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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
群雄割拠の舞台
203/257

来訪者 スラールの栄光

「では、話を聞こうじゃないか。」

 ブエラの言葉の前に、一同の目は静かに、議事の場の中央へと向けられる。


 バルドーの使者一党の求める形で開かれた議事は、迅速と言っても過言ではない程に開かれる事になった。

 しかし、使者たちにとって、その心中に大きく不満がわだかまっていた。


「まず、問いただしておきたい。サザウ国はいつまで、王権を不在のままにしておくのか。」

 武官が発したその言葉に、貴族たちは周囲を見合わせ、ざわめき始める。


「交渉の場に王が無ければ、その裁定は誰が行う。誰が正しきを示し、誤りを正すのだ。この度に起こっている不和も、そうしたことから端を発している。まずはそこを追求しておきたい。これはバルドー国の王権から全権を任された我々の問いであり、それは即ちは、スラールの主、の言である。」


 幢子はその言葉を、遠目に見ながら、解りやすく失望混じりのため息を漏らす。


「我々は、王権の履行を妨げ、王太子エルド・サザウの戴冠を妨げた、ディル領の話を聞き及んでいる。それは、リゼウ国と計り、王城の国王国葬の場で行われたと知っている。シギザ領を荒らし、領主コヴ・ダナウすらを追いやり、その傍若のままにあるディル領を、正しき王権なくば、誰が正すというのか?」


 臨席する貴族の面々の幾人かは、それを静止できず、目を伏せる。


「今スラールは、重大な危機に瀕している。豆の収穫量は年々と落ち込み、飢えに苦しむ民は増え、また冬季が来る度に疫病も蔓延する。その上で、先の大地震により、各々の国に大きな被害が出た。宮廷騒動になど、うつつを抜かし、商人の自己の利益に精を上げている様な局面ではないのだ。」


 再び、幢子は深い溜め息を漏らす。周囲に居る面々は、それに肝を冷やす。


「我々は、スラールの本来の形を取り戻すためならば、協力を惜しまない。既に、ディル領へ向けて我が国の兵を送り、その開放のために血を流している事からも、それは自明であろう。それは惜しくもリゼウ国とディル領の奸計によって阻まれたが、尚、我々はその意思を潰えることはない。」


「ここに集まりし聡明で賢明な諸君らが、サザウを正しき姿に戻すために、まず障害となるディルを排さねばならないというならば、今一度の派兵もそれを惜しむ事はない。それを確かに約束しよう。なぜならそれはスラールの栄光を守り、武威を司るバルドー国の使命であり責務であるからだ。古く、スラール王朝が理性を失い、暴走を極めた時、それを正し制したのが、勇敢なる我らバルドー国の始祖であるからだ。」


 言葉を止めて周囲を伺う事すらせず、それを述べ続ける武官を、貴族たちは声を細め、互いの耳に言葉を交わしながらそれを見る。中には、ただ黙して、目を伏せ、頭をかがめる者も居た。


「リゼウ国に奪われた王太子エルド・サザウを取り戻す動きも、きっとそれに呼応するであろう。王権を戻すため、サザウ国の万難を、共に一つ一つ退けて行こうではないか。それは、避けては通れぬ道なのだ。」




「で、我々に何を望むんだい。スラールの栄光、或るべき姿に戻すため、とやらに。」

 いつまで続くとも知れない、その武官の口上を、手を差し出して押し留め、中央に座るブエラが発する。


「豆を出せばいいのかい?それとも青銅貨かい?ディルの領主を差し出して、その後ディルとシギザを差し出せばいいかい?」

 ブエラはそう吐き捨てると、議場の誰にでも分かるよう、手元に握っていた砂時計を、ひっくり返してその場に置く。


「そういう、拙速で即物的な話ではないのだ。事は差し迫っている。バルドー国はこのスラールの国難に対して、今一度、一つに戻るべきだと考えている。サザウ国にはその側に控え、或いはその背中を支えて欲しいと、我が王は正しき、或るべき姿を伝えよと、我等を使わされたのだ。」



「海峡の向こうで、懇意にしていた大国が割れてしまった、からかしら?」

 言葉の間隙を縫うように、ただ鮮明に、その言葉がどこからか発せられる。


「北の山々の更に向こうに、大きな警戒が必要な程の動きが起こったから、かしら。」

 言葉は続いていく。議事の場の中心で武官の表情は、みるみる変わっていく。


「それとも、その海峡の向こうの懇意な大国と、対立する国の大きな船が、このトウドの波止場に接舷したという話を、着いて早々に聴いてしまったから、かしら。」


 幢子は、自分がそうするよりも先に発せられたその声の主に目を向ける。


「折角のお話ですが、サザウ国エスタ領は、バルドー国からのお申し出、コヴの名を以て、ご辞退させていただきます。スラールの統一は、何も知らないバルドー国には荷が重いでしょうから、然るべき方にこそお力添えさせていただきます。」

 その場に起立し、正式にコヴとなったばかりのニアが、バルドー国の武官に頭を向けて深々と礼を払う。


「エスタ領?不相応な野心を抱くリゼウ国の走狗か。街道の奥深き辺境に一体、何が分かるというのだ!」

 武官が叫ぶ。それに対して、コヴ・ニアは頭を上げると、頬を緩ませ、口元を綻ばせる。


 それが、その場の多くの貴族にとって初めて見る、今まで知ることのなかった、コヴ・ニアの笑顔だった。


「我々は商人。信念ではなく信用と対価で、お取引をさせて頂く国です。嘘と虚構で塗り固められた交渉をする時間はない、という事。バルドーの国難を、スラール全体の問題というのでしたら、バルドーは我々にお求めになる物に対して、一体何を出せるのでしょう。」

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