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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
群雄割拠の舞台
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霧の夜を駆け抜けて

 軽快なステップを踏むようにリオルが道を走っていく。

 由佳はそれがスキップに似ていると、冗談で思っていたのは極僅かな時間だった。


 走り始めて間もなく、遠吠えが一つ聞こえる。

 それは二人が、気づかれた証だった。


 由佳の背筋に、悪寒が走る。


「走れ!」


 前方を走るリオルが、一寸、速度を落とす。その合間に横に並んだ由佳に、手に持った松明が投げられる。


「うわっっち!ひぃっ!」

 バランスを崩しながらも何とかそれを受け取った由佳は、それを手に持ったまま駆け抜ける。


 そのままリオルは速度を合わせながら、由佳の後ろを走る。

 空いた右手に木槍を持ち直し、自身の腕の可動域と左右の空間余裕を確かめ、獲物を掴む位置を調節する。


 足への負担を意識しながら、速度を更に落とし、身体を捻って、振り返る。

 慣性をそのままに、木槍を振るう。左右の木の幹に当たらない長さを警戒気味にとった見積もりは、正しかった事を安堵する。


 背中に、由佳との距離が離れていくことを理解しながら、リオルはその場に足を止め、目を凝らす。

 しかし、霧が濃く、決して見通せるような状態でない事を再認識したに過ぎなかった。


「そのまま走れ!」

 まだ届く距離だろうそれに向かって、リオルは声を張り上げる。


 再び、由佳が走っていった方向へ振り返り、リオルも走り始める。



 松明の明かりだろう、ぼんやりとした光だけを頼りに、向かって、リオルは走る。

 そんな時に、再びの遠吠えが森林に響く。一つ、二つ、三つ目まで、徐々に遠のきながらそれが耳に入ってくる。


 この数年、何度も見た悪夢を思い浮かべていた。

 それは、詩魔法の支援もなく、あの狼に、自分たち衛士隊が獲物として追われる夢だった。


 走りながら、リオルは奥歯を噛みしめる。歯茎に残っていただろう干し肉の味が口の中ににじみ出る。

 ふと、そんな事におかしさを感じて、一瞬、力が抜けてリオルの口元が緩む。


 足の調子は悪くないと感じていた。違和感が残っていないわけではないのも同時に理解していた。

 この旅路が無意味なものになる、その絶望的な結果、それだけは、理解したくなかった。



 やがて、前方の霧の中に、松明と、由佳の背負いカバンらしき影が鮮明とし始める。


「もう無理ッ!」

 そうはっきり聞こえ、それが由佳の声であるとリオルは理解し、追って言葉の意味を理解した。


 走り疲れた由佳は、足を止め、膝に両手を当て、肩を上下させて呼吸する。

 体中が一斉に汗を吹き出す。顔が熱を持ち、赤く染まる。手に掴んだままの松明の熱が、前髪を焼いているのが分かる。


 やや遅れて立ち止まったリオルが、側に立つ。息を切らせているのはリオルも同様だった。


「草鞋の、鼻緒が、切れかかってる。履き替えないと。」

 汗と疲労で滲むその視界で、目線の先でそれに気づいた由佳は、息切れを誤魔化す理由とばかりにそれを主張する。


「履き替えて、息を整えろ。で、走れ。俺達は汗も臭いも撒き散らし過ぎた。来るぞ。」

 由佳は腰にある吊るしの草鞋を取り、それを地面に置く。そして、大分くたびれている右足のそれと履き替える。


「大丈夫。走れるっす。」

 額の汗を腕で拭い、冷たい冬期の空気を胸一杯に吸い込んで、由佳は言う。


「三十二、数える。万端に整えて、もう一度走るぞ。」


「変な数っすね。」

 由佳は呼吸を整えながら、リオルの顔を見る。リオルは自分を見上げる由佳の目に笑って応える。


「片手で指折り数える分だ。うちの部隊じゃこれで通る。」

 目の前で、どこかで見た手仕草を披露するリオルの姿を見て、由佳もそれを笑って応える。


「了解っす。心なしか、霧が晴れてきたような気がするっす。頑張るっすよ。」

 霞んだ目が落ち着き、慣れてきたのもあって、由佳にはそう感じられた気がした。


「だといいがな。数え始めるぞ。」

 リオルは、由佳の乱れた髪を掬って、そのままそのてのひらで頭を撫でる。

 由佳が確かに頷いたのを、松明の光の中で確認し、数を口ずさみ始める。


 リオルが指を折って、声に出してそれを数え始める。


 十五を数えた時、また一つ、遠吠えが来た方向から響いてくる。

 二十二でまた一つ、二十九でまた一つ。


 三十二の呼数に合わせて、由佳は地面を踏みしめて駆け出す。


 由佳だけが駆け出した事に気づいた時は、由佳は奥歯を噛み締め、もう振り返らない覚悟を固めた。




 由佳が言ったように、確かに、霧が晴れ始めてきたような雰囲気をリオルは感じていた。

 振り返った森の小道の奥は、夜目に慣れてきたのもあって、より深くを見通せる気がしていた。


 何度も見た悪夢の中で、何度も試行錯誤した抵抗の数々を思い出しながら、木槍の振り心地を確かめる。

 自分の背中で気配と土を蹴る音が遠ざかっていくのを確かに感じながら、リオルは大きく息を吐く。



「さあ、始めようじゃないか。今日の悪夢は、いつもの様に負けてやるつもりはない。勝って終わらせるぞ。」

 黒い影が一頭、自分に向かって走ってきているのをその両目で確かに視認し、リオルは恐怖に挑む覚悟を固めた。

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