来訪者 反転攻勢
「然るべき方?我々は商人?何を言っているのだ。バルドー国が大陸との緩衝になっているその恩恵に預かっておきながら、辺境の豆の農民共が一体何を言うか!」
武官が、議事の場で叫ぶ。怒声となったそれに、貴族たちは表情に出してそれを忌避する。
「貴国はその豆農民を相手に千の兵を失ったのですわ。」
しかし、コヴ・ニアはそれに顔色一つ変えることなく、静かに微笑み応える。
「雨季の初め、ディル領サト川を前にした平野部で、陣を構えていたサザウ国衛士隊と霧雨の中、遭遇。」
コヴ・ニアが、その口から言葉を漏らす。
「開戦を前に、霧が晴れ、降雨なし。弓兵隊、斉射三回。いずれもサザウ国衛士隊に届かず。」
「武官の号令の後、槍兵隊、前進開始。進撃、思う様に進まず。中央のみ直進を続ける。」
「突出した中央の部隊に、サザウ国衛士隊、矢を斉射。百五十本。直進部隊先鋒に命中。凡そ四十名が死亡または重傷。」
「死傷者をかき分け、中央の部隊前進。サザウ国衛士隊、再度矢を斉射。百五十本。直進集団に命中。凡そ三十名が死亡、または重傷。尚、前進止まらずも、後方に進軍の渋滞発生。」
「渋滞の途中で倒壊発生。サザウ国衛士隊、三度目の矢の斉射。百五十本。進軍遅延、死傷者の増加。先鋒部隊の前進、停止。」
「後方部隊、弓兵隊による斉射を強行。二度の斉射。前方を進軍する友軍を巻き込むも、矢、届かず。連携を失い、弓兵の個人の判断に依る散発的な斉射が数度続く。いずれも、サザウ国衛士隊に届かず。」
「指揮官、後方へ転進。弓兵隊、詩魔法師が続く。サザウ国衛士隊、槍を携行し前進開始。バルドー国の負傷者、残存者の殲滅掃討を開始。統率を失い、壊走。」
コヴ・ニアが淡々と言葉を続ける。
「な、何を言っているのだ!何の話だ!」
「ディル領征伐部隊が、全滅をした、その経緯です。」
武官はその言葉に声を失う。随伴する政官もまた、同様に唖然とする。
「後方輸送隊、北部よりリゼウ国兵士隊の襲撃を受ける。火矢三回の斉射。荷車に火が燃え移り、荷が燃え始める。」
「リゼウ国兵士、輸送部隊と交戦開始。即座に部隊は統率を失う。」
「サト川方面より転進してきた指揮官、馬にリゼウ国弓術兵の矢が命中。転落。リゼウ国兵士隊の槍に囲まれ、戦死。」
「指揮官を追って転進してきた弓兵隊、散発的な斉射を行うも、視認していない方向より狙撃され、死者多数。内数名、弓を構えるも、矢筒に矢なし。」
「戦場全体で、壊走開始。多くの兵士が助命を乞うも、一切を聞き届けられる事なく、包囲され戦死。一部兵が戦場から北部の森林地帯へ逃走。リゼウ国兵士隊、追撃を開始し、これを殲滅。」
「ディル領征伐部隊、生存者なし。サザウ国、リゼウ国の死者なし。」
武官はコヴ・ニアを凝視し続けている。政官は目を逸らし、額に手を当てる。
貴族たちも、それを笑顔で淡々と述べるコヴ・ニアに言葉を失い、議事の場は静寂に包まれる。
「どうかしら、コヴ・トウコ。アルド・リゼウ様。」
ニアが、武官から視線を逸らし、振り返って、ブエラの後に佇む二人に呼びかける。
「概ね、違いはありません。」
「上がっている報告に相違はない。」
幢子と、アルド・リゼウは、頭に被った金色の長髪カツラを脱ぎ、それに答える。
「黒髪黒目!ディル領の新領主、だけでなく、リゼウ国主がいる、だと?」
会場に乗り入れて以来、ずっと中央の議席に座るブエラの後背に立ち、役人然としていた二人の変装に、武官は顔を青くする。
使者以外のその場の全員は、事前に、二人が眼前でカツラを被り、ブエラの後に立つ所を見ていた。
だからこそ、武官の失言とも取れる暴言の数々に、ただ肝を冷やしていた。
また、実際の戦場のあらましを聞き及ぶ事は初めてであり、その様相に、恐怖さえ覚えていた。
「蛇足かもしれんが、一点、付け加えよう。我が国で最も戦果、人を殺した者は、とある罪人の兵士である。多くの兵士を無事連れ帰った報奨として、恩赦減刑を取らせようとしたが、本人に固辞され、代わりに三本の木鍬と乾豆の袋二つを求められたので、それを与えた。この意味は、賢明な諸君なら、解って貰えると思う。」
議場の貴族たちから、少なくない声が漏れる。彼らはそれが誰を指すのか、心当たりがあった。
「殿下は、骨を埋められる、おつもりなのですか。」
落胆とも、嘆きとも取れる呟きを、アルド・リゼウは聞き流す。鉄の鍬すらも拒否されたことを思い出していた。
「とはいえ、ディル領に被害がなかった訳ではありません。戦争にあたって、多くの農村、港を破棄し、西部へ統合し、その際に支度の為の持ち出しをしています。更には財産を放棄、戦時出費もさせられているのです。おっしゃられる交渉の前に、まずはその賠償を求めたい所です。征伐、という話は今、初めて伺いましたが、その様子や先程のお言葉を聞く限り、本当の様ですね。」
幢子は、コヴ・ニアを見る。その視線に、ニアは幢子に顔を向け微笑み返す。
コヴ・ニアはどこから、その戦場の詳細なあらましや、バルドー国の征伐と言った話を入手していたのか、幢子はそれが少し気になった。
事前に協力を申し出てきた以上、どこかに目があるのだろうとは思っていたが、矢の斉射回数や本数、戦況の推移等、二箇所で行われていた戦闘の状態を、まるで見ていたかの様に語る姿は、不思議に映っていた。




