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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
群雄割拠の舞台
221/257

ポッコ村の拡張計画

 国家同士の政争的な問題に自分に出来る事は少ないと発起した幢子は、アトリエの建設がまだ途上だったこともあり、早々にポッコ村へと引き返す事を決め、幾つかの交流会に参加した後に、王都を飛び出した。


 諦めて幢子の代わりに王都に留まったコ・ジエに、僅かに申し訳無さを感じながらも、そうした理由の一つに、ポッコ村で赤鉄鉱の焼成、製鉄を目的とした製鉄工房が新設を進めていた事があった。


 ハヤテの監修に依ってリゼウ国より運ばれてくる赤鉄鉱は、サト川下流で採取できる磁鉄鉱砂鉄に比べて、量も多いが不純物も多く、それまでの炉の運用では製鉄を出来ないだろう事は、幢子の懸念であった。

 そのため、従来の砂鉄精錬も含めて、幾つかの項目を一新する計画を立て、高炉建設を前提とした計画を立てていた。


 当初は、由佳が鉛筆用にと確保していた黒鉛のコークス化という誘惑が頭を占めていたが、木酢液の減産と大量の工業廃棄物、環境の汚染を考え、北部森林地帯を多少は食い潰すべきと改め、それを断念する。

 代わりに、徐々に窯運用の熟達が進んだ統合後の北部開拓村での木炭の増産、更に村を一つ、ポッコ村へと合流させる事も計画に含め、産業の段階を引き上げようと試みた。


「エルカ、リオルさんの怪我の具合はどう?」

 その胸元にいつも下げられていたオカリナが無い事を、気になって見つめていたエルカに、幢子が声を掛けると、彼女は頬に指を当て、その答えに思考を巡らせる。


「村に来て少し熱を出しました。恐らく狼に噛まれた傷の炎症が原因です。様態は安定しましたが、腕が上手く動かないとの事なので、馴しの運動が暫く必要だと思います。中隊長の管理の仕事にしばらく専念すると言っていましたから、村にいらっしゃる間は、治療に専念してくださると思います。」

 それなら時間を見つけて話を聞きに行けると安堵した幢子は、再び、家の外から建設が進んでいる高炉の高い筒を眺める。


「村の周りの木の伐採も、大分進んだね。北側もそろそろ城壁建設の計画を考え始めても良いかも。」

 そうして昨年の冬季の前、野盗騒動があった頃のことを思い出す。

 その頃には山の方を眺めれば見えていた樹木が、ずっと遠くに感じたのは、幢子が暫く村を離れ、視点が一新された事もあると自身で感じていた。



 村全体の活気は、バルドー国の使者の騒動の前後とで変わっていない事に、幢子は安心していた。


 今となっては村に申し訳程度の規模となって残されている農地も、そろそろ拡張すべきか、むしろ減らすべきかを考えなければならない。

 或いは、産業街ポッコ、或いはポッコ工業区の様な村という名称を改める必要もあるかも知れない。


 この冬の新生児が、幢子の前に抱きかかえられ紹介されるのも、その回数から嬉しさと苦笑いの入り混じったものになりつつあった。村民の個々の把握が難しくなり始めていた。


 それでも、古くからの顔なじみが顔役になって、そうした幢子の介添えをしてくれている。

 村のコヴという俗称から、ディル領のコヴという公称となり、雑務が急増している幢子にとって、それは少し寂しい事ではあったが、同時に村人たちの自立は、素直に喜ばしい事であった。


 図面を用意して、数回の協議を重ねれば、目の前で建設が進んでいる高炉の煙突の様に、自分たちで考え試行錯誤していく。それは十分な知識の種の成長であり、壁を乗り越えようと、上を目指して背を伸ばしているという事でもある。

 幢子にとって、その手助けをできた事が何よりも嬉しい事であった。



 数日後、幢子は施釉をした新しいオカリナが焼き上がったと聞いて、それを受け取り、改めて首から下げる。

 王都周辺の海岸で見つけた色石を幾つか持ち込んで、井戸水を蒸留したものを使うなどし、全く違う色を試みた所、窯から上がってきたものは、深い青を思わせる物となった。


 幢子は、窯元で手習いを初めている難民の兄妹が、それを興味深く見ていたことをふと思い出す。


「トウコ様、前のオカリナはどうなさったのですか?」

 焼き上がったそれをエルカに披露した幢子に、彼女はいよいよ思い切ってそれを尋ねる。


「ちょっと事情があってね。ある人にあげて、作り直す事にしたんだ。この色、どうかな?」

 焼き上がったそれの出来栄えに喜び、エルカに感想を尋ねたかった幢子は、それを差し出す。


 エルカは静かに、それを受け取る。手にとって見れば、艶も手触りも、出来栄えも、ずっと良いものだと分かる。

 それでも、エルカのココロには僅かに、言葉にできないわだかまるものが感じられた。


「ほら、エルカの分も作ったんだよ。」

 ここ数日、自分の胸元を見つめては、浮かない顔を続けていたエルカに気づいていた幢子は、後ろ手に隠し持っていたもう一つのオカリナを差し出す。


 釉薬の掛かり方が少し異なるせいか、やや緑がかったそれを、エルカは見つめる。

 細工の技工も、大きさも、形も、瓜二つで、色だけがやや異なったそれを見て、エルカは漸く微笑んで、それを受け取る。


「ありがとうございます、トウコ様。」


 作るのなら、一緒に作りたかったと少し思いながら、それでも幢子の気遣いに、エルカは喜んで、翌日からそれを首から下げる事にした。

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