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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
群雄割拠の舞台
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来訪者 それぞれの予想外

 コ・ジエに伴われ使者の一党はディル領を進んでいく。


 サト川を越え初めての港街へ足を運んだ際、それまでとの違いに、使者の馬の口輪が引かれる。


「ほう、川の向こうは人が残っているのだな。」

 そうして歩いている中で、使者たちはそれまで見受けられなかった、赤い煉瓦の建築物が目に留まる。

 そのいくつかの前で、馬の口輪が引かれ、足が止まる。


「どうか、なさいましたか?」

 やや先行したコ・ジエが、足の止まった使者の側へと戻り、声をかける。


「この様な赤い煉瓦の建築物がディル領に或るという話は聴いていなかったのでな。たまたま目に止まっただけだ。」

 武官がそう答えると、馬は再び歩き始める。その後を政官の馬が名残惜しそうに歩きだす。


「我が領には先の地震の際に相応の被害が出ました。その復興で、この赤の煉瓦を主に用いた事が要因でしょう。皆よく励んでおり、ようやくここまでと言った具合です。」


 沿岸の交易道を進めば、そうした港街や漁村に遭遇していく。

 どの場所にも、一様に、その赤い煉瓦の建物が散見される。そして、無人であったそれまでの道のりと異なり人が行き交っている。その光景は、使者たちの口数を減らしていく。


 そして、使者の一党を追い抜いて進んでいく荷車を引く独立商人や、背負カバンのそれとすれ違う事も徐々に増えていく。



「間もなく、王領との境です。」

 そう、コ・ジエが述べて、それからは会話も少なく、一行は進んでいく。

 交易道を行く商人たちは徐々に増えていく。それらは物々しい雰囲気の使者の一党を避けるようにすれ違っていくが、足を止めてそれを眺めるような事はなかった。


 コ・ジエが口元を僅かに緩める。

 それは幢子が無事王都へと辿り着き、使者の一党の存在を既に知らしめたからであろうと考えていた。



 もう間もなくの王都トウド、と言った頃。

 先を行った背負いカバンを担いだ独立商人や、荷車の商人が、一向の前に背中を向けている。


「どうやら入都検問の最後尾のようですね。」

 コ・ジエが歩いていくと、その大分後方で、使者の馬が口輪を引いて止まっていた。


「どうなさったのでしょう。」

 その足元へと駆けつけ、コ・ジエが声を掛けると、武官が口を閉ざして、それを見ている。


「入都検問の列が、何か?」

「この国では、疫病は起こっていないのか?」

 政官がコ・ジエの問いに間髪を入れず、それを聞き返す。


「疫病といいますと?」

「疫病は疫病だ。それ以外無い。」

 政官が答える前に、武官がそれを発する。コ・ジエはそれを聞くなり、思案する。


「その様な話は聞いておりません。参りましょう。」

 コ・ジエは踵を返し、王都門へと向かう。その姿を暫し眺め、恐る恐る使者の馬は歩き始める。




 その日の朝、王都トウドではちょっとした騒ぎが起こっていた。


 海の向こうに豆の一粒の様に浮かび上がったそれが、徐々に王都へと向かうに従って大きくなっていく。

 それは久方ぶりの遠方の国家の大型船の来航だった。


 一隻でやってきたその船は、マストの帆に大きな紋章が描かれ、大きく張ったその横帆が、船が風を捉え、速度が出ているという証であった。それは船員の優秀さと、船の性能が高く状態が良好であることを指している。


 港の先導員たちは久々の大仕事に張り切って飛び出すと、埠頭の一角へその家事を誘導する。

 まず太い綱が降ろされ、石柱にもやい結びでそれが結び付けられると、船から重い鉄の塊が降ろされる。


 船に三本立てられていた太いマストの上で、帆は既に畳まれてあり、船はその巨体を静かに波に揺らされているのみだった。


「喫水と水底の深さが心配だったが、何とか無事接岸できたな。まぁ、問題はこっからだが。」

 桟橋に蛇腹のようなタラップが甲板から送り出される。それを降ろした男たちは、その足回りを確かめる。


「船員はここに残しておいた方がいい。ぞろぞろと連れて行っても、もしもの時、守れない。」

「わぁってるよ。俺とお前さんで行けばいいだろう。問題はまともに交渉できるかどうかだ。」


 一人の男が、降ろされたタラップを伝って船から降りる。その危なげなさを確認して、指示を終えたもう一人が、タラップに足をかける。降り立った桟橋の上で、男が手を振ってそれを待っていた。


 二人が無事そこに降り立つと、タラップが引き上げられ、甲板の上から船員たちが二人に手を振っている。それに答えるように二人は振り返り、手を振り返す。


 二人が石柱に取り付けられていたもやい綱を解くと、降ろされた錨と綱が掛け声とともに引き上げられ、静かに船が動き出す。


 それを見届ける二人に、桟橋の上を近づいてくる音が耳に入ってくる。


 音に振り返れば、銀色の髪と白いラフドレスを冷たい潮風にはためかせ、一人の女性が立っている。


「悪い。俺達はこの辺りの言葉が判らないし、喋れないんだ。急いで通訳できそうな人をって、言っても分からねぇか。」

 やってきては、しきりに話しかけてきている、女性に困ったように男が答える。もう一人は、その女性を静かに、何かを確かめるように、じっと見ている。


「私、言葉、わかりますか?」

 男に答えるように、彼らの耳に分かる言葉が、その口から漏れる。


「お、そうそう、その言葉だ。通訳できるのか、お嬢ちゃん?」

 男の問いに、女性は静かにしっかりと頷いて、その瞳に涙を溜める。


「私は、待っていた。あなたは、コージ。あなたは、サウザンド。私は、ニア。」

 その言葉に、二人は声を失う。ニアの目から大粒の涙が次々とこぼれ落ちる。


「私は、ニア。貴方達の、古い、古い友達。」


「覚えて、いますか?」

 ニアはその目から次々と溢れる涙を、その白い手の甲で拭い払う。

 そうして、サウザンドと呼ばれた女性の身体をしっかりと抱きしめた。

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