王都の変貌
戦争の口火以来、離れていた王都へとやってきた幢子を待っていたのは、この世界で初めて見る喧騒であった。
幢子にとって、今まで訪れてきた王都トウドは静寂としたものであった。
初めて訪れたその時は、王の崩御に依る喪と、伝染病騒動の最中。
続く二度目であった自らの領主拝命の際には、まだ明けぬ悲しみと戦争に依る交易路の不通。
しかし、城門を前に入都を待つ列ができ、背負いカバンを担いだ荷運びらしき姿と何度も行き交う。
領主の名と、随伴する衛士によって、敬われる形でそこへ闊歩で踏み入れた幢子を待っていたのは、活気と言って差し支えのないものだった。
「トウコ様。立ち止まられては危険です。お手をお預けください。」
衛士の一人が恭しくエスコートを申し出る。その改まった姿に幢子の頬は思わず緩む。
周りの衛士たちもまた、コ・ジエが居ない事を幸いと、身を挺す彼の姿に声を出して笑う。
「じゃあ、少しお願いしようかな。」
幢子がその手に自らの手を重ねると、衛士は身を起こし、先に立って静かに歩き出す。
「或るべき活気がやや戻ってきた、と言えるかも知れません。往年の姿ならば、入都門の列は半日を費やし、門を潜ったその通りは、人が走れぬ、歩くのが侭ならぬ様な行き交いがあるのです。」
衛士に誘われ進むその姿を、行き交う人が思わず足を止め眺め、或いは思い出した様に再び歩き出す。そんな何気ない光景を見て、幢子は口元まで緩む。
「由佳ちゃんたちが頑張ってくれてたからなんだろうね。食べ物や生活用品の露天がたくさん出ているね。物々交換を重ねてきたから、青銅貨なんてまともに使ってるの見たの初めてかも。」
幢子の目に映る街並みには、切石を積んだ古めかしい建物に混じって、赤い煉瓦のそれがいくつも目に留まる。
「目を奪われるままに足を止めないように、コヴ・トウコ。まずは滞在屋敷へ一度赴かれて、それから改めて、散策される時間を検討されては如何でしょう。」
その物言いに、ついに周りの衛士達は声を上げて笑い出す。
それに釣られて幢子も、一度は我慢した笑いを吹き出した。
「うん、そうだね。そうしよう。由佳ちゃんに頼んでおいたアトリエも早く見たいし、こっちにきてる大工の皆にも、ちゃんとお礼を言いたいしね。」
そう言って、幢子の手が自分の手から離れて、足早に進んでいく。
立ち止まり、その後ろ姿を見ながら、彼はその手に僅かに残った感触を名残惜しむ。
同僚たちは、その肩を叩いてまた笑い、そして見失わないように幢子の背を追って小走りに走り出した。
滞在屋敷の小さな庭では、数人の男と二人の少年が座り込んで話し込んでいた。
幢子と衛士たちが門の前に立ったのを、その内の誰かが気づき、慌ててその全員が幢子の前へと走り出す。
「皆、今日はここに居たんだね。お疲れ様。お仕事ありがとうね。」
幢子が門を開けながら、そう言うと全員が顔を見合わせる。
「トウコ様。ユカさんが居なくなったんだ。まだ話を聴いてないの?」
村からの派遣の責任者としてその場を任された少年が、それを伝えると幢子の表情と動作が固まる。
「ハヤテの副商会長が、書き置きを見つけたんだって。それでハヤテは大騒ぎになったんだ。今日からオレたち、次の建設現場にいく予定だったんだけど、それも一旦見合わせになって、待機って話になってて。日雇いの荷車だけは出てるけど、セッタのお屋敷は大事になってるって。」
幢子は側の衛士に顔を向ける。彼らは顔を見合わせて、内の二人が別れて駆けていく。
「もうちょっと詳しい話を聞きたいけど、まずは着替えなきゃ、かな。」
顔を上げて、身なりを整え、頑なな面持ちで自分たちの下へ向かってくる家令をみて、幢子はやや目を反らした。
「まぁ、由佳ちゃんならそういう事もある、かな。」
戻ってきた衛士が、ブエラ老も引き連れて来た事を認めると、勇んだ足を再び逆戻りさせて、応接間で座り、空笑いをしながら幢子は睨まれる役となった。
「バルドー国へ行ってくるとだけ、書かれていたのでは足取りも何も無い。その足取りの捜索を願う便りを出そうとした矢先に、その宛先が王都にやって来たと聴いたのでは、その目論見も途絶えたわ。」
ブエラが咳払いをし、前に陣取っている事で、幢子は逃げることも出来ずそれに萎縮する。
「ジエさんが遅れて来る予定なので、鉢合わせしているかも知れません。ただ、ちょっと厄介なことになってて。」
幢子の言い淀みに、再びブエラが咳払いをし、その顔を睨む。
「街道に、バルドー国の一党が、兵士を引き連れてコチラに向かってきてます。ジエさんがそちらに接触して、その結果次第を、王都に運んでくる予定です。」
幢子は萎縮して椅子に収まったまま、目を閉じて、顔を背けながらそれを伝える。
「でも、まぁ、由加ちゃんの目と足なら、逃げ切れてるかも。あ、方位板と方位磁石も渡してあるので、北部の森林地帯の中を進んでいる可能性も。」
そこまで述べて、深い森の脅威である熊や狼について思い浮かべ、幢子は頭に手を当てる。
「よぉ。ここに揃ってるって、セッタの屋敷で聞いて来たぞ。」
家令に誘われて、もう一人の黒髪黒目がその場に現れたのは、正にそんな時であった。




