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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
地方領の転機
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見事さへの価値

サザウ国 シギザ領

 ディル領の東側に接する国境を有する領。王領に次いで、サザウ国で強い影響力を持つ国である。


 隣国との陸路の陸運、サザウ国への玄関口としての海運、共に活発であり、エスタ領の国境のそれよりも多くの人と物が行き交う。

 市場動向にも敏感であり、関税への発言影響力、交易品の需要と供給の発信力、その重要性からの王族・内政府付き貴族との結びつきも強い。


 領内での商益、関税収の分配益により陸運道、港の整備が率先して行われており、それによりその沿線上の発展は国内でも随一であるが、反して北部の山岳方面に向かって伸びる森林開拓は遅れており、他領に比べ伐採、開墾、酪農などの発展は進んでいない。それは、熱心でもないと言えた。




 コ・ジエは、王領の交流会に父コヴ・ヘスの名代として参加する事になった。

 それは、自身で望んだことであり、それを受け、コヴ・ヘスが許したことである。

 後見としてエスタのコヴ・ラドが付き、その馬車に同伴し、交流会の行われる王族の屋敷へと向かう。


 この重要な役目をやり遂げねばならぬ。

 馬車の中、コ・ジエの腕の中には、件の大皿があった。


 商業立国であり、大商人の側面も持つサザウ国の領主一族にとっては、荷、即ち商品の価値は幼少より厳しく教え込まれるものである。

 荷の価値を損ない、得られるべき商益を損なう事。

 それは一介の商人と同様、忌むべきものとし、その益の収受により強い関係を育てる事を、一角の商人同様に尊ぶ。


 コ・ジエの中にあるのは、この大皿を送り出し、また以後、数多の陶器を送り出すであろうポッコ村の信頼を確かに勝ち取ることである。

 同時にそれは、自身の商人としての才、領主一族としての資質を磨くために避けて通れぬ事だと自らに厳しく課していた。


『あまり期待はしていませんよ。いつもより蓄えの少ない冬になる覚悟はして貰っています。』


 トウコの言葉が耳に残り離れない。

 それは自身の商人としての才を否定された、信用を得ていないその最も足ることに思えてならなかった。


 トウコは少なくとも、こうして見事な陶器を送り出し、それが父の信頼を得ている。

 そしてその陶器は父の頬を緩ませ、父の盟友たるコヴ・ラドにも認められている。


 トウコとの信用関係はこちら側からの一方のみであるかのように感じた。

 そこにどこか、焦りを感じていた。


 何よりもその自身の審美眼への絶対の自信。

 この大皿、ポッコ村の陶器は、後々まで確かな商益を得られるという確信があった。

 それを安値踏みする事は、五年、十年というディル領の長期の商益を見ても、失うものが大きいと思いを強くしていた。


 これらの感情が複雑に絡み合い、コ・ジエの表情は自然と固くなり、足取りも強いものとなる。


 コヴ・ラドはそんなコ・ジエの若さを、微笑ましく見守っていた。

 まるで若い頃の友そのものを見ているような、そんな親近感さえ覚えていた。


 自分には男子が居ない。

 過去に幾度も親友が男子を持つこと、その成長を羨んだことがあったが、今日ほどそれを強く感じたことはなかった。


 同時に、幼い頃から知る彼を預かった身として、それを我が子の事のように喜んだ。

 娘のコ・ニアもまた領主一族として恥じない才を持つと心強く思い、また期待をしているが、こうして友人に強い憧れを持つ事を捨てきれない。

 今一時の、夢幻ゆめまぼろしの中に、友人の子ではなく我が子のように思ってしまう事がどうして恥じられようか。


 交流会の始まる刻に余裕を持って到着をする事が叶った一行は、その大皿が良い形で商材として話題に登るよう取り計らう。


 即ち、交流会の料理に器として使って貰う段取りを講じた。


 上手く運べば、多くの貴族の目に留まる。

 その中には値をつけて自らのものとして買い入れようとする声も必ずある筈だ。


 販路を開拓する。父やコヴ・ラドは陶器を「器」としての価値を与えたが、その「器としての見事さ」には価値を見出して居ないように、コ・ジエには思えた。

 他領には、王領の貴族には、或いは王族には、それがあるかもしれない。

 そう目論み、そうあることを願った。


 時刻が進み、馬車が到着し、会場は賑わっていく。

 その中を、コ・ジエは料理の盛られた皿の到着を願い、コヴ・ラドはそんなコ・ジエの熱意を見守った。


「おおっ、、、」

 会場でにわかに声が上がる。

 件の大皿に、煮込まれた大魚が盛られ、場に現れる。

 料理もさる事ながら他の器と一線をかくす「器を含めた光景」が目を引いていた。


「見事な魚、見事な調理、見事な器。これは素晴らしい。」

 はっきりとした論評が耳に届く。

 コ・ジエの頬がここに至り緩み、目頭に薄く涙が浮かぶ。

 コヴ・ラドはその肩に手を置き、そっと叩く。


「行って話してくるといい。但し、ひんたもち、欲は見せないように。腕の見せ所だぞ。」


 コ・ジエは強く頷き、歩み出る。あの声を上げたのは一体誰だろうか。

 期待と、緊張を胸に、一歩一歩、皿へと足を伸ばす。


 誰かが皿との間を横切る。若い給仕であろうか。

 酒の注がれた水瓶みずがめを片手に、参加者に注いで回っている様に見えた。


 不意にゴトリ、と音がする。誰かが何かにぶつかったのであろうか。

 給仕がコ・ジエの視界を塞ぎ、その向こう側を確認できない間に、続けて音が響き渡る。


 甲高い音。

 その音に、瞬く間に記憶の糸が絡み、音の正体が引き寄せられる。


 コ・ジエの足は、そこで止まった。

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