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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
群雄割拠の舞台
217/238

オカリナを持つ手

「コージィ、先に桟橋に行っててくれないか。時間が欲しいんだ。」

 波止場に向かう途中で、サウザンドはそう伝えると、一人でふらりと街の中へと戻っていく。



 そうしてサウザンドは静かに、歩きながら辺りに目をやる。


 街の中には、時折、首からそれを下げている人を見かける。

 それが、この国の詩魔法師なのだろうと、短いこの国での旅の最中、理解する事ができた。


 どういう経緯でそうなったのか、それを考える時間も情報もなかった。

 それでも、何が最初にあったのか、それを考える時間は、十分にあったとサウザンドは考えていた。


「そんなにオカリナが気になるかな?」

 広場で静かにそれを口に当てていた彼女は、演奏を終えてサウザンドにそう尋ねる。


「それとも、気になるのは私の方かな?」

 その問いに、サウザンドは言葉が詰まる。今まで、何度も声に出そうとして、それでもその声はでなかった。


 声が出ないので、サウザンドは静かに背を向ける。

「そうやって、いつも右から回って背中を向ける。」

 

 声が出ないので、サウザンドは口をつぐんで、歯を噛みしめる。

「我慢をする時は、顔に出さないで奥歯を噛みしめる。だから虫歯が分からなかったでしょ。」


 声が出ないので、そのまま背を向けて歩き出す。

「何も言わないで、一人で大人になっちゃうから、私はまた何も教えてもらえないんだね。」



「詩魔法は、本当は、凄く危険。できれば、使わないで欲しい。」

 漸くそれだけを口から吐き出して、背を向けたまま、サウザンドはまた一歩進む。


「それは、お姉ちゃんにもちゃんと言えない、そういう理由があるのかな?」

 その言葉に、サウザンドは息が止まり、その耳には街並みの一切の騒音が届かなくなる。


「なん、で。」

 息の代わりに、言葉を吐き出す。

「なんとなく、かな。お姉ちゃんだもの。分かるよ。そういうものなんだよ。」


「だって私、なにも言ってない。」

「元々、そんなに喋らないでしょ。だから、お姉ちゃんは苦労したんだよ。」


「だって私、全く違う姿してる。もう血もつながってない、姉妹じゃない。」

「そんなの関係ないよ。お姉ちゃんは、お姉ちゃん。千ちゃんは、千ちゃん。解っちゃうんだよ。」


「だって私、会ったばかりなのに。」

「初めて会った時から、ずっと私ばかり見てたでしょ。」

 サウザンドは振り返る。振り返って走り出す。走り出して、その身体に飛びつく。


「大きくなったね。私が知ってる千ちゃんは、まだ十六歳だったのに。もうずっと年上かな?」

 サウザンドの中の千歳ちとせはそうして、もう聴く事ができないと思っていたその声に、涙がこぼれだす。


「多分、時代が違うのかな。きっと、千ちゃんの方が、ずっと大人になってて、この世界の事もきっとよく知ってるんだろうね。話せない事も、伝えきれない事もあるんだろうね。」

 幢子はそうして、胸の中で静かに泣く妹の頭を静かに撫でる。


「大変なのに、由佳ちゃんとリオルさんを助けてくれてありがとう、千ちゃん。お姉ちゃん、凄く助かったよ。」


「私、お姉ちゃんを守るって約束したもの。お姉ちゃんの手伝いをするって、約束したもの。」

「そんな約束したかなぁ。あ、そうか。私には、ちょっと未来のお話なのかもね。」


「でも私、お姉ちゃんを守れなかった。皆を守れなかった。」

「いいんだよ、千ちゃんはきっと、一生懸命頑張ってくれたんだよ。それに、だからこそ今も、一生懸命頑張ってるんだよね。お姉ちゃんを頼らないで、一人で大人になって。」


「今も、今も、もう行かなくちゃいけない。折角会えたのに、また離ればなれで。」

「そうだね。悲しいよね。でも、千ちゃんを待ってる人がいるんだよね?お姉ちゃんは大丈夫だから、行っていいんだよ。お姉ちゃんは、千ちゃんに会えただけで、嬉しかったから。」

 幢子がそっと、その歳の離れた妹を抱きしめる。そうした時、ふと、一瞬、頭にエルカの表情が浮かんで、そしてその笑顔を思い浮かべて、また微笑んだ。


「大丈夫。お姉ちゃんは、大丈夫だから。ね、千ちゃん。元気出して。そんなに泣いてたら、お姉ちゃん、嫌だな。」

 幢子は、抱きついて居るサウザンドを引き離す。


「千ちゃんは、お話が苦手でも、活発で、行動的で、意志が強いんだから。お姉ちゃんが一番、それをよく知ってるんだよ。だから大丈夫だよ。それに、また会えるでしょ、同じ空の下に生きていれば。」

 そうして、幢子は自分の首から下げたオカリナを外して、サウザンドの首にかける。


「昔、一緒に行った陶芸の体験教室で、オカリナ作ったでしょ。その時の事を思い出しながら、これを作ったんだ。お姉ちゃんはまた新しいのを作るから、大事に持っていて欲しいな。それなら、寂しくないでしょ?」

 サウザンドは、幢子がそうして差し伸べた手を取って立ち上がる。

 その頬を伝ったままの涙の跡を、幢子が、綿生地から作ったハンカチで撫でる。


「ほら、知り合いが待ってるよ。行ってあげて。またね。ちゃんとご飯を食べて、身体に気をつけるんだよ。」

「お姉ちゃんこそ、好きな事ばかりしてないで、ちゃんとご飯を食べて。」

 思わず降り掛かった反撃に、幢子は頬を爪で掻いて、頷く。


 そうしてサウザンドは振り返る。その目線の先でコージィが立っていた。

 後ろ髪を引かれながら、首に下げたオカリナを片手に握る。そうして一歩、また一歩と歩き出す。



 夕陽の朱い空に、吹き込んだ潮風を肌に感じながら、幢子は微笑んでその背中を静かに見送った。

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