道を逆に進むもの
スラールが冬季に入って直ぐ。サザウ国を進むその一党が衛士の警戒網に観測される。
数名のバルドー国の兵士、武官、政官。
それは進軍と呼ぶにはあまりにも小規模であったため、ポッコ村に居を置く衛士隊の連絡地を経由し、その知らせは幢子たちディル領の面々に知らされる。
偵察は続けられ、提示報告には、進行速度は遅いものの、数日を経過しても、交易道を進んでいるとの知らせは続けられていく。
「私が行って確かめてまいります。」
教会に戻ってきて直ぐの所、その知らせを受け、コ・ジエが名乗りを上げて、その場で幢子が頷く。
「じゃあ、私達もこのまま一緒に出て、王都側に向かうよ。そうすれば、報告は王都に向かう知らせだけでいいからね。」
王都での交流と、王領貴族、関係各所との意思疎通は必要であると連日、それをコ・ジエに求められ、村の問題が一定の進展を見せるまで、先延ばしにしていたその出立を、幢子は決心する。
「じゃあ、エルカ。村をお願いね。リオル隊長はジエさんをお願いします。」
その日、教会の前でそれぞれは挨拶を交わし、別々の方向へと向かっていくことになる。
ポッコ村の城壁を東側へと出たコ・ジエと、衛士の面々は、順調に行けば翌々日には、進んで来るその一党と遭遇できるという見込みであった。
「ん?」
コ・ジエたちが沿岸の交易輸送道に乗り上げた時、王都側から一台の荷車が走ってくるのが見えた。
その荷車は、コ・ジエたちを視認すると足早にそれに合流をする。
「ジエさんっすね。どうしたんすか?」
「ユカ殿こそ。ポッコ村に向かうのではなく、どうしてこちら側に。」
コ・ジエが由佳の荷車に目をやると、乾き豆の詰まった草布袋が幾つも載せられていた。
「ちょっとバルドー国の方にっすね。国境をこっそり抜けて、鉱山に行こうと。」
「危険です。今こちらに、どうやらバルドー国から武官と政官が向かっているらしいのです。」
由佳の返答に対し、コ・ジエは間を置かずそれを遮る。
「どうしても行かなきゃいけないっす。ジエさんも聴いたっすよね、逃げてきた人たちから、バルドー国の内情の報告。」
「銅鉱山の人たちには商人になる前に世話になったっす。情報を聞いた限り、鉱山にどれだけ人が残っているかわからない。世話になった人たちも居なくなってるかも知れないっす。でも、助けに行って、こっちに引っ張ってきたい。うちで面倒を見て、こっちの鉱山で仕事をしてもらって、少しでも生きていて欲しいっす。」
そう言って、由佳は荷車のハンドルを握り、足を踏み出す。
その前に、コ・ジエが身を乗り出してそれを遮る。
「交易道は危険です。もうこの先で直ぐに、バルドー国の一党と遭遇するかも知れません。で、あれば、ユカ殿は一度何処かに隠れ、それをやり過ごすべきです。」
コ・ジエは周囲を見回す。少なくともその視界の範囲に、そういった影が見受けられないことを確認する。
「それにシギザ領の境には、今誰もいませんが、深く行ったバルドーとの国境周辺は、どうなっているか分かりません。一人は危険です。」
そういって、コ・ジエは随伴する衛士たちを見る。その視線を感じ、リオルは頭をかく。
「シギザ領に偵察に出てる衛士が、居ないわけじゃねぇ。上手く合流できれば、そいつを同伴させてもいいが、結局は俺に裁量を求めるために戻ってくる事になるか。」
そういって、リオルは溜め息を吐く。
「俺は、コヴ・トウコにあんたの護衛を頼まれてる。それを破っちまう事になる。あんまり気が進む話じゃないが、ついて行けって話になるんだろ?」
「ユカ殿は、現在、独立交易商組合の重要人物であると同時に、ブエラ・セッタの側近とも言える方です。更には、トウコ殿ご自身とも縁が深い同郷人。戻られるまで、裁量権を一時的に預かる形になりますが、私とブエラ老が、頭を下げて、衛士長とトウコ殿に怒られますよ。頼めますか?」
その言葉に、リオルは口元を歪めて頷くと、列を離れる。
「国境の警戒が厳しいようであれば、スラール旧街道へ一度乗り入れてから進むのも良いかも知れません。紙と鉛筆はありますか、ユカ殿。」
コ・ジエに問われ、由佳は腰の草布ポシェットから、鉛筆と折り畳まれた紙を取り出す。
「ハッキリとした地図の記憶があるわけではないですが、シギザ側の国境の関所の一つ前の港町から北の領館に向けての道が伸びているはずです。そこから領館の脇を抜けて、更に森林部の開拓村側に進んでいけば、どこかの村から旧街道へ乗り入れができるかも知れません。方向感覚を見失わないように注意が必要ですが。」
コ・ジエが紙に記す、大まかな地図を由佳とリオルが覗き込む。
「一応、方位板と磁石があるっすよ。幢子さんが一つ確保してくれたやつっす。」
そういって、由佳はポシェットから、板と手の平ほどの幅の金属を取り出す。
「だいぶ大きいっすけどね。でも何回か試したら、何となく北の方は分かったっす。」
板の上を置かれたレンゲ状のそれは、由佳の手によって支点を中心にくるくると回る。何度回されても似たような位置を指して制止する。
確かに幢子の手元に見た覚えがあるようなそれを、コ・ジエは目元を抑えながらため息を伴って見つめる。
「もう時間がそれほどないかも知れません。私が来た少し後方に、以前、立ち寄った東屋があります。覚えていますか?」
「あっ、副商会長を助けに向かってた時に、荷車を見つけた場所っすね!」
由佳の張り上げた声に口を歪ませながら、コ・ジエは頷く。
「一党と合流をした際に、衛士を一人、そちらへ使いに向かわせます。それまでそこに潜んでお待ち下さい。そこから見計らって、バルドー側へと向かうと良いでしょう。リオル隊長、頼みます。」




