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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
群雄割拠の舞台
233/249

武官達の転機

 バルドー国の武官達は、サザウ国の使節団との二度目の交渉を終え、席を立つ。

 その交渉は散々なものであり、紛糾を重ね、頭痛の種であった。


 挙げられていたのは、サザウ国から難民として流れ込んだ、シギザ領民の返還、戦後賠償としての銅、銅の採掘権の移乗、貨幣鋳造権の移乗、青銅鋳造権の移乗、など多岐にわたり、取り返しがつかぬものも少なくなかった。


 それらを失えば、バルドー国は立ち行かなくなり、時を待たずして滅亡をする。

 戦争での一方的な敗北、逼迫ひっぱくした国内の状態を鑑みるに、国を残すためには、交渉を重ねるという選択肢以外が最早無い事も、理解をしていた。

 それは事前に合流した自分たち寄りの政官が、粘り強く会話を引き伸ばし、彼ら自身の暴発を押し留めたからに他なく、同時に対立派閥であり、対サザウ国強硬論を維持したままの他の政官たちに比べ、自分たちの主張を汲み取ってくれたからであった。


 しかしこうした交渉を続ける事に、どれだけ意味があるのか、武官派閥内にそれを疑問視する声も漠然とではあったが次第に大きくなってきていた。


「お待ち下さい。」

 部屋を出た自分たちの前に、かの政官が躍り出る。

 彼がサザウ国への恫喝交渉へ随伴し、それなりに縁を深めた相手とは言え、どうしてそこまで自分たちの下で立ち居振る舞うのか、一同には釈然としない気持ちが高まりつつあった。


「これ以上、交渉の席に留まってくださいとは申しません。ただ、ただ一度、私の願いを聞き届けては貰えぬでしょうか。」

 彼は深々と一同に礼を払う。自らの政官派閥ではなく、自分たちに頭を下げてそうして願い出る何かに、各々は溜め息と、呆れを通り越し、憐れむ目すら向けた。


「聞くだけは、聞いてやってくれまいか。」

 武官の中から、一つの声が上がる。それは、彼と共に恫喝交渉へと旅立って戻ってきた男であった。


「サザウ国から無事帰ってこれた、その事について、彼が取りなしてくれた事も多い。彼が居たからこそ、サザウ国から引き出し、得られた情報も多い。それは、次にどれを奴隷として売り払うかと検討を重ねるあの政官共よりは、我等に近しい存在として、認める理由にならないだろうか。」

 武官たちにとって、あえて悪く言えば、ほだされたともとれるその言葉ではあったが、真っ向から否定するものは、否定を出来るものは、少なくともその場には居なかった。



 武官達は、その日の夜、最低限の兵士を連れ立って、城を出る。

 指定された場所は、王都ラルタ内の独立交易商組合の支部であり、奴隷貿易の仲介をしていると聞くその場所だった。


「我等に奴隷貿易を納得させる、その交渉をしようというのか。」

 そうした悪態も湧く中、通された部屋には数名が席についていた。その中央には、襟元に所属を示すだろう印章を刺繍した真新しいとも言える白い礼服で、黒髪黒目の女が座っている。


「来てくれて良かったっす。立っているのもなんなので、皆さん座って欲しいっす。」

 蝋燭が灯され、その前には空の皿が並べられている。席は全員が座るのに十分な数が用意されていた。


「お前がディルの領主、コヴ・トウコか。」

 武官の一人がそれを口にする。新しいディルの領主は黒髪黒目の異邦人の女だと、情報は既に知れ渡っていた上で、その場に座る彼女が条件に一致したからであった。


「違うっすよ。私は、コ・ユカってまだ新米のセッタ領の役人っす。同時に、独立交易商組合の商会ハヤテの商会長をしているっす。名前と顔、覚えて貰えると助かるっす。」

 ユカと名乗った彼女が合図をすると、席についた各々の空の皿に、まだ湯気を立てる水炊き豆のスープが盛られていく。それを注ぐのは、彼女同様の印章らしき木細工を襟元に付けた者たちだった。


「どうぞ、温かい内に食べて欲しいっす。お近づきの印に、用意させてもらったっす。」

 そうして彼女が盛られた水炊き豆を木の匙で口に運ぶ。

 その言葉を合図に、末席に座った、彼らをここへ連れてきた政官もそれを口にする。


「毒なんかないっすよ。煮込みすぎとか、塩の加減を間違えてたりはするかもっす。」

 そう言って破顔する彼女が豆を口に運ぶ姿に、武官達は思わず生唾を飲み込み喉を鳴らす。


「私達をここへ呼び集めたその理由を伺いたい。」

 黙々と豆を食べ、お代わりすらする彼女を呼び止める様に、武官の誰かがそれを問う。


「交渉っすよ。停戦交渉と、それと物資支援交渉。私が、その全権を、預かってるっす。」

 そう述べて、彼女はまた豆を口に運ぶ。


「交渉だと?では、王城で行われているあれは何だ!」

「見てたんすよ。誰と交渉すべきかって。誰と話したほうが有益かって。お互い、時間無いっすからね。」

 怒声とも言える強い声にそう言って、彼女は椅子の下からそれを取り出し、自らの頭に乗せる。


「幢子さんの真似っす。どうっすか?」

 黒髪を隠すように、栗色の長毛が被さり、言われてみれば、そんな顔をした者が会議の末席に座っていた事を何人かが思い出す。そして、一同の中で僅か二人、その仕草に苦い思い出を刺激される。


「こうした交渉を設けられるのは、今回だけっす。だから、まずはちゃんと食べて、それから皆さんでちゃんと考えて話をして貰いたいっす。」

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