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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
群雄割拠の舞台
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潜入 痕跡

 救助隊がディル領へ入り、サト川にたどり着くとそこには数人の衛士と二人の詩魔法師が立っていた。


「よぅ、エルカさん。やっぱりアンタか。」

 京極栄治が挨拶をすると、待っていたエルカは一向に対して軽く会釈をする。


「トウコ様の指示で、既にヤートル塚を基準に伝令と詩魔法師を配置展開しています。ここからシギザ領までは滑走と夜目の支援を行います。」

 エルカの説明に対して、随伴する荷車の主は深く礼を払う。


「ディル領の度々の支援には感謝が尽きない。」

「いえ、私達もハヤテには色々お頼みしていますから。」

 深く下げられた頭に、エルカも同じ様に礼を払う。


「あれか。合戦かっせんの直後に、河内さんがやってたやつか。」

 栄治は苦笑いを浮かべ、顔を背ける。



「成程、かなりの力技だな。」

 サウザンドは、通訳の中に紹介された詩魔法師を見る。サウザンドのその視線に気がついて、エルカは会釈を返す。


「この地域は馬の普及が少ないのだな。輸送にもあまり使っているように見えない。」


「最近まで馬に食わせる飼料すらない、そんな土地だったからな。限られた場所にしか普及してないのさ。俺のところのリゼウ国でも、本格的な繁殖を検討し始めた所だ。」

 栄治とサウザンドのやり取りを、どういったものなのか察することができたエルカは、同伴する見知らぬ二人をじっと見つめる。その視線に気づいて、コージィはエルカに笑いかけ手を振る。


「おっと、粉をかけるのは止めといた方がいい。その子は、ディルの領主様の妹みたいなもんだ。依頼の報酬が減らされても、弁解の手伝いはできんぞ。」

 栄治の注意呼びかけに、コージィは慌てて手を引っ込める。


「領主殿は、転移者だろう?」

「ああ、だが関係者なら溺愛っぷりは誰でも知ってる。同時に、詩魔法の共同研究者でな。この国では一番の使い手と言っていいだろう。」

 栄治の説明に、サウザンドは静かにエルカを見つめる。その首から下げたオカリナに目が行く。


「急ぐ旅だ。そろそろ始めてくれ。」

 栄治の言葉に、各々が身構える。エルカがもう一人の詩魔法師に合図をすると、彼は手に持ったオカリナを口に当て、静かに音色を奏で始める。



 ディル領の半分以上の距離をそうやって駆け抜けたのは、途中の休憩を含めても僅か一日半のことであった。


 配置された詩魔法師を足場に、次の足場まで走り抜けていく。僅かずつとは言え、消費し続ける魔素と体力に息を切らせる。

 休憩の間は、随伴するエルカのオカリナの音色に、地面にそのまま横になる。そして目覚めれば、再び走り出す。


「支援はここで最期みたいですね。」

 領境に立ち、青い顔をしながらも気丈に振る舞うエルカが、立ち止まり、自身のオカリナを持ち構える。


「無理はしなくていい。ここまでで十分助かった。」

 サウザンドがそう口にする。その通訳が栄治によって行われる前に、それを分からずもエルカは首を振った。


「ゆっくり帰れば大丈夫ですから。」

 そう伝わることを祈って、エルカは音色に願いを乗せる。

 それまでと違う曲に、一層強く感じられる詩の効果に、一行は意を決して走り出す。


 エルカはその背中を、自分の事を度々じっと見つめていたその瞳を思い浮かべ、息を整えながら見送った。




 エルカの詩魔法の余韻を暫く感じながら、シギザ領の海岸沿線の交易路を進む。


 途中、衛士の伝令係から得た情報で、由佳達は国境直前から北上し、領館への道に入ったのだろう事がわかっていた。


 それまでを約二日を、その僅かな痕跡らしきものをたどりながら進んでいく。

 例えばそれは、僅かな薪の消し炭、荷車のわだちであった。


 そしてそれ以上に、その旅程には白骨死体が散見された。

 それを見つける度に、一行は、言葉を失っていく。


 やがてとある港町の廃墟で、遠くに、国境の関所らしきものを視認し、一行は足を止める。


「このまま、突っ切っちまう手もあるが。」

 コージィがそれを言うが、サウザンドはそれを手で抑止する。


「痕跡を辿る方が確実ね。この分だと、追い抜ける訳では無いし、危険は避けたいし、行き違う事もできるなら避けたい。帰路に合流するのが理想ね。」

 コージィと栄治はそれに同意し、頷く。その後ろに静かに道中の物資を乗せた荷車が続いた。



 その日の昼を過ぎていた。その数日は冷たい風が吹いてはいるが、雨もなく、天候にも恵まれていた。

 

 口数も少なく、彼らは北に向かって静かに歩く。

 荷車の車輪と彼らの足が、土を掻き、荷台の豆を揺らす、その音だけが耳に入る。


 領館への道を暫く進んだ頃、ふと誰かが声を上げる。


「すまない!待ってくれ!」

 一番後ろを進んでいた、荷運びの男がそう叫ぶと、そこに荷車を停め、道を外れて走っていく。


 その先には、一台の荷車が放置されていた。


「間違いない、ウチの荷車だ!」

 男の引く荷車と同様に、鉄のバネとそれを補助する板バネの作りに、彼は直ぐ気づいた。

 一同もその言葉に、道を外れて荷車に取り付く。


「車軸がやられてるな。背負いカバンが無くなっている。豆が入ったままの袋がある。ここで何かがあったのか。動かなくなったから、背負えるだけ積み替えて、ここに置いていったんだな。」

 それまで寡黙だった男は、車の状態や状況を声に出して確認していく。


「槍だな。衛士、といったか。彼らが使っているものと同じ物の様だ。」

 足元に見つけた、柄が途中から折れたそれを、サウザンドは拾い上げる。


「ここで引き返したか、その先に進んだか。争った形跡とは違うようだが。」


「荷車から荷を持ち出した形跡があるらしい。アイツの事だ。先に進んだんだと俺は思う。」

 栄治が言うそれに、サウザンドは頷く。


 遺されていた豆の袋を、一行の荷車に積み替えて、彼らは更に北へと進んでいく。


 彼らが焼け落ち全壊崩落したシギザの領館と、進路を示す様に、ひっそりと木陰に遺された薪の消し炭を見つけたのはその日の夕方の事だった。

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