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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
群雄割拠の舞台
198/247

来訪者 異邦人に求めるもの

「って、言われてもな。大体、俺はまだアンタを、ニアだと認めたわけじゃないんだぜ。」

 異邦人の男が、困ったようにその赤い髪を掻き上げる。


 男は案内されて訪れたその場を見渡す。そこがこの国の貴族らしい誰かの屋敷だという事は察していた。


 室内手前に、紙の束を積まれた机。そこには黒髪黒目の、目を引く顔立ちの女性が座っている。

 その横に、くすんだ黄髪の青年。机の女性の傍に控えている所から、侍従か臣下、女性の方が主だと理解が及ぶ。

 窓辺に、顔にシワを蓄え、少し前屈みに自分たちを見ている年配の女性が立っている。


 男は側に立つ、流暢に異国語を話す、知り合いを自称する女性を見る。


「ニアさん、その方たちは?」

 屋敷の主らしき女性の声が、自分たちに理解できる言葉を発するのを聞き、男はそちらに目を向ける。


「サウ、あっ、ミリィ。」

「別にいいわよ、コージィ。」

 連れ合いが、じっとその主を見入っている。それは恐らく、ここに案内されてからずっとだろう。

 男は、そこでのやり取りを静観することを決め込むと、目を閉じて腕を組み、溜め息を吐く。


「彼女はここの主、コウチ・トウコ。その側に控えてるのがコ・ジエ。この国の四領の一つ、ディルの領主と副領主と言った所です。窓際に居るのが、ブエラ・セッタ。同じく四領の一つ、セッタ領の元領主。この場は、非公式ではありますけど、国政を左右する方々が介する場所です。」

 コ・ニアの言葉に、即座に、幢子はコ・ジエとブエラの反応を見る。

 そして、異邦人の二人の視線が自分に向けられている事に、幢子は気づく。


「あんた、転移者だな。見た所、アジア系、名前からすれば日本人か。」

 互いの視線が交錯しているのを理解した男が声を発する。その意味を正確に理解できている幢子は無言に頷く。


「私は河内幢子。この国、サザウ国で今は、一地方の領主をしています。言葉、わかりますよね?」

 幢子は席を立ち、三人に向かって向き直る。


「転移者の恩恵を理解してるのか。誰に教えられた?東の連中か?」

 男の質問に対して、幢子は首を降る。


「少し回りくどい言い方をします。転移者の恩恵を理解しているのか、と言われましたが、転移者の恩恵というのがどういうものかは、私にはよく分かりません。ただ、相手の言葉を理解し、相手に言葉を理解させる、そういった何かが、私に与えられている事は理解しています。」

 幢子はそう述べると、コ・ジエとブエラに対して目を向ける。


「ジエさん、ブエラさん、お二人への詳しい説明は後にさせてください。ニアさん、その方たちは?」

 ニアの返答がまだである、と改めて幢子は強調し、その言葉を待つ。


「こちらの二人は、私の友人。サウザンドと、コージィ、でよかったですか。古い知り合いで、先刻、このトウドにお越しになり、訳あってこちらへお連れしました。」

 幢子は周囲を注意深く周囲を見回す。そして、ニアの口から発せられたものが、この国の言葉なのであると察する。


「ニアさんが、通訳できるのね?それなら、そういう前提で話をさせてください。」

 幢子がコ・ニアにそう告げると、彼女はそれを理解したかのように目を細め首を縦に振った。




「お二人は、大型の外洋船でここへやってきました。航海の途中で、不慮の事故で食料庫の穀物が燃え、多くの水を失い、残された僅かな物で、補給を求めてここへいらっしゃっています。」


「東方のバルドー国で補給を求めたそうですが、食料を求めようにも、それを断られたそうです。バルドー国では物資が高騰していた事、十分な対価となる物が失われ、持っていなかった事。そのため、帰路の航海の最中に、何らかの手段でその補充が行える望みにかけて、そこを出港されたそうで。五十名近い船員が帰国できるだろう十分な長期保存可能な食料と水、補修用の木材などを求めていらっしゃいます。」


「バルドー国の物資高騰、先程の話を裏付ける材料になりますね。」

 コ・ジエの反応と、それに頷くブエラを確認し、幢子は安堵し、頷く。


「ここに、ニアさんが、彼らを連れてきた理由は?物資なら、エスタ領の裁量でも用意できるでしょう?」

 幢子は、率直な感想を答える。その問いに対して、コ・ニアは頬を緩め笑顔を浮かべたまま答える。


「一つは、エスタ領の余剰豆は、その多くがディル領との交渉で抑えられている点。残されているものは、もしもの備えとなっています。また、彼らが十分な対価となるものを持っていない点。青銅貨は勿論の事、銀貨、金貨と言った物もなく、物々交換となる物では十分な量を確保できない。それを私個人の感情で持ち出し、無償取引をしては、領主拝命を前にしたこの時期に不和になる事を鑑みてです。」


 幢子は、頭を抱える。確かに、木酢液の拠出だけでなく鉄器農具、街道を切り開くための伐採斧などを、豆と対価で決済した約定紙面の事を思い出す。慌てて、概算を手仕草で数え、改めて納得する。


「うん。領主として軽率な質問だった。ごめんなさい、ニアさん。忘れてください。」

 隣で目を細め睨んでいるコ・ジエ、窓際で同じようにしているブエラの視線に、幢子は萎縮し、苦笑いを浮かべて頬を掻く。


 幢子はふと、その横目に、そこで立つ異邦人の一人が、自分の事をじっと見続けているのに目が及ぶ。


「ああ、ごめんなさい。こっちも今取り込んでいて。直ぐには検討できないんです。」

 萎縮をそのままに、幢子は二人に向かって答える。


「いや、話を聞こうじゃないか。」

 ブエラはその幢子を遮るように言葉を発する。言葉を止めた幢子は、顔を向ける。


「ニア、その二人が一体何をしてくれると言うんだい。その返答次第では、私が交渉仕様ではないか。お前たちは、ユカが無事に帰ってきてくれるために何をしてくれる?」

 そう切り出したブエラを見て、コ・ニアはその微笑みを絶やさぬまま、頷いた。

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