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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
群雄割拠の舞台
209/249

潜入 後を追う一行

「道中、よろしく頼む。」

 白髪の歯並びの悪い男が、荷車を引いてやってきて、栄治に頭を下げる。


「あんたが同伴か。まぁ、今回は災難だったな。」

 栄治が手を差し出すと、男はその手を掴んだ。互いに面識だけはあったが、実際に会話を交わす事は今までなかっただけに、双方でそうしたやり取りが必要である事は理解していた。


 そんな二人のやり取りを、言葉がわからないなりにサウザンドとコージィは眺めていた。


「待たせたな。とりあえずこれで、出発だ。伝令役が馬で先に出ているが、途中で一人合流予定だ。」

 衛士隊から手紙一つ持たせて馬を出させるそれが、どれだけの強権を振るったのかを思えば、後援についた四人がなりふりかまっていないのを、栄治は苦笑いする。


「承知した。」

 サウザンドが頷くと、トウドの東門で、そこに集う人々と逆走をし、僅か四人が足を進める。




 栄治は、走りながら、異国人である二人をその背中側から眺める。


 ディル領主の滞在屋敷で見かけた時から、彼らは身軽で走りやすい装いを調達し着替えている。

 それらは恐らく、連絡に戻った沖合の船から持ち出したものだろう事は、細々な小物に至るまで察することが容易であった。


 革製品、布生地、携えた剣や背負カバンなど。それらの製品は端から見ても、自分たちが数年をかけて進めてきた産業の促進を更に先に行くものである事が見て取れる。

 そうした面々との縁を、恐らく今頃、コヴとして承認を受けているだろうニアが、どの様な場所で培ったのか、それについての思考は、現段階では考察の端緒たんちょすら掴めないでいた。


 少なくとも、目の前の二人は、自分たちのように黒髪黒目ではないし、幢子が秘して伝えたような、異国語を介する能力のようなものはないのは理解できる。

 しかしそれを大きく補って尚余りある、彼女らが持つ何らかの余裕については、淡く掴めると言った程度であった。

 それが仮に、国外、スラールの外にある大国、という立場に大きく由来するのであれば、それは早急に、何らかの見極めと対策を検討しなければならない脅威にもなりうると考えていた。


 旅程は順調に進む。

 徒歩であれば一日半はかかるであろう王領の境をその日の夕刻には迎えていた。


 焚き火を起こすその仕草も手慣れている。

 栄治自身と比較しても、少し年上といった二人は、決して順風満帆な人生を送ってきたのではないと伺える。


 そうした栄治と同様の観察を、異国人側であるサウザンドとコージィ側も、栄治たちに向けていた。



「随分と手慣れている。」

 その栗色の髪を後手に纏め直しながら、サウザンドは栄治の野営支度をそう評価した。


「料理ができるのは、羨ましく思う。」

 彼が作った、土鍋のチャーハンの味を思い出しながら、サウザンドは煮立つ水炊き豆を見ている。


「自炊くらいは珍しい能力じゃねぇだろう。最も、流石に食えて不味くなきゃいいってぐらいの価値観の河内さんや、迎えに向かってる細川の嬢ちゃんに比べりゃマシだとは思ってるが。」

 栄治の言い草に、サウザンドは思わず吹き出して笑う。


「そうかも知れない。確かにそんな感じがする。」

 その笑いが指している人物が、彼女の思い浮かべている人物が河内幢子の印象なのだろうと察し、栄治もまた笑う。


「どういう想像をしてるのか判らんが、あの女領主様は、食事より自分のやりたい事を優先する手合でな。領民や見知った顔の食事の心配はするが、自分自身は料理の手間すら惜しんで、乾豆を手で掴んで口に放り込み、白湯で流し込んで食事をしたと言う様な、そういう事をする。王都にいる間は大人しいもんだが、領に帰れば周りはそういう面でも苦労をしている居るらしい。」

 そうして、栄治はサウザンドを相手に話が弾んでいく。河内幢子の逸話を幾つか聞いて、それをサウザンドは口元を緩ませて笑った。


「おいおい、ミリィも、似たようなものだろう。」

 そうした二人の会話に、水を指すようにコージィが言い捨てる。


「ミリィ?」

「ああ、私の親からもらった名前だ。サウザンドというのは、そうだな、異名のような物なのだ。」

 サウザンドは、焚き火の鍋から白湯を椀で掬いながら、目を細めて言う。


「最近ではその名前で呼ぶ人も減った。私はどちらでも構わないんだ。」


「ミリィは、昔は、それこそ剣術一辺倒でな。飯は昔から今に至るまで俺の担当だ。ある時、蕎麦を作ってやったら、暫く蕎麦だけ食わせてれば文句の一つもなかった。考える手間がかからないから楽はできたが、逆にこっちが飽きて、何が食べたいかを尋ねても、蕎麦でいい、と言うだけだった。」

 懐かしげにそれを言うコージィを見て、サウザンドは口元を緩ませる。


「コージィの蕎麦は、美味しいからいいんだ。夜の屋台も、盛況だった。」

 そう言って、サウザンドは白湯を口に含み、両手をその椀で温める。


「蕎麦?蕎麦といったか?おい、聞き間違いじゃないよな?」

 興奮気味に食いついてきた栄治を前に、コージィは歯を見せて笑う。


「おうおう、気になるか。気になるよな。蕎麦は苦労したんだ。聞いてくれ聞いてくれ。」


 意気投合をしたかのような二人の会話を、片方だけ聞きながら、荷運びとして同行している初老にかかるだろう同行者を、サウザンドは静かに見つめていた。

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