細川由佳が託されたもの。
「武官派閥は、この奴隷貿易の不祥事を見て、その日のうちに、サザウ国へ使節団を送り、奴隷貿易に依らない、スラール内部への圧力による困窮の解決を王権に進言をしました。それはディル領が問題の根幹であると信じ切っていたのもあって兼ねてから考えていたようです。しかし、政官の随行を求められ、奴隷貿易に懐疑的で、地震の復興を指揮していた私にそれが任じられました。」
彼はそうして、身一つ、馬一頭だけを与えられ、王都を立った日を思い出す。
それが、乾季も終わりに差し掛かり、海風が身体に冷えた日だったことを思い出す。
「戻り次第、不在の間の事を確認していましたが、数度、奴隷の取引が既に行われ、地震復興の資材と、食料が入ってきていました。それを仲介していたのが独立交易商組合の支部で、政官派閥がそれを強行した事を把握したばかりです。お持ちいただいた書面、それは相違ないかと。それをサザウ国に責を負わせていたとは思いもしませんでしたが、恐らく誰かの入れ知恵なのでしょう。」
由佳はその場に広げられた紙面を手に取り、文面を目で追う。彼女のその仕草に本部長は一寸咎めようとしたが、諦めて溜息を吐き出す。
「救い様がないっすね。何処から奴隷を調達したか知らないっすけど。」
由佳の読み込んだ範囲では、確かに捺印は独立交易商組合と、サザウ国になっていた。印に見覚えがあったので記憶を手繰れば、ディル領の物であり、それを由佳は指差し、嗤う。
「人が足りない。瞳子さんのボヤキが最近、口癖になっているのに、人を売るなんてないっすよ。こんなの見せたら、怒鳴り込んでくるっすよ。」
由佳のその仕草を見て、政官も苦笑いを浮かべる。
「調べた範囲では、今度はシギザ領からの難民が徴集された様ですね。恐らく、かなりの数が海渡ったと思われます。」
「問題はどうするか、っすね。このままだと奴隷貿易を続ける事になって、自国民を売ることになる瀬戸際っす。その上、そのミレネイルって国とも険悪っすよね。」
由佳の問いに、彼は目を伏せる。
「どうしたら良いでしょう。我が国は最早打つ手なし。などと口にするから、私は政官からも、武官からも遠ざけられて、今この場にいるのでしょうが。」
細目に天井を見上げ、放心とする彼に、由佳は頭を掻きむしる。
「あぁ、もう!助けて欲しいなら、助けてと言うべきっす!私ならそうするし、そうしてきたっす。頭を下げて、わかりません、助けてください、って相談できる人は居ないんすか?助けてくれる人は居ないんすか?」
「助けてください。私達を。貴方にしか頼めない。」
彼は由佳の怒声に押されるままの様に立ち上がり、そして深々と由佳に向かって礼を払った。
「せめて、まだ何も知らぬ、遠地の民だけでも、生きて、変わらぬ日々を歩める、その手段を講じてください。奴隷として海を渡れば、大陸の動乱に用いられ、落とす命に他ならぬのです。民の血を吸って生き長らえるだけのこの国に、薪の如く費やされるのなら、ディル領に送り届け、サザウ国やリゼウ国に在ってくれた方が幸せでしょう。私がそれが頼めるのは、この国の亡き民の為に豆を持ち寄ってくれた貴方だけです。」
頭を上げぬまま、向けられた彼の言葉に、由佳は言葉を無くす。
「お前がそれを言ったのだ。お前がどう取り合うか、どうするか考えなさい。」
救いを求める様に向けられた由佳の顔を、本部長は無情に振り払う。
「そう言われたって、アタシにできる事なんか、ないっすよ。助けてくださいよ。」
弱々しい声で、彼に救いを求める由佳の声に、いつしか顔を上げてた政官が笑みを漏らす。
「簡単、なのですな。もっと早く助けを求めるべきでした、今の貴方のように。忘れてください。今更出来る事など無いのでしょう。」
そうして、力なく着座した彼を、由佳は凝視する。本部長は由佳にその正面を譲り、変わって由佳が、彼の前に座る。
「助けない、ってアタシ、まだ言ってないっすよ。助けたいけど、自分には無理って言っただけっす。だから、交渉するんすよ、これから。ここから。」
由佳は力なく垂れ下がった彼の腕を取り上げ、その手を取る。
「ブエラ老はそんな事になるだろうといって、お前をこの地に送る事を推したのだ。使節団もそうして、人選されている。」
そうして、本部長は懐から一冊の封筒を取り出し、由佳へと放る。
「なんすかこれ。」
由佳はそれを裏返し、封蝋を確認する。それは、幾度も見てきた、セッタ領主を指すものだった。
「お前の兄弟子が必要があればと持たせたものだ。同様の物をコヴ・トウコ、キョウゴク・エイジ宰相からも追いかけてきた荷物でお前宛に賜っている。まずは開けてみなさい。」
由佳が慌てて、その封蝋を剥がし、中身から手紙を取り出し、開く。その間に、彼は残り二通も取り出し、側に置く。
『ホソカワ・ユカを、セッタ領のコに任ずる。名が必要であれば、母ではなく、この兄弟子を頼れば良い。』
由佳は慌てて、残りの二通も、封蝋の確認もせず、その場で開ける。
『増産した炭窯と、新製鉄炉の運用で、草木灰と木酢液なら、少しなら、由佳ちゃんに投資します。銅の採掘権と青銅の鋳造権だけは絶対に勝ち取ってきてください。』
『大陸側の農作物の情報や種を取ってきてくれ。油脂性作物、芋類、根菜類、果実、後は蚕が無いかも情報が欲しい。養豚に着手したい。芋類が優先だ。交渉で豆と米が欲しければ、あまり無理な量でなければ、引き合いに出して構わん。裁量は任せる。』
読みながら、由佳は次々と涙をこぼす。
「何が出来るか、まだ分からないっす。でも、きっと、なんとかなるっす。一緒に考えるっすよ。」
そういって、由佳は政官の手を強く握った。




