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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
群雄割拠の舞台
221/238

偉大なる祖国への帰還

 サウザンドとコージィを乗せた船は帆を上げて海を逝く。


 十分な補給と用意された果汁水、火災を起こした備蓄庫の補修は、船員たちを活気づけた。それだけで十分な練度を備えたその船は、祖国を出港をした時と変わらない英気を養った。


 船はスラールの沿岸を征く。ニアより手渡された地図と羅針盤は実に順調な航海を演出した。

 リゼウ国の最西部、北へ海が抜けたその場所で、操舵手が舵を切る。

 南から吹く風が横帆を張らせ、船がまた加速する。



 リゼウ国北西を抜けた頃、灰色の空の向こうに白く覆われた大地が見えた時、船員たちは歓声を上げる。


 図面上からも、地理的感覚からも、それは全員が待ち望んだ祖国の土地であった。

 そしてそれは、サウザンドのココロに大きく覆い被さっていた負担を、振り払った。


「場所的には、南の沿岸ってところだよな。東岸からぐるりと回ってきた形になったか。」

 双眼鏡を覗き込みながら、コージィが徐々に近づいてくる沿岸を見張る。


「思えば遠くへ来たもんだ、ってな。遠くへ来たが、それが勝手知ったる庭先ってんじゃ、むしろ里帰りの安堵にって奴だな。」


「戻ったら、確かめないといけない事が沢山ある。」

 そう、サウザンドはつぶやくと、その胸元に下げたオカリナを静かに握る。

「そうだな。ミリィが会ったって虫人むしびとの件も、ニアの事も、わからねぇ事ばかりだ。」

 コージィはサウザンドがあの日以来、そのオカリナに執心している事に苦笑いを浮かべ頭を掻いた。



 予定された日に戻るべき港に戻らず、沿岸のその場に姿を表したその船の話は即座に伝達が行く。停泊した漁村に、迎えがやってきたのは三日後の事だった。


 そこから更に三日。サウザンドとコージィは彼らの住処へと帰り着く。

 雪が静かに降る中、雪を掻いて、二人の生還は国民の歓声をもって迎えられた。


 サウザンドは帝都を歩く。それは半年ぶりに歩く大通りであり、自身が生まれ育った祖国であった。


 寡黙と道を歩み、その街並みに変わりがない事を確かめる。

 迎えにやってきた兵士たちもまた、その歩みに習い、サウザンドが征く道を付き従う。



 やがて広い堀に囲まれた城の桟橋へとたどり着くと、サウザンドは民を振り返りその剣を引き抜いて掲げる。

 兵士たちはその場で整列し、槍を捧げ、それを称える。


「おかえりなさい皇帝陛下。偉大なる千日帝サウザンド。」

 城門からやってきた政官が、その側に寄り添い、その反対側にコージィが立つ。


 国民が湧き、帝国ミレネイルのペアレスの空を震わせるより一層の歓声が上がる。


「アキサダ。留守をよく守った。国に変わりはないか?」

「ええ。滞りなく。」

 深く被った白い外套の向こうから、かすれるような声が確かにそう呟く。


 サウザンドは掲げた剣を下げ、王城へと足を進める。

「泉の間へ向かう。二人共、ともをせよ。」



「アキサダ。ナッキーという虫人むしびとに出会った。南東のスラールの地での事だ。」

 城内を行くその道々に、サウザンドは側を歩くそれに次第を述べる。


「ナッキー。それは懐かしい名前です。最後に会って二百三十年ほどになるでしょうか。」

「相変わらず、虫人むしびとの年齢ってのは途方もねぇな。一体、幾つまで生きるっていうんだ?」

 コージィが溜め息を吐く。その仕草に、白い外套の男はすそに隠れた手を振り、回す。


「それは未だ解っていない。それを知る事に、興味を持った時代もあった。だが、長く生きるという事は、良い事ばかりではないよ。」


「スラールの地を初めて踏んだが、あの地が南の果て、と呼ばれている理由もわかった気がする。しかしそれも変わりつつある様だ。」


「それは興味深い。ナッキーが何か、関わったのかな?それとも転移者?転生者?」

「転移者の様だ、と言い切れない事がある。」


 その場にたどり着くと、サウザンドは扉を押す。

 付き従ってきた政務官達は足を止め、コージィと白い外套の男のみが入室を共にする。



 部屋の中央に、ガラスで天窓をつけられた緑地が広がっている。

 その緑地の更に中央に、湖があり、それは淀む事なく澄んでいる。


 サウザンドたちがその湖を覗き込むと、中心から波紋が広がり、天窓の白い光のその降り注ぐ泉の向こうに、青い空の下、同じ様に泉を覗き込んでいるサウザンドたちが浮かび上がる。


「いつ見ても不思議だね。向こうには青い空が広がっているのだからさ。とても懐かしい。」

 白い外套の男がそう述べると、泉の映り込みの向こうに、一匹のたぬきが走ってやってくる。


『やあ。久しぶりで良いのかな?それともさっきぶり?』


「前にここに来たのは一年ほど前の事です。」

 サウザンドは降ってきた声に肩の力を抜いて、そう答える。


『そうだったね。今、思い出したよ。歳を取ると、忘れっぽくていけないね。』

「狸ババアが。何年経っても同じセリフを吐きやがって。もう騙されねぇからな。」


『おやおや、コージ。年寄りは敬うものじゃろ、そんな暴言を吐かれて、ワシは悲しいよ。お前も昔から変わらないねぇ。』

「コージィ、いいから。たぬきさん、大事な話があるんだ。」

 サウザンドが悪態をつくコージィをたしなめると、彼は顔をしかめたが、本題を切り出し始めると再び泉を凝視する。


「旅先でニアを自称する人に会ったんだ。少なくとも、私達には、彼女が本当のニアに思えたし、会話も成立したんだ。たぬきさん、何か判る事はない?」


『なんだって?ニアって、あのニアかい?それはそれは、懐かしい話だけれど。』

 そうして、泉の映り込みの向こうの狸は、泉を深く覗き込んだ。

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