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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
群雄割拠の舞台
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潜入 駆け抜けろ

「行くっすよ。暫く走るっす。」

 衛士の合図を受けて、由佳が荷車のハンドルを握り駆け出す。その横を、槍を荷台に任せ身軽な格好へと切り替えたリオルが並走する。



 冬季ともなると、時間帯や場所によって、沿岸である交易道は南の海からそれなりの吹込み風がある。

 その風を横腹に受け、それを支えにするように荷車と身体を、由佳は滑らせていく。


 リオルにとって度々、顔を見て、それなりの交流を持つ機会があった由佳ではあったが、こうして実際に荷車を転がして、前に進む事のみに専念をしたその足運びを見た事は、今までなかった。


 由佳は滑走の詩魔法付与を受けているわけではない。にも関わらず荷車の重心の変化を手繰って、足を進めるその姿は、荷車という枷を持っていない長距離疾走とさほど違いが感じられずに居た。


 健脚。よく身体を養い、鍛えた者に与えられるそれを、由佳のそれから間接的に感じていく。



「とりあえず、見かけないっすね。バルドー国の兵士。」

 陽が沈み始め、街道沿いの漁村の一つに足を止めた由佳は、筒状の物を覗き込んでいた。


「あ、これっすか。」

 由佳は自分を伺うリオルに、その筒を渡す。


「小さい穴を覗き込んで、大きい穴の方を見たい方向に向ける。遠視の詩魔法付与を使わなくても遠くが見れる、望遠鏡って小道具っす。そんなに倍率ないけど、セッタ領で最近試作してた物の一つっすね。」

 筒を覗き込んだリオルは、直ぐに目を離し、まぶたの上から瞳を揉む。


「慣れないと目に来るっす。詩魔法の遠視に慣れてると、目が拒否反応示すって、領主あにでしがボヤいてたっすね。なんでも、リゼウ国の視察で京極さんから話を聴いて、作ったらしいっすね。」

 由佳はリオルから返された望遠鏡を再び覗き込む。朱色に染まりつつ或る村やその周囲に二人以外の物陰は見当たらなかった。


「このあたりの村も、だいぶ前に歩いたっすね。バルドーからサザウに来る途中で、色んな村を立ち寄って、色んな人に会ったっす。こうやって、建物だけしかないと、やっぱり寂しいっすね。」

 そういって、望遠鏡を覗き込むのを止めると、それをポシェットに戻し、荷車の中に手を伸ばす。


「足元が悪いと流石に進みにくいっす。変に動いて身体を痛めるのも嫌なので、今日はこの村で夜を明かしましょう。日の出の頃を見計らって出発っす。」

 荷台の幾つかの大袋の中から、小分けにされた袋を一つ引っ張り出す。


「二の豆っす。良く干した後、空鍋で炒って、海水の藻塩をまぶしてあるっす。そのままかじれるから、焚き火で調理しなくていいっす。井戸水を汲んで、白湯を今夜飲む分と、水筒の補充分だけ作って、朝まで冷ましておくっす。夜風は、どこか家を拝借して凌ぎましょう。」



 リオルは由佳と並走し、幾つかの事に気づいていく。


 由佳は悪路や、悪天候に関する鼻が良く利き、それらに対応する判断が早い。

 荷を預かる、荷車を引くといった重責から自然と培われたものだろうと、その理解が進んだ。


 由佳は休息と活動の切り替えをハッキリさせている。

 走れる時はその健脚を取り回し長く走る。そろそろ走る速度が維持できない、そういう見極めをすると、場所を見つけ、歩かずに座り込む。

 平坦な場所、建物に背を預けられる場所、或いは木陰。座り込む場所もさっと周囲を見渡してから、砂利や小石のない場所を選び、座り込んで必ず自分の身体を手で触れて、揉み、確認していく。

 足には木靴ではなく、豆の茎藁を厚めに編んだ草履を使っている。そういった物の予備が、腰回りに備えられている。


 由佳は、想定外への備えをよく練っている。

 足の裏にヒビを見つければ、そこへ絞って固めた、豆の白い油を塗り込んでいる。

 雨が降り出せば、霧雨であれば、背負った小型のカバンの頭に結び付けられた笠を、解いて被る。


 衛士が隊行動をする際に、そうした判断を下すのは経験を積んだ隊長の役割であるが、その責任を背負っているリオルから見ても、由佳の知見や仕草は、豊富な経験と教訓が裏打ちされている様に見えた。



「報告、よろしく頼む。」

 その行程で、既に三度目となる偵察係の衛士との接触と情報交換を終えて、リオルはその場に立っている由佳を見る。


「黒髪黒目って奴は、どんな教育を受けてるものかね。」

 脳裏に、先の戦場で見かけたリゼウ国の、農相を自称する男を思い浮かべる。僅かに視界の端に収めたその挙動は、例え衛士長や自分であったとしても、敵として会いたくない、その筆頭に躍り出ていた。


 目の前のホソカワ・ユカもまた、その様な教育と訓練を受けているのではないだろうか。


 ただ、それを尋ねても、否定されるだろう事が脳裏に浮かび上がる。

 或いは、そういった立ち居振る舞いとは無縁ではある、もう一人の黒髪黒目の姿を思い浮かべる。


「教育とは別の、得手不得手の部類、ではあるのかもしれんな。」

 肩に張ったような、深いため息を吐き出し、リオルはそう口にして顔を緩める。


「この先の関所には、やはりそれなりの数の兵士が滞在しているそうだ。コ・ジエ殿の提案を使って、森林部から国境を超える方がいいだろう。」

 由佳はリオルに声をかけられて振り返る。頬に含んだ豆を、慌てて噛み砕いて飲み込む。


「了解っす。じゃあ、シギザの領館ってのを見に行くっすか。」

 ハンドルを掴み、由佳が荷車を転がし始めるのをみて、リオルも身体を確かめる。


「飴玉、ほしいっすね。はちみつドロップとか、エスタ領で作って売ってくれないっすかねぇ。」

 走り始めにそう呟いた由佳の言葉を、理解できないながらも騒動の種になると感じ、リオルは我関せず、ただ聞き流す事にした。

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