まず成すべきこと
サザウ王領
サザウ国、王都トウドを含む三つの湾港、なだらかで拓かれた内陸地帯を含む。
王領には多くの国家施設が存在する。王城、内政府舎、軍府舎、王立学校ならびに同学院、王立公園、国庫街、国家造船局、兵舎。
国家施設でなくとも、滞在する貴族のための館、また多くの商人が滞在するため商会会館が建ち、個人商人たちの滞在宿が数多く存在し、国家依頼を受注し発行と仲介をする斡旋所が存在し、商店、露店が並ぶ。
それらを目的とする求職者、旅客、大道芸人。冬季ともなれば国内外からその密度は増していく。
まさにこの時、その冬季が始まろうとしている時期であり、早朝から日没後まで、王領へ向かう荷車、乗合馬車、徒歩旅客等が途絶えることはない。
その流れを逆行する馬車が一台、ディル領方面へと向かっていく。
昨日朝王都を出た馬車は、それが王国の貴族の物であろうことは、誰にでも理解できた。
エスタ領からやってきたその馬車は、数日のうちに幾度この道を辿ったであろうか。
同乗するコヴ・ラド、コ・ジエ、そしてコ・ニアはつい先日逆の道を征く際とは真逆の、沈んだ心で会話も少なく、馬車に揺られている。
コ・ジエの膝には征く時と同様、大きな包みが乗せられている。
件の事件の後、コ・ジエは処分の間際であったその欠片の一片すら残さず拾い集め、流れる涙を押し止めることなく、泣いていた。
コ・ニアがそれを見つけ、追ってコヴ・ラドが駆けつけた。
そのあまりの様相に、王領での予定を書き換え、方々に渡りをつけ、翌朝にはこの馬車に揺られていた。エスタ領へも知らせが走っているはずである。
翌々日の夕刻、ディル領の館へと馬車は停車する。
知らせを受けていなかった使用人たちが慌てて馬車を出迎え、知らせを受けた執務中のコヴ・ヘスが館の入り口に立ったその時、丁度一行が馬車を降りた所であった。
「すまなかった。何の力添えも出来なかった。」
談話室の暖炉の前、コヴ・ラドが盃に手を付ける事もすらなく、親友に頭を下げる。
無念の一心。我が事の様に、その一件を伝える。その最後を謝罪で括った。
「そうか。」
コヴ・ヘスは親友の胸中、そして送り出した我が子の胸中を知るや、それでも無表情と頑なであった。
「ありがとう、ラド。ジエにとってこれは試練だ。立ち会えなかった自分の代わりに、お前がジエと共に居てくれた事を、心強く思う。私こそすまなかった。一人の親として不甲斐ないばかりだ。」
そうして深く頭を下げ返す。そして親友の肩に手を添える。
「手に掴みかけた機会が、不意の事故で失われる。それだけならば親として我が子を強く叱らねばならぬ。だが、そこにダナウが現れ、その手に優れた品すらあった。出来すぎた話だが、それならば私が側に居ても、お前と同じく、自らの無力を嘆くだけの結果になっただろう。」
「私にはこうなる予感はどこかにあったのだ。いや、私ではない。正直に言おう。そう述べる者が居た。それを疑う気持ちと、どこか納得する気持ちの両方の自分が、ジエの真っ直ぐな思いの側に居ては為にならぬ、そう思ったのだ。だがそれが、親友と信じるお前に、辛い役目を負わせてしまった。その負い目を、私に償わせて欲しい。」
その夜、客室へ友を送り出したコヴ・ヘスは、部屋に篭もる我が子の元へ、その重い足を運ぶ。
父として、商人として、領主としての役目を、果たさねばならぬ。そう強く戒め、戸を叩く。
「何時まで塞ぎ込んでいる。」
部屋に招き入れたコ・ジエに、館を立った時の気勢は見る影もなかった。
「まずお前が今しなければならないことは何だ。言ってみなさい。」
「明日朝、一番に村へ立ち、詫びなければなりません。」
頭を抱え、それでも間を置かず、コ・ジエはそう答える。それはここ数日、まず考えていたことだ。
「それは何故だ。何を詫びる。大事なものから言ってみなさい。」
コヴ・ヘスは静かに問う。
自らの育て方の答え合わせをするように、息子の成長を、今を確かめるように。
「自らが約束したことを、自ら破ったことを、まず伝えねばなりません。必ず十分な利益を持ち帰ると約束をしました。その確信もありました。その期待に応えられなかった。」
コ・ジエは頭と胸に詰め込まれた無力感を払いながら、その根源にあるものを述べていく。
「次に、預かった荷をただ失ったことです。商人として、品は、引き渡し利益を得るまで、その血肉と同じ。そしてその血肉は自らのものだけではなく、それを託した者の血肉でもあります。それを最後の最後で損ない、そして何も得られなかった。」
コヴ・ヘス自身がいつか説いた話であった。
自らの言葉を、自身の解釈で受け止め、今ここにそれを感じている。
我が子の行いに恥ずべき事は多いが、それを理解していることを彼は父としてひとまず安堵した。
「最後に、私は、領主に、父に背いてまで公言したことを、守れなかった。それどころか民の領への信用は損なわれ、損失さえ出した。村への謝罪の後、領に、領主に、父にそれを詫びねばなりません。」
それは必要ない。
そう思う心はあれど、コヴ・ヘスの口からそれはついに出ることはなかった。
その代わりに、一人の父親として、コヴ・ヘスは育った我が子の力のない肩をそっと握った。




