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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
群雄割拠の舞台
201/253

潜入 多難のその先

「荷車が焼け残ってたっす。」

 由佳がその場に戻ってくると、リオルは棒を支えに身を起こす。


 昨夜の一件を経て、一端、足早にそこを離れる事を決めた由佳は、荷車に乗せていた空の背負いカバンに豆と水袋を詰め替えて、呆然としているリオルを引っ張った。


 その際に、リオルが足を捻挫しているらしい事を確認した由佳は、その夜は森林部に入って直ぐの場所に潜み、夜を明かす事を決めた。


「歩けそうっすか?その棒はどうしたんすか?」

 由佳の問いにリオルは頷くと、棒を槍の様に振るって見せる。


「走るのは勘弁してもらいたいが、何とかな。これは、焼け跡から体よく見つけてな。」

 昨晩、闇に紛れた槍は見つけるのを断念し、獲物を求めて朝早くにシギザの領館に足を向けたリオルは、矛先のない交換用の柄と思われるそれを見つけ、手にした。


 だが、戻ってみると薪の消し炭前に由佳の姿はなく、木の幹を背に腰掛けていた。


「大丈夫なのか?その荷車。」

「煤が付いてるっすけど、車軸はしっかりとしてるっすね。残念ながら井戸は枯れてたっす。どこかこの先で村を見つけて、飲み水の補充はしたいっす。」


 リオルは焼け落ちた館を見る。館全体に満遍なく火が回った様子であり、家財や調度品は勿論の頃、柱が焼け落ち、支えを失ったそれは全倒壊し、尚、今も延焼していた。周囲には煙が今も充満している。


「すまなかった。火だと思って駆け出した事で、足を引っ張る形になった。」

 車軸の折れた荷車から回収できた物資は、全てとは言えなかった。

 槍と一緒に荷台から溢れた豆の袋は、中身が地面に散乱し、荷台に残った豆袋もまた、背負カバンに全て積み込めたわけではなかった。


「支援を呼べる状態ではないし、このまま行くしかない。」

「事故が起こることはある程度想定内っすよ。ほら、座って、足を出してください。」


 由佳は座り込んだリオルの右足のブーツを引っ張り脱がせると、煙と延焼熱の暑さに脱ぎ捨てられていた防寒着を破き割いて、革袋の飲み水で濡らしたあて布を作り、しっかりと足に巻きつける。


「そういった心得もあるのだな。黒髪黒目は。」

「詩魔法なんて、なかったっすからね。今だって、採掘現場なんかで手当に使うから、却って手慣れたぐらいっす。」


 由佳があて布の端をしっかりと結びつけ、腰から草鞋を一枚外すと、リオルの足にしっかりと履かせる。


「炎症したり、むくんだりしてブーツを外せなくなると厄介っすから、治るまでブーツはお預けっす。この先のどこかの村で井戸水を汲めたら、もっかい固定し直しっすね。」

 痣や変形が起こっていない様相に見え、由佳はその点で安心し溜め息を吐く。

 脱がせたブーツを荷車の荷台に放り込み、そのままハンドルを手に持つ。


「さ、行くっすよ。」




 二人の進行速度は目に見えて遅くなった。少なくとも、それまでの様に走って進む事はできなくなった。

 森林地帯の、切り開かれ、僅かに舗装されたらしき跡を、荷車が音を立てながら進んでいく。


 時折、由佳は足を止めて、車輪を叩いて整える。前の使用者がまともな整備の知識がなかったのだと、それを知らなかった頃の自分を思い浮かべて苦笑いをする。


「ここの所、ずっと走ってたから、ちょっと新鮮っすね。森林浴は。」

 木々が遮り、吹き込み風こそないものの、冬季の冷え込みは由佳にとって、発熱していない身体には肌寒く感じていた。


「荷車を引いて歩きながら誰かと話すってのも、ハヤテの仕事にはないっす。だから話し相手が居るっていうのは、助かるっすよ。」

 そういって、由佳は隣を歩くリオルに、鶏の干し肉を一枚差し出す。リオルはそれを受け取ると、口に放り込んで噛む。


「おっちゃんがこうやって、道すがら干し肉くれたっけ。今じゃ、副商会長になんて収まって、お互いに荷車を並べて歩くなんて事、なくなったけど。」

 由佳の話を聞きながら、ハヤテの荷車の護衛についた衛士の報告に、疲れた、と青い顔を浮かべていたのを思い出す。


「足を引っ張っておいて言えた義理じゃねぇが、たまには歩いて、こうやって護衛に干し肉を恵んでやってくれ。あいつらの隊長としてよ、ただの弱音だ、って取り合わねぇわけにも行かねぇからよ。」

 リオルの言葉に、由佳は思わず吹き出す。拍子に車輪が道端の石を噛み、荷台がゴトンと音を立てる。


「そうっすね。今までちゃんと、こうやってお互いに、話す事ってなかったな。いつも感謝してるっすよ。アタシだけじゃなくって、商会員の皆も荷物も守ってもらってるし。」

 リオルは、端々に由佳のちょっとした口調の変化に気づいたが、そのまま黙っておく。


「泥濘に車輪がはまって、助けてもらった。車輪が外れて、直すまでの間に支えてもらった。車輪が石を跳ねて、衛士さんの頬に切り傷を作って謝り倒した。荷台に詰め込みすぎて、積み直しをするのを手伝ってもらった。そんな報告書が、短文でよく並んでて、次あった時にちゃんとお礼を言うように、返事書いてるんすけどね。それなら、干し肉を贈って一緒に食べるのも、いいかもしれない。」


 ゴトゴトと音を立てて、荷車は、衛士を伴って進んでいく。

 歩きながら、リオルの捻った足のあて布は乾き、同じ様に二人も、その世間話に口を乾かせていった。

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