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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
群雄割拠の舞台
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一つの事件が終わって

 細川由香が王都トウドに帰り着いたのは、よく晴れた日の昼間の事であった。


 シギザ領の偵察を行っていた衛士は、由佳とリオル、その救助隊を発見すると、馬に依ってそれが各所へ伝えられた。

 応急手当をしたとは言え、腕の怪我を徐々に悪化させていたリオルは、ディル領の半ば程で、エルカとサスペンションを実装した荷車に回収され、荷車の荷台に乗る事を散々に拒絶しながらもポッコ村へと運ばれていった。


 入都門の前では、今日も背負カバンの日雇いたちが煉瓦や瓦礫を背に行列を作っている。

 事件が起こっていたことすら知らない彼らは、由佳の姿を見かけると気さくに近寄り声をかけようとして、その横に立つ白髭の荷運びに睨まれる。それをたしなめながら、由佳は恐縮してしまったその一人ひとりに返事をする。


 入都門を潜って直ぐに、そこで満面の笑みを浮かべて立っていた組合の本部長と書記官に、今度は由香が萎縮するも、耳をつままれて、そのままセッタの滞在屋敷へと引っ張られていく。


 そこで別れた栄治や、サウザンド、コージィと言った面々に手を振ると、彼らはため息を吐いて、そんな由佳を微笑みを浮かべて見送った。

 暫く去っていく由佳の姿を見届け、そして互いに彼らの行くべき場所へと別れていく。




 セッタの滞在屋敷の庭では、ハヤテの新人商会員たちが、大工の親方と話していた。

 由佳が不在の間に、大工たちとその親方の奇妙な人間関係に漸く気づいたらしく、資材の搬入の遅れについて親方を前に申し訳無さそうに萎縮をしていた。


 彼らは由佳が帰った事に気づくと、それまでのやや険悪な雰囲気が打って代わり、喜色を浮かべる。

 それに由佳が手を振り返そうとした所で、再びその耳を本部長につまみ上げられ、苦笑いを浮かべながら連行されていく。そんな姿に、親方少年は笑い、新人商会員は乾いた笑いを浮かべた。


馬鹿者弟子むすめのお帰りか。」

 由佳が応接間に入るなり、窓辺の椅子に静かに腰を掛けたブエラが、その顔も見ずに言う。


「心配をかけて、ごめんなさい。」

 その領域に由佳は踏み込み、向かって、静かに頭を下げる。


「寿命が十年は縮まったわ。道を急ぐのはいいが、人生まで急ぐつもりはない。お前のためにどれだけの人がココロを痛め、その不在に時間を使ったか、解っているんだろうね?」

 窓の向こうを見ていたブエラは由佳に振り返ると、そのゆっくりとした足どりで近寄っていく。


 頭を下げたままで居た由佳は、その頭ごとブエラに抱きしめられる。


「どこも怪我はしていないか?荷車を壊したという報告も聞いたが、そんな事は気にすることはない。無事に帰った。ここに帰ってきた。ここがお前の家なんだ。まずはそれを幸せに思いなさい。それからでいいから、ここに居る家族の事を想うんだ。家族が家に帰らない事をどう思ったか、それを自分に置き換えて考えなさい。」

 そう声で伝えながら、ブエラは由佳の髪を静かに撫でる。


「うん、ありがとう。ばあちゃん。」

 由佳は、頭を上げて、ブエラの老いて縮んだ身体を抱きしめる。


「豆はちゃんと、届けてきたのかい?」

「うん。大分遅れちゃったけど、皆の元に届けてきたよ。きっと今頃、その豆で宴会してるよ。」

 由佳の抱きしめる手が震えているのを背中で感じ、ブエラはそれ以上を何も言わず、由佳の頭を撫でた。




「おかえりなさい、サウザンド。コージ。」

 エスタ領の滞在屋敷では、庭先で、彼らが来るのを、コヴ・ニアが待っていた。


「ニア。護衛の依頼は無事終わった。約束の報酬を貰いたい。」

 サウザンドは、その目の前に立つ女性が、それを守ってくれるだろう事だけは確信していた。


「実はもう、運び込んであるのです。」

 ニアはそう答えると、二人に向かって満面の笑みを浮かべる。


「豆と、湯冷まし、乾燥と発酵を終えたお茶の葉と、それと、私の領でこの冬季に採れたばかりの蜜柑を絞ったジュースも樽に入れて用意しておきました。船員さん達の壊血病の心配もあったんですよね?」


「ありがとう。助かる。私達は、もう急いで国に帰らなければならない。」

 喜色を浮かべて何かを口にしようとしたコージィを手で制止して、サウザンドはニアにそう伝える。


「次は、いつ来てくださいますか?」

 笑顔でそう口にするニアの顔は、サウザンドとコージィにとって、その記憶の深い場所を強く刺激する。


「まったく。変わらねぇな、ニアは。またその台詞かよ。」

 コージィは困ったように鼻の頭を掻く。それはいつもと同じ様に、一つの依頼、一つの冒険が終わった時の、彼女のお決まりの台詞であった。そんなコージィの困った姿を見て、ニアは静かに微笑む。


「昔みたいに、また明日、とは約束できない。」

 サウザンドの答えに、ニアは表情を曇らせると、その場に立っていた時からずっと手に持っていたそれを広げて差し出す。


「この周辺の地図です。エスタ領。そこが私の領。西にあるのがリゼウ国。そこから沿岸沿いに北西に向かえば、貴方の国。山を超えなくても、迂回して沿岸を陸路で辿ればここへ来ることが出来ます。」

 ニアはそれを説明し、再び巻き直すと、地図を彼女に差し出し、手に持たせる。


「サウザンドやコージが、例えどんな境遇であっても、私はずっと二人の味方です。またいつか、五人で旅をしましょう。それはきっと何よりも楽しいですから。」

 ニアは再び、二人に向かってに微笑む。そして、自分より背の高いサウザンドの身体を両手を広げ抱き寄せる。


「それはきっと、難しい。でも、それができたら素敵だね、ニア。」

 サウザンドは言葉を濁しつつ、渡された地図を手に持ちながら、ニアの綺麗な銀糸の様な髪を静かに撫でる。その耳にはニアの息遣い、その腕にはニアの体温を確かに感じ、その事に彼女は少し安堵した。


「折角なら、俺に抱きついてくれてもいいだろうによ。ったく。」

 そんな二人の姿を嫉妬するように、苦笑いを浮かべたコージィはため息を付いて一人眺めていた。

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