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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
群雄割拠の舞台
202/261

来訪者 使者の動向

 王都トウドに踏み入ったバルドーの使者一党は、中央の政庁区に滞在し、その議事開催を求めていた。


 政庁区に集ったブエラを始めとした、サザウ国の国政部会は、議事開催を前に予備会議を行う。

 その場には、ディル領主コヴ・トウコ、エスタ領主代行コ・ニアも招かれ臨席していた。


「まず、事態もある。暫定にだがコ・ニア。エスタ領主はお前に移行する方向で話は進めようと思うが、異論はないかい?」

 ブエラが問うと、コ・ニアは頷く。その表情は、コ・ニアを知る各々にとって、意外を持って受け止められた。


 父の死、コヴの死、それを公的に認める形であり、それは本来であれば喪に服す。

 しかし、彼女は終始それを、口元を緩めた表情で受け答えていた。


 昨年、猛威を振るったと言っても過言ではない、苛烈な断罪を指揮したコヴ・ラド。

 彼女の父に対する印象は、王政庁の面々にとっては、短い期間の間に恐怖となっていた。

 彼女のその表情は、その父を退けた、或いは忙殺を計ったのではないかとではないかとすら、陰口にささやかれた。



 それと同様に、王政庁ではもう一つの頭痛の種が、コヴ・トウコであった。

 彼女の存在は、先に不正を断罪して回ったコヴ・ラド以上の萎縮を、周囲に振りまいていた。


 その要因は、ひとえに、大き過ぎる戦勝である。


「なにか?」

 予備会議に臨んだ王領貴族たちが自身に向ける視線に対して、幢子は問う。

 その問いに対し、各々は慌てて視線を逸らす。


 バルドー国の千を数える兵の進軍に対し、最前線に立ち、戦場の指揮も取った領主。

 自領との懇意を担保に、リゼウ国からの援軍を取り付け、実際に派遣、臨戦させたという交渉力。

 衛士長を始めとする衛士隊の支持も厚く、関係が昵懇じっこんである事も周知されつつあった。

 そして揺るぎない実績として、退けるのではなく、壊滅させたという戦果。


 同時にその手腕は、直後に発生した大地震からの復興に、赤い煉瓦として、王都の色すらも目に見える形で変えつつ或る。

 既に開示されている、農耕改革もまた、物品、指導共に、先陣と立ち実績を上げ続けている。


 王都復興そのものは、王領貴族の拠り所となっているブエラが要する、ハヤテ商会の功績とする傾向が殊更に主張されるのも、幢子の大きすぎる功績、実績を少しでも相殺させようという言葉裏であった。


「あまり脅かすでないよ、コヴ・トウコ。」

 そして、そのブエラが、幢子との間に対立を持っていない。その心象が、その場の貴族たちにとって唯一の拠り所と言っても過言ではなかった。


「エスタ領、セッタ領の税は既に、王政庁に届け出がされている。ディル領からも、地震復興にあたっての資材、工具、人材の派遣など、協力は疑うまでもない。戦争に依る衛士隊の被害も小さく、豆の収穫に至っては、各自が把握している通り、というわけさ。復興の事を鑑みて、それを課題として差し引いたとしても、結構なことじゃないか。面倒事を起さなければいいだけだ。」


 自身の心の肝の弱さぐらいは我慢すべきだと暗に指すのブエラの言葉も、彼らにとっては、荷の重い話であったが、予備会議ですらこの有り様と、ブエラは頭を抱えていた。


 本会議ともなれば、素行が伴っていない者、十分な情報を持ち合わせていない者、或いは尾ひれの付いた虚構を盲信する者などが、制御不能な暴走をしかねない事は、危惧として存在している。


 その最たる存在が、バルドー国からの使者というのが、共通の、不安の種であった。


 この上で、そのまた一部の面々は、現在水面下で起こっている事件に頭を悩ませる。

 異国の大型外洋船の来航、ハヤテ商会の商会長の失踪もその一端である。


「コヴ・トウコ。まずはバルドー方面に関する、情報共有といこうじゃないか。」

 ブエラの言葉に対して、幢子は頷き、肩掛けカバンから紙束を取り出す。


 それを発したブエラ自身によって前日に取りまとめられ、三領の滞在役人たちによって、夜を徹して複写されたこの日の会議資料であった。



「一番の面倒な話だが、バルドーの使者共が、現在の我々の状況を一番理解していない、と思われる点だ。或いは、連中の妄言を、暫く黙って聞いてやる必要がある。その上で、何を要求してくるのか、という話だ。」

 一同は必死に、配られてくる資料に目を通し、その文面を頭に入れていく。

 ブエラがその場に砂時計を置く。それが彼らにとって与えられた思考の猶予であった。


「そこに書いてある項目は、連中が何も知らなかったという前提の話だ。まだマシな情報を持っているかも知れない。マシな情報どころか、話を歪めて、甚だ事実とかけ離れた事を言い出すかも知れない。振り回されたくなければ、自分でも事実と比較して、よくよく考えて、縁者と共有しておく事だ。」


 一同の黙読を前に、時計の砂は落ちていく。

 その光景を、幢子はやや萎縮気味に、肩を狭めて見回している。


 その視線の先の対座に、自分とは異なり、誰が見ているともなく、誰に向けるともなく、目を細め、口元を緩めてコ・ニアが座っている。


 コ・ニアは幢子の視線に気がつくと、微笑みらしきものすら浮かべて、幢子に会釈する。



 やがて、貴族たち一同の不安と緊張を前に、ただ無常に、時計の砂が落ちきる。


「では、コヴ・トウコ。その使者にどう対応し、どう答えるか、お前の腹づもりを、まずは聞いておこう。」

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