を取り出して、薄明かりの中、それを掲げる。
「ディル領は先代のコヴ・ヘス様の時代、コヴ・トウコ様の時代含めて、カルネリア王国と奴隷貿易なんてしてないっす。当然それは、サザウ国内でも、リゼウ国相手にも同様っす。まずその点は覚えておいて欲しいっす。でないと、ちゃんと停戦交渉と支援交渉の話ができないっす。」
「支援交渉というのは何だ。」
彼女が度々口にする、その言葉に、武官の一人がそれを問う。
「サザウ国とリゼウ国は、バルドー国の人たちに、食料や農作の支援をする準備があるっす。まずは豆を食べてもらって、三の豆からでも、ちゃんと教えた通りに農作をして貰えば、支援と収穫を合わせて今年の冬季ぐらいはまだなんとか乗り切れるっす。その後は交渉次第っす。」
彼女の発した返答に、武官達は俄に声を潜め言葉を交わし始める。
「コヴ・ダナウがバルドー国に持ち込んだ木酢液は、ディル領から盗まれたものっす。当然、ちゃんとした使い方を解ってるはずがないっす。だから、それをアタシが支援の食料と一緒に専門家さんたちリゼウ国から連れてきて、指導してもらうっす。そっちの規模も、交渉次第っす。」
「なぜそれを我々に持ちかける?なぜこんな場でそれを明かす?」
武官の一人が、新たにそれを問う。
「私も、バルドー国の人たちを救いたいから。だから、バルドー国の人たちを、商売の材料、にするような人たちと、交渉なんてできない。」
ユカが起立し、暗い中、一際はっきりとした声で、それに答えた。
「私は、バルドー国の鉱山に居ました。そこの鉱夫の人たちに送り出されて、独立交易商になりました。いい人たちでした。荒っぽかったけれど、私が豆を持って鉱山に行けば買い取ってくれて、その日は一緒に宴会になりました。もう叶うことのない、そんな日々がこの国にあったから、それを助けたいと思うのです。」
「だから、自分たちだけの安心のために、奴隷貿易で、この国の人々を切り売りする、そんな人達を助けたいと思えません。武官の人たちはディル領へ略奪目的で進軍をしました。それは確かに両国にとって禍根です。ただ、その手法が間違っていたとはいえ、それが奴隷貿易なんて事をしたくない、その一心で行われた、その点を拾い上げるのなら、私はまだ、皆さんと交渉ができると思いました。」
「同じ様に、貴方がたは、スラールを或るべき姿に戻したい、そう、サザウ国の王政庁で主張したと、先代のセッタ領主であるブエラから聞きました。私も同じ想いです。商人は城塞に守られてこそ、その後ろで物を動かし、職人は城塞に守られてこそ、モノづくりの没頭でき、農民は城塞に守られてこそ、その後ろで安心して畑を耕せる。それは、鉱山で採掘をする鉱夫だって同じです。自国の民を守りたい、そう考え行動していたのなら、そういった言葉にも納得が生まれます。」
「その言葉、その在り方に、今も、これからも、違いがない。そう仰っていただけるなら、私は、貴方がたに手を差し伸べるのではなく、貴方がたの手を取って、一緒に行こう、そう言えると思います。そして貴方がたの先頭に立って、受け入れて貰えるよう、私に出来ることをします。」
ユカの言葉に、彼らはただ黙す。それまでの声を潜めた会話も途絶え、武官達は一様に表情を固める。
「我等に、この国を捨てよというのか。」
武官の誰かが、匙を置いて、震える声でそう呟く。
しかしその言葉に、蝋燭の僅かな光の下で彼女は静かに首を横に振る。
「人々を連れだして、助け出して、一緒に、新しい国を作ろうって言ってるんです。奴隷に様に、誰かの下に置かれるのではなく、スラールの一国として、バルドー国とは違う、新しい国を。そのためのお手伝いなら、私はできます。それは外交上の支援という形ではなく、後ろで支えるスラールの仲間として。」
ユカの言葉に、再び、沈黙が訪れる。
「伏せっておられる陛下を置いては行けぬ。」
しかし、誰かが口にする。
「民の安全は保証されるのか?本当にサザウやリゼウの支援など受けられるのか?」
「新しい国を作る?一体何処に、どうやって!」
「カルネリア王国や帝国ミレネイルとの関係はどうするのだ。」
「陛下なしに我ら武官だけで、国など維持ができるのか?結局はサザウやリゼウの傀儡となるだけだ!」
その沈黙は一寸のことで、口々に是々非々の言葉が飛び交い始める。
「できれば、その国王陛下には責任を負って貰って、ここに残ってもらえると助かるっすけどね。」
脱力した様子で椅子に腰掛けたユカのそんな小さな呟きを、側に立つ商会員と組合本部長は頬を引きつらせて聞いていた。




