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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
群雄割拠の舞台
216/259

霧と木陰に隠れて

「おっちゃん!京極さん!」

 焚き火の前で待っていた二人に、由佳が姿を現す。栄治がそれに反応するよりも早く、荷運びの男が飛び出して、自身も今にも倒れそうな様相でリオルを担いでいる由佳を抱きとめる。


「馬鹿な事をしやがって!俺達がどれだけ心配したと思ってるんだ!」


「おっちゃん、ごめんよ。来てくれてありがとう。」

 怒声と、強く抱きとめる力でそれを迎えた彼に、由佳は素直に謝る。その声は震え、足からも力が抜けていく。


「黙って一人で飛び出しやがって!大事な仲間が俺の知らない所で死んで居なくなるのはもう真っ平なんだ!なんで手伝ってくれって言わない!なんで一緒に来てくれって言わない!」

 今にも意識を失いそうな由佳は、その言葉を黙って聞いていた。焚き火の温かさ、それ以上に気心がしれた、気を許した仲間の体温に、安堵の気持ちから、張り詰めていた緊張が解かれていった。


「コージィ、衛士殿の腕の手当を頼めるか?」

 その光景を少し離れた場所で見ていたサウザンドは、そう述べると、抜身の剣をそのままにきびすを返す。


「気になる事がある。狼はもう散ったと思うが、もう少しこの場を頼む。」

「わかった。」

 その背に向けてコージィが承知を伝えると、先程と同様にサウザンドは森の奥に駆け出していく。


 その後ろ姿を、京極栄治は再開を喜ぶ由佳達を横目に見送った。




 サウザンドは森を駆ける。その目には木の葉の一枚までも明瞭に見えていた。そうした力の使い方がある事を、もう一度その目で確かめるようにしながら、周囲に気を払う。


 視界の端、樹木の枝の上に、漸くその影を見つけると、足を止め、意識して静かに歩く。


虫人むしびと、だな。ここで何をしていた。」

 言葉を投げかける。その枝の上に腰掛ける黒い外套を羽織った青白い顔の男の、その首の脇に、大きな目を二つ、細長い口をした虫の顔が現れる。


「成程。夜の闇の中で、この姿がただ見えていただけでなく、我々の事も知っているのか。」

 自分の知っている言葉で帰ってきた返事に、サウザンドは剣を握り直す。


「言葉が互いに通じるならば話は早い。アキサダという虫人むしびとと、えにしがあってな。彼は、同じ様に、死人に取り付いて、まるで生者の様に操る。」

 そのサウザンドの言葉を聞いて、虫の横の人の顔は、声を出さずに目を見開き、口を大きく開けて笑った。しかし、その目には眼球が入っておらず、その歯の奥には舌もなく、ただ闇が覗いている。


「アキサダ。ああ、その名前を聞いたのは久々だ。アキサダを知っているのか。アレはどうしている。最後に会って百年?いや、二百年程になるか。私がこの地に留まって以来だからな。」


「私の問いに幾つか答えてもらえないか?先程までこの一帯に漂っていた濃霧は、お前の仕業だな?」

 サウザンドはその姿を睨みつけ、その剣先を向ける。


「なに、君たちの合流を少し手助けしたに過ぎんよ。あのままでは、君たちはすれ違っていただろう。霧で足を止めて、君たちが間に合うようにしたのだ。そう、友に頼まれたのでな。」


「その結果、狼達を刺激した事になってもか。彼女らの命が危うくさせたとしてもか。」


「そう、それは結果論に過ぎない。だからこうして、役目を終えた後、私が始末をしておいた。」

 そう主張する虫の顔。青白い顔の姿が座る木の根元から辺り一面に、無数の狼達が息絶えて転がっている。その首や腹には大きな穴が空き、今尚、そこから血が流れ出し、地面に染み込みつつあった。


「君等は役目を果たす事が出来た。後は帰り路につくだけだ。これで、君たちはこのスラールを出て、国に帰る事ができる。もしアキサダに会う事があれば、ナッキーが宜しく、と言っていたと伝えてくれ。久々に顔が見たくなった、ともな。」

 サウザンドが剣を振る。男が座るその枝は根本から切り落とされたが、その姿は器用に地面に着地する。


「手荒な事は困る。死人の身体の調達がつい最近、困難になったのだ。」

 それを合図に木の陰から、同じ様に黒い外套を羽織った姿が幾つか現れる。


「この国の有り様はお前たちの仕業か?」

「それを尋ねるのなら、もっと適任が居るだろう。私はただ、友に頼まれて協力する以上の事はしていない。我等の主は、あまり人と関わる事をお望みでないからな。」

 それだけ述べると、男は姿をひるがえし、静かに森の奥へと紛れていく。


 サウザンドはその背中を追うことはせず、手に持った剣に着いた汚れを服の袖で拭い、鞘に納める。




 霧はすっかりと鳴りを潜め、サウザンドが焚き火の前へと戻ると、そこで由佳は荷運びの足を枕に静かに寝息を立てていた。

 同じ様に、腕の手当を受けたと思われるリオルが焚き火の前で横になり、木の枝から覗く真っ暗な空を見上げている。


「寝ちまったよ。詳しい事情を聞くのは、帰り道に追々だな。」

 栄治が焚き火に薪を一本、新たに放り込む。


「安堵ついでに、一つ聞いていいか?」

 剣を木の幹に立てかけ、焚き火の前に腰掛けたサウザンドに、栄治の言葉が投げかけられる。

 肘枕に背を向けて横になっていたコージィも、その身体を栄治に向ける。


「あんたら、コ・ニア、いや、今頃はコヴ・ニアか。彼女とどんな関係だ?」


「ニアは、古い、古い友人だ。多分な。」

 そう答えると、サウザンドは膝を立てて抱え、その中に静かに顔をうずめた。


 そんなサウザンドの服の裾が汚れているのを焚き火の明かり越し見て、コージィはため息を吐くと、再び、火に背を向けた。

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