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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
地方領の転機
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皿の価値

リゼウ国

 エスタ領国境の西部に広がる。国家としての独立はサザウ国に続き四十五年ほど後のこと。


 国土西部、南部、北部の三面に海を持ち、直接的な国交を持つのはサザウ国のみである。


 国民性は温厚そのもの、農作、酪農などが盛んであり、昨今には養蜂を開始していると言われている。

 開港した二港、整備された街道をサザウ国の商人が往来し、その荷を空にして、帰る道は豆が詰め込まれる。街道の終点とも言われ、リゼウ国を目的とする高利商は久しくいない。


 エスタ領への街道に関所を設け、管理こそされているが、国境線は曖昧であり、双方の住人に軋轢もない。ただ、切り開かれた集落が互いに国境付近に存在しないだけである。

 北部は冬季となると積雪があり、また北の海より吹き付ける冷たい風が国土を覆う。それは冬の進行によって西部の海からも伝播、村々は孤立しがちである。



 冬季とはいえ、思わぬ行脚あんぎゃとなったものだと、馬車に揺られコヴ・ラドは外を見る。

 向かいには愛娘が苦も言わず、微睡んでいるように物静かに腰掛けている。


 親友に請われ、前日昼に共に屋敷を馬車で立ち、夜を超えて再び馬車に揺られ。

 この辺りがディル領でも深い開拓地域だということは分かる。


 ただ屋敷を出て暫くの間、倒木と伐採を行う領民が見えた。その数は例年の計画的なものとは思えぬ量であったと感じる。


 前を征く馬車には、領主とその息子が乗っている。

 この意味は、冬季の王領での交流会よりも重要な何かが、この先にあるということに疑う余地はない。


 馬車がその動きを止める。

 やがて物音共に、コヴ・ヘスの馬車の戸が開く音がする。


「遠路済まない。ここで見たこと、ここで聴くことは、極力、我らのみ、他言無用で願いたい。特に、ダナウやその身内には知られたくない。」


 黙々と煙が上がる村。煤の臭いが、この冬季に立ち込めている。

 どこからか土笛にも似た音色が響いてくる。


 それが、コヴ・ラドの最初の印象であった。

 馬車を降り、同乗していたコ・ニアも父の手を伝い、地に足をつける。


「そうですか。」

 幢子は、窯元から呼び出され、教会でコヴ・ヘス、そしてコ・ジエから事のあらましの報告を受けていた。件の夫婦も同じく呼び出され、三人の前に、砕けた陶器の皿が紐解かれている。


「別に謝られるような事ではないでしょう。陶器が一枚割れただけ。違いますか?」

 一連を静かに聞いていた幢子は、恐らくその場で一番無感情にそう述べた。


「あの皿は見事な皿だった。それを価値を得ぬままみすみす失ってしまった。その事は、我々領主一族として詫びねばならない。」

「鉄の皿より、陶器の皿が価値がない。それは現在、揺るがない事実ですよ。」

 そう言って、幢子は席を立つ。


 それを、コヴ・ヘスは苦々しく見送るしかなかった。

 信用は失われてしまったのだと、にわかに心を曇らせる。


 しかしそれと間を置かず、幢子は再びその場へと舞い戻る。

 その手には二枚の陶器。同じ、とは言わないがこの村で焼かれたであろう見事な黒い皿であった。


「トウコ様、それは!」

 同席する夫妻の妻が、それに気づいて呼びかける間もなく、その一枚を地面に叩きつけた。

 甲高い音を立てて、その破片が飛び散る。その光景をコ・ジエは唇を噛んで堪えた。


 何事かと聞き耳を立てていた村の子供達が、教会の戸から覗いてそれを見ている。


「その場に起こったことは、今ここで起こったことと違いはありません。陶器が一枚割れただけ。村では素焼きの段階でもよく起こっていること。今朝の窯でも割れた陶器が五枚ありました。」

 淡々と、幢子は言葉を続ける。

 その言葉には感情はないように誰しも思えた。


「今朝窯から引き上げたお皿、お二人の焼いたものを持ってきてもらえます?大丈夫、割ったりしませんから。」

 そういうと、夫妻は恐る恐る教会から外へと出ていく。その場の誰もが幢子の言葉を待った。


 やがて夫妻が戻ってくると、残った皿と、持ち寄られた皿の二枚がその場に並ぶ。


「このお皿は、もうそろそろ最後にしようかと思ってちょっと焼いてみたものです。」

 その一枚を指差し、幢子は言った。


「こちらのお皿は、今朝の窯のお二人の作品。どちらがより見事な出来栄えでしょう。」

 コヴ・ヘスは二枚の皿を見比べる。

 どちらも釉薬の妙とも言える見事な着色と光沢を持っている。

 どちらが優れているか甲乙付けがたく、先日の大皿と比べても価値に遜色がない様に思えた。


「どちらも、貴族が使って恥ずかしくない見事な品だ。」

「いいえ。お二人の作った品の方が見事です。触ればわかります。手持ち側が荒く磨かれ、食材を盛られる側が丁寧に磨かれている。持ちやすく、水で洗い流しやすい。私がどちらが欲しいかと問われれば、お二人の皿を選びます。」

 幢子は言う。

 言われ、コヴ・ヘスが陶器に触れ、それに気づき、同じ様にコ・ジエも、その手でそれを感じ取る。


「この割れた大皿は、そこまで気遣う余裕はなく、持ち手側も、盛られる側も丁寧に磨かれていました。よって私には、その大皿より、今朝の皿が高く売れます。まして私の皿よりも、二人の皿の方が優れているし、いい皿なんです。」

 夫妻は真顔で真っ直ぐに見つめられ、幢子の今まで無い品評に頬を赤くする。


「でも、ヘス様とジエ様には、同じ皿に見えたでしょう?」

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