異国の大船
セッタ領主コヴ・ドゥロは、目の前に広げた何枚ものスケッチに腕を組んで頭を悩ませていた。
波止場に異国の大船が現れたと聞いて、今年の納税を済ませたばかりのコヴ・ドゥロはそれから数日間、何度も桟橋へ足を運んで、長く足を留めていた。
時折、コヴ・ニアが多くの荷を持って現れて、狼煙を上げる。そうすると沖合に佇んだその大船が桟橋へとやってくる。そして用意された荷を運び込む。
どうやら、コヴ・ニアがその異国人たちと通訳できると知ったコヴ・ドゥロは、やってきた彼女に頼み込み、荷の豆と木材の一部の肩代わりを約束に、近くでその船を見せてもらえるよう取り付ける。
全ての荷を詰め終え、船の主の二人が戻ってくるその日まで、コヴ・ドゥロは鉛筆と増厚紙に、幾枚もその大船の様相を書き殴った。
そして何故か波止場へ現れた京極栄治にそれを披露する。すると栄治は溜息を吐いて、彼を連れ出した。
栄治が、コヴ・ドゥロと共にディルの滞在屋敷へやってきたのは、夕方も過ぎた頃であった。
丁度、外出をしていたらしい河内幢子が、街人風の身なりでそこへ遭遇する。
「大型帆船を作る、ですか?」
「そうだ。コヴ・トウコ。見給えこの異国の大船を。この様な船を我が国でも輸送用で建造できれば、今の陸路に依存した交易だけでなく、遠洋を使って遠方国家とも交流を持つ事もできるだろう。漁業船舶としてもより遠洋で多くの海産物を漁獲できるのは魅力的だ。」
その興奮したコヴ・ドゥロとあまり面識を持ってこなかった幢子は、苦笑いを浮かべる。
「我が領で、この様な船を作るために、ディル領やリゼウ国の知恵と支援を得たいのだ。既に、エイジ殿からも、帆となる綿生地をいくらか取引しても良いという言質を得ている。オカボの玄米を仕入れている上での更に持ち出しになるが、木材は我が領で用意し、当領の職人たちで加工するので、着工に当たって、コヴ・トウコには鉄製の船大工の工具や、その知恵を借りたいのだ。」
そのスケッチの一枚を手に取り、眺めながら、幢子は溜め息を吐く。
「いきなり、大型というのは。十ヤートルや、十五ヤートルといった現実的な中型規模から初めてみてはどうでしょう。竜骨の削り出しに使えるほどの大木もそれほど多くはないのですし、中型で船員を育てる事も、船大工を育てる事も、遠洋航行の失敗と経験を重ねてからの方が良いと思います。」
コヴ・ドゥロの後方で腕を組んで頷い聞いているだけの栄治を、折々に睨みながら、幢子は目の前の先輩領主をどう説得しようか言葉を悩ませる。
実際に、スラール旧街道の鉄道計画がある以上、工具の工面にも、鉄にも、幢子の懐事情はあまりよろしくなかった。
だがそれでも、多少の興味と、何より目の前に出されたスケッチの大船が、サウザンドの国の物だろう事が、思慮を引き止める要因ではあった。
「十五ヤートル。ではまずその十五ヤートルで作る。竜骨は一本で削らず繋ぎで作れないか考えたい。コヴ・トウコはどう考える。このスケッチから得られる情報で率直な意見や考察を貰いたい。木材の材質はどう考える?炭の材料として指定されているような樹を避け、その上で広葉樹で考えればどの様な品種が良いだろうか。」
「少し考える時間をください。矢継ぎ早にいきなり言われても、ちょっと無理です。」
この世界への転移前の、職場での上役からの相談事を思い出しながら、幢子はそれ以上の言葉を詰まらせた。
「で、いつからそんな関係だったんですか、お二人は。」
以前食べそこねていた念願の玄米のチャーハンを口に運びながら、幢子は漸く去っていったコヴ・ドゥロの事を栄治に問い質す。
「ちょいちょい、な。陸稲の玄米をあんまり気持ちよく食ってくれるものだから、農家としては少しぐらい、力になってやりたくなったんだ。」
彼が置いていったスケッチの大船を見ながら、幢子は側に佇むコ・ジエにその内の何枚かを渡す。
「実際、どうなんだ。河内さんはそっち方面の知識はあるのか?」
「一般知識の範疇、ですね。大型帆船となると、流石に知識がありません。」
幢子の返答に、栄治は頭に頭に手を当てて目を瞑る。
「流石に、何でもかんでもそう上手く行かねぇか。あの大船を見ちまって気分が高揚したのは分かるんだが、でも、その絵を見ちまったら、どんだけ船が好きなのかも分かるだけによ。」
空笑いを浮かべる栄治に、幢子も苦笑いを浮かべる。
「どうだったんです、異国の人たちとの冒険は。」
幢子にとっての関心は船そのものではなく、未だ胸に残るその部分を伏せて、ずっと聞きたかった、船の主たちの事を、それとない装いで聞いてみる。
「コヴ・ニアが言う様に、腕が立つのは間違いないな。身体作りもしっかりしてる。詩魔法の強行軍でも魔素の消耗や、体力の消耗も感じさせない。狼も一太刀で一刀両断だ。多少の細工はあるのかも知れないがな。」
栄治の説明を聞きながら、幢子は頬を少しだけ緩めて、匙に乗せたチャーハンを口に運ぶ。
「いい人たち、でした?」
「ああ、悪くない感じの連中だった。そうそう、面白い話もある。連中、蕎麦食ってるぞ。蕎麦の実があって農作もしている国らしい。今度来る時は絶対に持ってこいと言っておいた。」
そういえば、いつの頃からか妹は蕎麦を好んで食べていた。
そんな事を思い出しながら、幢子はまた一匙、口に玄米を運んで、頬を緩めた。