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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
群雄割拠の舞台
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悪夢を祓う時

 一番の印象は、速さ。続いて大きさだった。


 狼との遭遇の最期の記憶は、件のポッコ村での事であった。

 あの狼達がこれほど大きかっただろうか。リオルの最初の感想はそれだった。


 逆を言えば、恐怖、ではなかった。確かに、目の前から向かってくる。

 だがそれは酷く直線的に見えた。


 とは言え、リオルに向かって真っ直ぐと進んでくるそれは一匹に過ぎない。

 その事を意識し直し、リオルは手に持った木槍を素直に前へ突き出した。



 その動作があまりにも自然だったためだろうか。リオルはそう印象付けるしかなかった。


 鋭く尖らせた槍の先端をその勢いのまま口の奥深くへと飲み込んだ狼は、喉を突き抜いてそのまま腹の奥底へと貫かれていくのを感じながら、自分が死ぬだろう事を理解した。


 木槍に串刺しとなった狼を、リオルはその身体ごと勢いを遠心力に変えて振り払う。

 絶命したばかりの狼は弧を描く木槍の軌跡に、突き刺さったその逆順に抜け落ちて、放り投げられ、木の幹にその身を強く打ち付ける。


 本来、ほこさきが付いているそれを、同じ様に扱えるのを理解したリオルは、一つ息をつく。


 木槍の先端から中程まで、狼の血がべっとりと付いている。

 気がつけば、大分晴れていた霧の、その隙間から月明かりが差し込み、その槍が赤黒く染まっている事を、リオルは理解する。


「さあ、来てみやがれ。」

 先程まで走り続けた身体が程よく冷え、意識がより研ぎ澄まされていくのをリオルは自覚していた。


 その耳に、確かに複数の地を蹴る音が聞こえ、より緊張が高まり始めたその矢先に、周囲に新たに狼の遠吠えが木霊こだまする。


 リオルは一歩、左足を下がらせる。そしてその隙間に身体を置くと、木槍を構え直し、身を低くする。


 音が近寄ってくる。それは足音だろう。そしてそれは地を強く蹴って、自分に飛びかかる。


 耳から得られる情報と考察を重ね合わせながら、柄を振るう。


 リオルの振るったその柄を腹の真ん中で受けた狼は、飛びつくこと叶わず、宙からはたき落とされ、自らの勢いと、柄の遠心力とを地面で一身に受けた。

 すかさず、リオルの木槍の石突が、狼の頭に向かって打ち出され、それは奥歯と右目を撃ち抜いて、更にその奥の脳を揺さぶった。そのまま、狼は痙攣し、そのまま息絶える。


 その間隙を縫って、また別の狼がリオルに飛びかかる。


「グッ!っと!」

 それを振り返って、左足のかかとで蹴り飛ばす。

 その瞬間、右足に鈍痛が走ったが、リオルは奥歯を噛み締めてそれを耐える。


 蹴り飛ばされた狼に、木槍の切っ先を向け、その毛に覆われた柔らかい腹を突き破る。

 それを引き抜き、狼の頭を左足で強く踏みつける。それでその狼も動かなくなった。



 周囲の空気が変わる。リオル自身も、息を吐き出すばかりで、呼吸が出来ていない自分を自覚し始める。

 息を吸い込めば、その隙を狙って奴らが飛び込んでくる。それを警戒し、呼吸を最小限に抑え込んで、一歩、また一歩と後ずさりを重ねる。


 この狼達の血肉に誘われて、他の狼がやってくるだろう。

 或いは、この槍の付いた狼の血や体液が、それを呼び寄せるだろう。


 そうしてやってくる狼が、遠吠えで遠くの仲間を呼び寄せる。

 そうすれば、連中の狩りが始まる。


 終わりのない夜が、一体どこまで続くだろうか。

 後ずさりながら、槍を構え直せば、その切っ先が早くも潰れている事がリオルの目にも解った。


 その一瞬の視線の乱れを、まるでしっかりと見ていたように、一匹の狼が飛びかかる。


 リオルの木槍の柄は、それを正面から打ち払うと同時に、鈍い、嫌な音を立てた。




 道をただひた走る由佳は、頬を伝う、汗か涙かを、確かめ拭うことも惜しんで駆け抜ける。


 幾度目かの狼の遠吠えが、その耳に聞こえる。


 恐怖が支配するそのココロを懸命に騙し、機嫌をとりながら、足をまた一歩、一歩突き出す。

 もう自分でも走っているのか、歩いているのかも分からなくなっていた。


 ただ、いつもの様に立ち止まり、足を確かめる事はしなかった。ただ前へ前へと。


 遠く道の向こう、いつしか霧が晴れ、自身が進む真正面に月が浮かんで、小道を照らしていた。

 眩しいとも思えるそれを、追いかけるように由佳は進む。


 それでも、息は切れ、足は震え、身体は重くなっていく。

 頬を伝う汗は、それが一向に途絶える事がない。由佳の喉は息の代わりに、嗚咽と声を漏らし出す。


 そしてついに由佳は立ち止まり、両腕を膝に当てて、そのまま動けなくなったことを自覚する。


 こうしている間にも、狼が襲ってくるかも知れない。

 その恐怖がココロに巣食っても、それ以上の疲労と後悔が、それを覆っていた。


 今からでも引き返すべきなんじゃないか。

 そういった後悔が、次から次へと喉からこみ上げ口に出そうになる。


「誰か。誰か、助けて。」

 自分の軽率な行動が招いたそれを、由佳は酷く後悔しながら、視線の先の地面に突きつけた。


「よく頑張ったな。」

 そんな声が、息を切らせた由佳の耳に、届いた気がした。


「大丈夫だ。黒い髪、黒い瞳。君が細川由香だな。君を助けに来た。」

 はっきりと聞こえるそんな言葉に、由佳は顔を上げる。


「助け、て。お願い。」

 涙で霞んだ目に、ぼんやりと浮かぶ、その姿に、由佳は喉を振り絞ってそれを懇願した。

 そんな事が、いつかどこか、前にもあったような気がしながら。

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