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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
群雄割拠の舞台
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潜入 恐れていた事

 銅鉱山を発った由佳とリオルが、再び森林地帯へ潜ったのは陽が沈んだ頃だった。


「あんまり、良い状況じゃないっすよね。」

 森に潜って身を隠し、薪を焚いたその矢先に、獣の遠吠えが遠くから響いてくる。それに対して由佳がそんな不安を漏らした。


「楽観ができる状態ではないな。なにか刃物を持ってないか?」

 リオルに問われ、由佳はポシェットの中から一本のナイフを取り出す。薄い陶器製の鞘で覆われており、リオルがそれを抜くと、灰色の刀身が現れる。


「幢子さんが作ってくれたやつっす。もしもの時のためにって。」

 野党の騒動の際に、由佳にそれを手渡した幢子は、口元に指を一本立てて、言葉でそれについて言及はしなかった。


 リオルはその刀身を、持参した木柄に当てる。刀身の硬さと刃を確かめながら、慎重にそれを滑らせる。

 木を削る音が僅かに響く。薪の明かりを頼りにリオルはその先端を尖らせていく。


「武器としちゃ頼りないが、獲物は慣れた長物の方がいい。」

 何度も薪の灯りに近づけ、その尖り具合を確かめながら、リオルはナイフを滑らせる。


「足は大丈夫っすか?」

「恐らくな。」

 即答ではあったが頼りない返答に、由佳は瞳を泳がせる。


「生息域としては、恐らくバルドーの森林地帯が奴らの本来の縄張りなんだろう。」


「なんのっすか?」

「狼だ。」

 リオルが答えたとほぼ同時に、再び、遠くで獣の遠吠えが響く。その両方に、由佳は短い悲鳴を上げる。


「ほらよ。これでマシだろう。ナイフはアンタが持っていてくれ。」

 刀身を鞘に収め直し、柄側を差し出してきたリオルのその腕を、由佳は掴む。


「鉛筆削りくらいならまだしも、無理っすよ。持っててください。」



 薪が火の粉を散らしながら、音を立てている。少なくとも今はその音しか響いていない。

 そうした緊張感の中で、由佳は必死に聞き耳を立てる。


「木の上に登るってのはどうっすか?」

 必死に思考を巡らせてそれを問う由佳に、リオルはため息を吐く。


「一生降りられないな。木の上に家でも建てるか?」

 皮肉を吐きながらから笑いをするリオルに、由佳は口を曲げる。


「じゃあ、どうするっすか。」

「汗の匂いや、血の匂いさえ出さなければ、積極的には襲ってこないとは思うが。薪の煙の臭いや、それこそ火事でも起これば逃げていくだろうが、そいつをすれば、バルドー側に気づかれる。」


 由佳はリオルの腕を握りながら、小さく震える。薪の赤い光越しに、リオルはその由佳の震えを視認し、顔をしかめる。


「そんな顔するな。今夜は大丈夫だとは思いたい。水を飲んで少し寝ておけ。昼間、泣き疲れただろ。」

「こんな状況で寝られるわけ無いっすよ。」

 周囲を警戒し、小声で抗議する由佳に、リオルはその頭の上にてのひらを乗せる。


「守ってやる。俺が生きてる内はな。この足だって、槍が手元にないのだって、俺の自業自得だ。それを理由に不安にさせるつもりはないさ。膝を貸してやるから、今夜は大人しく寝ておけ。」

 そういって、リオルは由佳の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。

 由佳の不安を浮かべた目には、その顔は、ぼんやりとした灯りの中で笑っているように見えた。



 事実として、その夜は遠吠えの主が姿を見せることも、気配を感じさせることもなかった。

 霧がかった朝焼けの前で、由佳が微睡みから醒めた時、その顔をリオルが眺めて笑っていた。



 霧が晴れるのを待たず、由佳とリオルは身を起こし、歩き出す。

 荷車はその場に放棄する事にして、由佳は残った荷物を背負いカバンに詰め込んでいた。


 森の中を白く濁らせた霧は、晴れる兆しを見せず、疲れと恐怖、焦りと背負いカバンの重みに、由佳は額に雫を浮かばせていた。それを、腕で幾度も拭いながら、森の中を歩いていく。


「こっちであってると思うっす。」

 霧の湿気と金属結露で方位板と磁石の精度が下がっているような気が、由佳にはしていた。

 そして事実、来た時に反して、森林奥深くのスラール旧街道は、進めど進めど、一向に辿り着けずにいた。


 不安にかられ、立ち止まり、磁石を回す。そんな事が増えていた。


「日が暮れてきたっすね。」

 そうしている内に、認めざる得ない事実が、差し迫ってきていた。


「焦るな。怖がるな。守ってやるから安心しろ。」

 狼狽する由佳の肩を掴み、リオルは前を見る。そして腕を伸ばし、指差す。

 由佳はその腕を見て、視線を手首、指、その指す先へと向けていく。

 

「良かったぁ。」

 由佳は鳴き声にも似たそれで、安堵を漏らす。細く、舗装された名残を残す道が、木々の重なりの合間に確認できた。



 旧街道を歩く。その木漏れ陽は、晴れぬ霧も相まって、急ぎ足に落ちていく。


「夜になったら、どうしよう。」

 霧の湿気は、焚き火の種火を起こすには好ましくない事は、嫌でも解っていた。


「歩くしか無いだろ。」

 リオルはその肩に担いだ棒を器用に振るって、道端に転がった枯れ木の太枝を宙に浮かせると、掴み取る。

 荷車を放棄した時に脱いで腰に巻き付けていた草鞋と、それまで足を固定していた布切れを、それに適当に巻きつける。


「火を起こして松明にしよう。できるか?」

 由佳は火打ち石を取り出し、火の粉を起こす。何度も打ち鳴らしている間に、藁の端から煙が上がり、周囲に煙の匂いが立ち込める。


「まぁ、そうだろうな。」

 火と共に、煙と別種の濃い匂いが流れる。それを鼻に嗅ぎつけ、リオルは苦笑いとため息を漏らす。


「灯りだし捨てられん。燃え続ければ途切れるだろう。速歩きでいくぞ。」


 リオルの情けない顔と据えた臭いを上げる松明から顔を背けながら、由佳はリオルの背を追って歩調を速めた。

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