カルネリアの役人
「やっぱり、貴方、ただの独立交易商ではないですね?貴方、転移者でしょう。」
その言葉に由佳は、苦虫を噛み潰したような顔をして舌を出す。
それはつい先刻、耳にした聞き覚えのある声だった。
「えっと、なんすか?アタシに何か用っすか?」
由佳は深く息を吐きだして、その声に向き直る。
「いえ、お声掛けは気になっただけですので。ただ、転移者であれば話は別です。私と一緒に私たちの国にいきましょう。同じ境遇の方も何人かいます。こんな国にいるよりも良い暮らしができますよ。貴方、東アジア人でしょう?」
彼の矢継ぎ早に詰め寄る、その仕草に、由佳は後ずさる。
「間に合ってます。大体、貴方何者っすか?」
由佳が更に後ずさる。すると、商会員たちの表情が妙に目を泳がせているのに気がつく。
「おや?気づきました?気づきましたよね。この判別法便利ですね。転移者の皆さん、だけ、は直ぐには気付けないんですよ。私たち現地の人間には、恩恵など有りませんから、国も遠ければ言語が違うのです。それなりに苦労をして、異国の言葉を集めて、それを覚えるのですよ。」
由佳は走って男の後ろにまわり、男と商会員たちの間に割り込む。
「先に帰ってるっす。支部に行って、本部長に知らせて欲しいっす。」
由佳の言葉に、新人たちは各々頷いて走っていく。
「先ほど拝見しました荷車の旗と、同じ印章ですね、そちらの襟首。どうやら、何らかの集団に属して、それなりの地位にいらっしゃる様子。成程、すんなりと来ては頂けなさそうですね。」
男は由佳の正面に立ち、先刻そうした様に、深く礼を払う。
その胸元にある勲章を、再び由佳は見定める。
そして、やはりそれがカルネリアの紋章に、似ている、という印象を受けた。
「私、新カルネリア王国の役人をしておりますヨドゥバと申します。お見知り置きを。ちなみに、今、話しておりますのは私共の国の言葉ですので、ご容赦を。」
「細川由香っす。ただのスラール、の独立交易商っすよ。それじゃあ。」
そうして由佳は、挨拶だけ済ませてヨドゥバと名乗った男に背を向ける。
「スラールの者が、中央側の人間相手に随分と生意気じゃないか。」
彼が吐き出すように述べたその言葉に、由佳は一度足を止めて、直ぐにまた歩き出す。
「ええ。判るように言ったのですよ。こういった罵倒を、意味も理解できないのに、聞き取れてしまう。転移者とは難儀ですね。知らないほうが良い事というのは世の中に沢山あるのです。是非またお会いしましょう。」
離れていく由佳だけを相手に大声で堂々と叫ぶ。その声を聞き流しながら、由佳は表情を歪めて舌を出す。
「あんまりいい気がしないっすね、大陸の大国っての。」
湾港から離れながら、由佳はヨドゥバの言っていた事を思い出す。
彼の国に、転移者がいるらしい。そして彼は、東アジア人という特徴を口にしていた。
少ない情報であるが幢子や、栄治と共有しなければならないと、由佳は感じていた。
ヨドゥバが二人にも接触すれば、当然同じ様に自分の国に勧誘するだろう。だが二人は、自分と同じ様にそれを断るだろう、と由佳は考える。
少なくとも、由佳の知る範囲ではスラールの地には、転移者は自分たち三人だけである。
その三人が断った時、彼はどういった行動に出るであろうか、それを由佳は考えた。
「ユカ!」
湾港を出て暫くした所で、自分を呼び止める声に顔を上げると、そこには本部長と新人賞会員たちが由佳を見て立っていた。
「参ったっすよ。カルネリアの役人らしいっすね、あの人。」
由佳が溜め息を混ぜながらそう答えると、本部長が駆け寄ってくる。
「アレはやはり、人を買いに来たのだそうだ。急いで王城に上がるぞ。お前も来なさい。」
その言葉に由佳は頷くと、心配そうに見ている商会員たちに先に戻るように伝え、本部長を追ってその後ろを歩いた。
湾の海水を引き込んだ堀に囲まれ、中央に桟橋を下ろし、その向こうに王都ラルタの王城が存在する。
本部長は、その桟橋の手前で兵士に手形印章を表明する。
兵士が桟橋の向こうの王城へと走っていき、入門管理の役人を伴って戻って来る。
「独立交易商組合の本部長がおいでになるとは。ようこそいらっしゃいました。」
武官の青い衣ではなく、白い衣であるので、由佳はそれが政官であることを理解し身構える。
預かった長栗髪のカツラを被っているが、それがずれていないか俄に気になり始める。
「そちらの方は、補佐官ですかな?」
「そういった手合だ。速記が出来る故、伴をさせている。懇意の政官と会いたいのだが、呼んでもらえないだろうか。」
「どうもっす。」
政官に軽く会釈しながら声を出した由佳に、本部長は顔を歪め、奥歯を噛みしめる。
「では、王城の中にお入りください。場所をお貸ししましょう。どなたを呼べばよろしいですかな。」
本部長と政官のやり取りと聞き流しながら、由佳は視線だけ向けて王城を観察する。
サザウ国の王城同様の石造りであるが、堀の向こうの城壁は更に分厚く、桟橋を上げられれば堅牢であろうその姿を、やや怯えて見つめる。
城門の奥には青い衣を着た武官の姿もちらほらと見えていた。
兵士の数もサザウ国の衛士の配置と比べると、ずっと多く、由佳には感じられた。
「ユカ!早くこないか!」
本部長の怒声が耳に響き、由佳はその背を追って急ぎ駆け、その城門を潜った。