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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
群雄割拠の舞台
214/238

細川由佳を助けたい人。

「リオルさんがまだ残ってるんだ!」

 由佳が自分の来た方向へ振り返り手を伸ばす。その背を支えるように、サウザンドが身構えて受け止める。


「私の身代わりになって!走れって!私は走って、リオルさんが残って!」

 由佳が話し出す内容を、サウザンドはただ優しく微笑んで、頷いた。


「狼が!狼が来たんだ!お願い!お願い!リオルさんを助けて!」

 由佳はその瞳に貯めた涙を途絶えることなく溢し続けながら、自らの名を呼んだ、その相手に懇願を続けた。


「コージィ、この子を頼める?」

 いつしかサウザンドの横に立っていたコージィは静かに頷く。


「だが、今から間に合うのか?」

 コージィの問いに対して、サウザンドは首を横に振る。


「やれるだけやってみる。間に合わせてみせる。」

 サウザンドは静かに剣を引き抜くと、腰元の袋からそれを取り出す。


「ちゃんと、そのために必要なイメージは貰えたから。」




 折れた柄のそのほこさき側を掴んで、リオルは目の前に落ちた狼に喉にそれを突き刺す。


 確かに目の前の狼はそれで絶命する。

 しかし、直ぐに次の狼が駆けてくるその足音を、リオルの耳は捉えていた。


「慣れない獲物は、使うもんじゃないな。」

 振り返ったリオルのその手首に激痛が走る。狼の牙が、手袋ごと皮を貫いて血が滲む。

 そのまま、狼はそのまま絶命する。


 丸ごと加えこんだリオルの右手には、由佳から借りたナイフが握られていて、それが狼の喉から先を突き破っていた。


 だがそこまでだった。それが何匹目だったか、リオルは頭の中で数え直す。


「今までの悪夢の中じゃ、一番健闘したな。もう、次がないのは残念だが。」

 腕の出血は、それほど深くないが、放置していれば致命傷となるだろうと感じていた。死して尚、噛みついて離れないそれを振り払い、手当をしなければならない事は解っていた。


 しかしそれ以上にリオルに迫る、複数の足音が、その気配が、その猟の終わりを獲物に対して伝えていた。


「あいつは無事逃げ切れたか?だと、いいな。」

 ため息を吐き、そこで漸く、大きく息を吸い込んだ。顔に血が巡り熱を持つのをリオルは感じていた。そこに恐怖や、怖気はなかった。


 そうやってにじり寄る狼が一匹、月明かりに照らされて、リオルの目の前で身を屈める。

 それは地面を蹴りつける合図のようなものだった。恐らくその数瞬後、その牙は自分の何処かに噛みついているだろうと、リオルは想像した。


 狼が地面を蹴り上げる。その身体が自分に向かって宙を舞う。その瞬間までリオルは目を背けずに居た。


 そしてその瞬間は訪れなかった。


 狼はその腹を前後に分けて、リオルの視線上から逸れていく。

 その牙はリオルに届く事なく地面に伏すと、その顔は数度痙攣し、そのまま動かなくなった。


 辺りに濃い血の匂いが漂う。真っ二つになった狼の腹から地面に血が流れ出していた。


 月明かりの中、一人、そこに立っている。


 リオルの感想はそれだった。

 それが、栗色の髪をなびかせて、自分に向かって唇を震わせている。

 その言葉は聞き取れなかったが、それは自分に投げかけられただろう事だけはリオルは理解できた。


 その姿が振り返ると、まるでしっかりと見えていた様に、狼が一匹、再び二つに斬り降ろされていた。それで、その人物が剣を携えている事を初めて認識した。


 再び、血の匂いが辺りに充満する。


 そして、自分に手が差し伸べられる。その姿を、なぜかどこかで見たような気がしていた。


 いつもの悪夢の最期、その度にいつも自分たちが助け出される、悪夢の終了宣言。

 そこに現れるのは、いつも同じ顔だった。


 だから、自分に手を差し伸べてくるその顔が、一瞬、コウチ・トウコと重なった様に見えたのは無理もないと考えた。

 それも一瞬の事で、リオルのその目には見違えるようなことなど無い、まるで別人が映り込んだ。


 腕から、狼の牙が抜け落ちる。しかし、深く飲み込まれたナイフを引き抜くことが出来ず、リオルはそのナイフを握る強張った自身の手の方を緩めて、死体を振り払った。


 そして同じく強張った反対の手で、差し出された手を取る。

 それを合図にリオルの身体がしっかりと引っ張られる。


 その麗人の唇は幾度か開かれるが、その言葉はリオルの耳に言葉として入ってこなかった。

 そうしている内に、また数匹の狼が切り捨てられる。その全てが一刀両断だった。


 手を引かれ、引かれるままにリオルは道を進む。

 狼の遠吠えは、いつしか聞こえなくなっていた。それに気づいたのは、リオルが腕に耐え難い痛みを感じ始めた頃だった。


「リオルさん!」

 その声に引き寄せられるように顔を向けると、リオルを見つめる瞳がそこにあった。


「噛まれたんっすか!腕がひどい怪我。手当しないと。」

 腫れた目元で、自分に組み付いて、腕の心配をする由佳の顔を見て、リオルは漸く自分が現実へ引き上げられて居るのだと自覚する。


「手当をしてくれるみたいっす。早く、ここから離れよう。」

 リオルは由佳の言うままに、ただ身体を引かれるままに、その場を離れていった。

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