バルドー国の生き残る道
「そうですか。やはりそういった類の齟齬でしたか。」
案内されてやってきた政官は、その場で本部長が広げた資料と話を聞いて得心した様に頷いた。
由佳と本部長が通されたのは、城内の中庭にある兵士たちの休息場であり、そこで兵士たちが見守る中での会合となった。
政官はその場所へ訪れるなり、兵士たちを払うわけでもなく、そこに着座し、二人と向き合った。
「私は、政官の中でも武官寄りの立ち位置なのです。であるからこそ、サザウ国への交渉に同伴を許され、悪い意味では、国から追い出されていた形になります。しかし、私が向こうへ行く前、ディル領への征伐が行われるのとほぼ同時期に、王城では奴隷取引の話は既に進んでいたのです。」
彼はそう述べると、その場に同伴している由佳の顔を見る。その視線に気づいて口元をやや緩めた由佳に対して、同じ様にやや目を細め、頬を緩ませる。
「武官は、独立交易商組合やサザウ国が、奴隷貿易を企てている、そう、情報を得ていました。」
「その情報を提供したのは、シギザ領のコ・デナン、ですな?」
政官は彼の問いに対して、静かに頷く。その仕草から大まかな流れを予想した本部長は、手を頭に当て、肘をついて溜め息を吐き出す。
「そもそも、シギザのコヴ・ダナウや、コ・デナンはどういった経緯でここに来てたんっすか?サザウ国では、極悪人扱いっすよ。税は盗むわ、冬季の物資は盗むわ、王太子を扇動して輸送路を破壊するわ、木酢液は盗むわ、挙げ句には、前のディル領の領主を館ごと焼き討ち。それで国から逃げてたっす。」
由佳の言葉に、彼は静かに頷いて手を差し出してそれを制止する。
「大まかな話は、王城でブエラ殿から聞いていますよ。我が国には、そもそもコヴ・ダナウが仲介となって、サザウ国から物資を運んでくる、そういう約定になっていたのです。それが、運ばれてきた物資は極僅か。原因はディル領で奪われた、と述べ、小船で訪れ、我が国に庇護を求めてきたのです。」
由佳が彼の話に呆れ、眉をすぼめ、鼻の頭を掻く。彼女が横を見れば、本部長もまた目元を抑え、深く息を吐きだしていた。
「そのコヴ・ダナウはサザウ国側では、バルドーから食料を買い付けたと進言し、増税を求め、取りまとめていたのです。食料品の高騰も有り、集めた税では十分な量を入手できないと私どもは取りまとめ、それを王城で訴えた矢先に、ディル領が買い付けていた豆を含む物資を奪われ、それがバルドー国側に運ばれたと知らされ、コヴ・ダナウとコ・デナンは姿を消したのです。」
サザウ国で知り得た情報と同じものが、彼の口から返ってきた事で、政官は頷く。
「ディル領が買い付けていたという豆は、どういった入手経路のものだったのです?」
政官の問いに対し、即座に応えようと身を乗り出した由佳を、本部長は手で制す。
「あの物資は、ディル領が畑の薬として供給を始めた木酢液と、草木の灰、陶器などを交渉材料としてエスタ領、リゼウ国から買い付けたものです。これは王城を経由せず直接行われた取引であり、我々が仲介として荷の移動を任されましたので、間違いは有りません。王族はこれを、サザウ国の預かり知らぬ資源の流出として、査察として荷を止めたのです。それが、コヴ・ダナウに奪われたのですよ。」
ともすれば鉄器の事まで口にしてしまいそうであった由佳は、彼のその説明を聞いて口をつぐむ。
「モクサクエキ、というものは我が国に、コヴ・ダナウによって持ち込まれた、あの畑の薬のことで間違いがないようですね。あの薬には政官も武官も期待をしたのですが、盗んだものであれば、どの様な扱いをするのかも分からなくて当然という訳か。」
「本部長、いいっすか?」
面を突き合わせる二人に、その場に立っていた由佳が声を発する。それぞれの経緯のすり合わせに言葉を失いつつ合った彼らは、由佳に視線を向け、その言葉を待つ。
「気になる事があるっす。奴隷を売ったという話っすけど、何処の誰を売ったんすか?そしてそれで、何を買ったんすか?」
由佳の問いに対し、本部長は視線を政官へと向ける。
「コ・デナンがある日、王城を訪れ、サザウ国が奴隷売買をしていると。それで不足していた食料を調達していると、そう言ったのです。勿論、誰を奴隷とするのか、どれほどの数が必要なのかという話にはなった。ところが、そうしている間に、ディル領にシギザ領の領民を奪われた等と言いだした。そしてカルネリアの役人と共に、我々にも食料の取引と、王の病に対しての医者の派遣を取り付けると言いだした。」
「武官派閥はディル領への怒りを燃やし、征伐の流れを。政官派閥の一部は、その取引成立に躍起になっていました。その間にも王都周辺にまで疫病と飢餓は進行し、征伐は略奪を正当化するものになった。しかし、征伐に向かわせた兵は誰も帰ってこなかった。その事で政官派閥は奴隷貿易に傾倒していき、コ・デナンが何処からか人を集めて連れてきた事で、それが決定打となりました。それだけがバルドー国の生き残る道だと躍起になっていた者も居ましたね。」
政官の言葉を聞きながら、由佳は時系列を整理する。それは恐らく、ディル領で野盗騒ぎが起きていた頃から、ディル領で合戦が行われた頃だろう、と考えに至る。
「だがその奴隷が不味かった。我が国の政官、カルネリアの役人とコ・デナンの立ち会いの下、取引が行われた日、帝国ミレネイルの新造大型船がラルタに来航したのです。そしてその奴隷の搬入を見ていたらしい。その奴隷たちは、ベル・ラルタ海峡から更に北に浮かぶパルネア島の民で、そこはミレネイルとどちらが領有するか係争していた島でした。更にその船に居合わせたのが、彼の国の高官であったらしい。」
「ちょ!ちょっと待つっす。いきなりとんでもない話になってないっすか?それはいつ頃の話っすか?」
由佳は相互関係が混濁し、収拾がつかなくなってきた事で悲鳴を上げる。
「奴隷を運び込んだ船は出港。ミレネイルの船もそれを追い出港し、洋上で接舷し抗争になったという。積み込まれた奴隷を奪取し帰ってきたのはミレネイルの船でした。それを、その場に居た政官が入港拒否し、事態は収集がつかなくなった。これが、私がこの国から、サザウ国へ追い出される前日の事です。」
彼の言葉に、由佳は呆け、本部長は両手で頭を抱える。