運び込まれるもの
「先任者がいらっしゃらないとは思いませんでした。さて、どうしたものでしょうか。」
やってきた男を組合支部に招き入れ、応接間で対応する本部長の姿を、由佳が眺めていると、彼は手払いをする。
退室を促され、由佳は本来の目的である礼服を掴むと、空き部屋で手早く着替え、身なりを整え、支部を発つ。
「接触を図ろうにも、どうやって行くかだよ。」
バルドー国の王政区域へ行こうにも、由佳にはその伝がなかった。政官を一人知っているからと言って、それだけでは区画に入ることすらできないのは、サザウ国でも同様であった。
王都ラルタにはサザウ国のトウドの様に、整備された波止場が有り港としての機能もある。
そうした背景も有り、湾港に出れば、出入する船を見ることができた。
由佳は持て余した時間を、バルドー国の様相を知るために、波止場へと繰り出した。
同じ様に組合支部の入口で暇を持て余していた商会員数人を引き連れ、由佳は街を歩く。
「奴隷といっても、当てもなく集めて、売れるのを待つなんてことはしないっすよね。」
商会員達は、由佳の背中を追いながら、初めて訪れる異国の街を眺める。
彼らは、由佳によって日雇いから採用された面々であった。
一年近い間を、スラールの東西に引き回され、管理監督といった業務の手伝いから、由佳に随行しての荷運びなど、多忙な日々を送ってきた。
トウドから東にでれるハヤテの商会員は限られている。
それは場所柄の危険性もあったが、由佳がポッコ村方面の依頼業務を厳正に管理していたからであり、今回、由佳の随行で東側に出ることができたのは、一種の昇格試験の意味合いを持っていた。
「湾港も基本的には同じっすね。荷を集める場所があって、そこへ誰かが荷物を運んでくる。運んできた荷物を、また誰かが運び出して船に積み込む。これが出港で、入港は逆になるっす。」
そうして由佳が方々を指さしながら、確認をしていく姿を、商会員たちはその指を追って考える。
「船は例えば、一ヤートルで作った箱があるっす。その箱を幾つ積み込めるか、って基準で考えはするっす。ただ、箱の中身が違えば重さも違う。重すぎれば船は遅くなったり、最悪沈むっす。」
丁度体よく、由佳の指さした先で箱を集積場から運び出す姿があった。
「だから湾港の職員は、荷物の置き場を徹底してるっす。指示された箱を、指示された船に、指示された数だけ運び込む。その点は、荷物をむき出しで運ぶ荷車に比べて厳しい所っすね。それに、集積場に運び込まれた箱の中身をある程度把握して、同時に無関係の人や無関係の船にそれを明かさない秘密の遵守を徹底してるっすね。それが違法品の場合でも、よほど決定的な証拠が出ない限り調査や押収にも応じないと思うっす。」
では、人が荷物の場合はどうだろう。由佳はそれを、自分のした説明を念頭に思考する。
例えば人の場合は、箱に詰めて釘打ちというわけには行かない。入港先への距離や航海日数によって、箱の中に隔離されたまま出される事がなければ、人は飢えて死んでしまうだろう。
よって、船に用意するのは檻や手かせ足かせであり、同時に、人を維持するための水や食料も多く運び込まねばならない。また、運び込む際にも、本人自身に歩かせた方が、時間も手間も少なくて済む。
しかし、そうした食料や水と言ったものは、荷としての価値ではなく、物資としての価値になる。
例えば豆や水、補修用の木材や、帆布、或いは大砲を積み込む場合などの砲弾などは、極端に言えば、荷主を問わず集積し、必要な量だけを運び込めばいい単純作業となる。
単純な作業を行う場合は専門的な知識や経験、或いは極端に言ってしまえば、信用もあまり必要ではない。それが砲弾であれば多少は違うだろうが、食料や水樽の運び込みは、船主の余程の厳密な指定がなければ、新人の仕事となるのではないだろうか、と由佳は考えた。
丁度、大きな帆船が由佳の目に入った。
そのマストには恐らく所属を示すだろう旗が力なく垂れている。
入港してくる船を目ざとく確認し、それがどこの所属であるかを確認すれば、それがどういった目的で入港してきた船なのかをある程度予測できる。
そうして確認し、篩い分けた船を、豆の袋や水袋の搬入量で更に分類すれば、それが奴隷貿易を目的とした船であるかどうかが分かるのではないか。
ただ肝心な問題として、そうした視察行為を行えば、湾港側も警戒し、船主にそれが伝わる可能性もある。そうすれば、荷によっては、それを隠そうとするだろう。
「ま、そう簡単には分かるもんじゃないっすね。」
由佳がそうして、自分の考察に区切りをつけたその言葉を、随伴する商会員たちは首を傾げて受け止める。自分たちに落ち度があったのだろうかと、彼らの内心は波立った。
由佳はそんな商会員たちのココロの内を知るべくもなく、大型船の数や、そのマストの旗、或いは静かに入港してくる船の帆の紋章の有無を確認し、手記代わりの紙束に鉛筆で書き殴る。
「面白いものを持っていますね。それは鉛筆ですか。」
いつしか商会員たちに混じって、その由佳の仕草を覗き込んでいた男が、そう口にする。




