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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
群雄割拠の舞台
207/238

来訪者 バルドーの黒髪黒目

 議事の中休みに、主要人物を集めた昼食会が、王城の広間を借りて行われる。


 議事中に錯乱したバルドーの武官や、随伴してきた兵士は別室へと纏められそちらで昼食を取り、その場には政官が招かれていた。


「この度の食材は我が国で用意させてもらった。こういう場になるとは思わなかったがな。」

 アルド・リゼウが述べると、長机のそれぞれの椅子の前に食事が運ばれてくる。


 幢子は目の前の陶器の皿を上下に重ねたものに既視感を感じたが、ブエラの顔を眺め、コヴ・ニアの顔を見て、そして諦めたように溜め息を吐く。


「口に合うかどうかは、諸説あるのが難ではある。この場に不在ではあるが、セッタ領主コヴ・ドゥロは気に入った様子で、既に我が国と取り交わし、商材として領館へと運んでいる。求められれば、我が国の農相が喜ぶ事だろう。」


 蓋が開けられ、蒸気が湧き上がる。米類の特有の香りが周囲に広がっていき、そこへ陶器の匙が添えられていく。


「では、頂くとしよう。」

 ブエラが音頭を取ると、各々が匙を手に取り、それを口に運び始める。



 幢子は、匙をあまり進める気が起きずに、折々に周囲を見回す。

 そしてふと、給仕を呼び止めて、幾つか所望するものを伝える。


 バルドーの政官は、借り受けた綿の防寒具を羽織ったまま、その匙を手にとっては居るが、その味に馴染めていないように幢子には見えた。


「食事の上の雑談として少しだけ、お話でもしましょうか。」

 幢子は気持ちを切り替えるようにそう切り出す。周囲は一度手を止めるが、幢子が手振りをすると、再び匙を口に運ぶものも少なくなかった。


「この玄米も、もっと美味しく食べる手法があるのです。これは収穫し、水と塩で炊いたものに過ぎません。これだけで良く作られていますが、ここに色々と足していくのです。」

 給仕がやってきて、幢子に椀に入った生卵と、塩盛られた皿を渡す。


 幢子は、碗の中に生卵を割って、そこに塩を入れ、匙でかき混ぜる。

 その仕草を、次第に周囲は興味を持って眺める。


 かき混ぜた卵を、幢子は皿の上の玄米の雑炊に注ぎ入れ、蓋にされていた皿をそこへ再び被せる。


「今直ぐ、出来そうな食べ方はこれだけです。例えばこれは、この玄米の優れた栄養価に、卵の栄養価を合わせる事には限りません。玄米の雑炊の食感も変わり、卵自体も熱で固まり、食べやすくなります。」

 幢子は、頃合いを見て雑炊の蓋皿を除けると、そこで白身のやや固まっているのを見て、匙でとりわけ、口に運ぶ。食べられる味であり、幢子は安堵する。


「バルドーで得られる銅も同様でしょう。銅単体では熱を加えても溶けにくく扱いづらい。だから大国から錫や亜鉛を求める。錫や亜鉛も単体で使えないこともないですが、銅と合わせることで、炉の中で銅が溶けやすくなり、青銅や真鍮となり、それが金属具や貨幣となり、用途も増える。」

 幢子の話に、ブエラが頷き、アルド・リゼウが頷く。その傍で、コヴ・ニアが同じ様に皿の中に溶き卵を注いでいた。


「交渉や、交易とはそういう物だと、私は考えています。これは、砂鉄や炭、炭の原料となる木材、或いは陶器と釉薬、鉛筆と紙、煉瓦であっても同様で、人もまたそう言った側面を持っているものだと思います。それぞれが持っている物は役に立たないように見えても、誰かにとって必要なものであるかもしれない。自身が役に立たないと思っていても、誰かがその人を求めているかもしれない。」


 その話を聞きながら、政官は少し昔の事を考えていた。


「我が国も、武官と政官でその様な関係の時代もありました。今では見る影もありませんが。」


 コヴ・ニアが卵雑炊を口に運んでいるのを見て、他の貴族たちも給仕に卵を求め始める。逐一の要望に対応しきれないと考えた給仕は、多めの卵を持参して、求められずとも各椅子に一式を添えていく。


 政官の前にも同じ様に、生卵の一式が置かれる。彼もまたそれを見様、見真似で試してみる。


「ただ、私は少し前に別の場所でその様な関係を見たことがあります。」

 蓋皿を取り上げ、固まった溶き卵と、同じ様に浮かぶ玄米を目に、政官は匙を差し込みそれを掬い上げる。


「男たちが銅を掘り、異国の娘がそこに豆を運んで持ってくる。ほんの数度。ほんの数度見たに過ぎない関係でしたが、私はそれが羨ましかった。豆を背負って運んできた娘を、男たちは歓迎し、採掘を放りだして騒ぎ始めるのです。異国の娘もまたそれに興じて、豆の煮炊きは華やいでいたものです。」

 そうして、匙の雑炊を口に運ぶ。その塩味と温かさと、新鮮な食感に、その喉が鳴る。


「実に美味しい。豆以外のものを食べたのは久々だ。」

 匙は、二口、三口と進んでいく。その度に、身体の奥から、得も言われぬ感情がこみ上げてくる。


「今まで我がココロにのみ秘してきましたが、我が国にも、黒髪黒目の異国人が居たのです。恐らく国政で私だけが、それを知っている。それを、それがもたらす物を、我が国は手放すべきではなかった。もしそれができたのなら、今のこの有り様も、また違っていたやも知れない。」


 政官は、そう嘆きを漏らしながら、また、匙を口に運ぶ。

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