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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
群雄割拠の舞台
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知識の種

 子供たちが走っている。それを双方の親は川の側で見守っていた。


 彼らは食べる事や寝る事、暖を取ることの大事さをそうして教わった。

 そして、エルカのオカリナの効果も、決して迫られる事なく、穏やかに知っていった。


 村の小さい子供たちに、走るので負けた青年と少女は、膝に両手を当てて、肩を上下に呼吸している。

 そんな競争が、もう何日も続いていた。


「明日、家族で陶器焼きの窯を見に来ないか?」

 男がそういうと、川に釣り糸を垂らしながら、彼は静かに頷いたように見えた。



 翌朝、連れられた村の中で、彼らは歩いていた幢子とすれ違う。


 互いに挨拶をするでもなく、ただすれ違う。

 彼にとっては、幢子は兄のかたきであった。その気持ちは今も変わっていない。


 兄が徴兵され、旅立つ前のその顔を思い浮かべる。


 彼らが住んでいた漁村で、夕日の中、徴兵された者達の見送りがされた。

 兵士になる者達は、必ず帰ると家族縁者に伝えて、手を振られるのを背に、国境へと向かっていった。


 その兄が、兄の背中が、今生の別れになると、思ってすら居なかった。

 その仇が、自分の直ぐ側をすれ違う。そこに思う所がないわけではなかった。


 だが同時に、この村の者達にとって、幢子が、どういう存在なのかも、口にされないながらも薄っすらと感じ始めていた。


 自分の知りもしなかったような事、気づかずに感じてこなかった事を、自身の目耳や、息子や娘、妻の姿を通して教えられ、知っていく。

 その中で、村人たちが、時折、言葉に詰まり、言い淀む。

 それが、自分たちを気遣ってのことであると、彼は気づいていた。


 案内されるその道をふと立ち止まり、彼は振り返る。

 そこで、この領の領主だと名乗った彼女は、立ち止まって、自分たちの方を見ていた。


 しかし、自分が振り返ったのを目に留めると、慌てて身を翻して、背を向けた。


 彼らに毎日振る舞われる水炊きの豆は、何処から運ばれてくるのか。

 彼らに焼き物を教えてくれる、或いは暖を取るための、その際の薪は、何処から持ってくるのか。


 この村に滞在し、あの妻の頬を張った時の様に、村の中を歩き回っているだろうその姿が、それを知らない訳が無い。


 そう気づいてはいても、彼は、それを認めることは出来ないでいた。



 促されるように、陶器の焼き窯に彼ら家族が訪れると、丁度窯の中から、そこで働く村人が焼き物を運び出す所であった。

 そこから出てくる、黒い陶器に、彼は何処か見覚えがある気がした。


 数年前、交易路を往く独立商人が、荷車に陶器を抱え、バルドー国を回った事があった。

 貨幣でそれを売り歩き、それがあまりに高額で、手に取ることもはばかられた、そんな陶器。

 それが、同じ様に、深い赤が黒だと感じさせるような皿であったことを思い出す。


 それと同じものを、この村へ辿り着いて早々に、息子が割った事を、直ぐに思い出し、彼は、家族が焼き窯に訪れた事を出迎えた面々に、言葉にする事なく、静かに頭を下げた。


 その姿を見て、彼の息子もまた、頭を下げる。遅れて、妻と娘が頭を下げた。


「いいんだ。皿が割れることは良くある話なんだ。」

 そこへ案内した男が、彼の肩に手を当てて、頭を上げさせる。

 そして、今しがた窯から取り出され、近くにあった見事な皿を一枚手に取ると、それを宙で手放した。


「俺もほら、皿を割っちまった。でもまた、もっと良い皿を作ればいいんだ。」

 そうして、男は立ち上がってその場から離れた。

 彼は床に飛び散った破片を、一枚拾う。それを見て息子と娘も慌てて、破片を拾っていく。


「これは、俺が数日前に焼いた皿だ。見てみてくれ。」

 戻ってきた男は、手に持った皿を家族に見せる。


 彼の目には、触れるのを恐ろしいと思う程の見事な出来だった。

 それは暫く前に、河原で焼いた土器の皿とは比べ物にならない、男が作った本当の皿だと感じさせるのに十分であった。


「で、これは今日、窯から上がってきた皿だ。どうだ?違いが分かるか?」

 男は何枚もある、そういった皿を一枚取り上げる。


 男に差し出された二枚の皿を、彼らは真剣に見比べる。どちらも変わりがないように見えた。

 じっと見比べて、彼の息子が、どちらも凄い皿だと口にした。


「良く見ろ。手で触ってみろ。本当に同じか、どっちが良いかわからないか?」

 そういって、彼らにその皿を触らせてみせる。家族は怯えながらも、手に触れて、それを確かめていく。


 その光景を、彼らを見守る窯の仲間たちは、口元を緩め、目を細めて静かに見守った。

 それは今まで、この窯の主が、そうやって何度も行ってきた光景であった。


 そしてその最も古い話が、この窯の主、それ自身に対して行われたものだと、知っていたからであった。




 陶器の割れる音を聞きつけて、教会から飛び出したコ・ジエは、少し離れた所からその光景を見ていた。


「知識は、木の実って話があるんだ。知恵の実って言ってね。それを食べると、人は賢くもなるし、恥ずかしさを感じたり、悪い事を考えたりもする。」

 その光景を立ち止まって見つめるコ・ジエに、歩いて近寄ってきた幢子が話しかける。


「そして知恵は人に根付いて、やがて大きな木になるんだよ。その木は綺麗で美味しい実を沢山つける。それを、また別の誰かがもぎ取って、口に運ぶ。そうやって知識は広がっていく。」


「実はそれは、知恵の実の話じゃなくて、知識の種なんだって、そういうお話。」

 幢子はそう、付け加えると、コ・ジエが背にする教会の扉を手で押す。



「誰かが根気強く説明をするんじゃなくて、種だけ植えて、それで待つのが大事な事もあるんだよ、きっと。上手くいくかどうかは、無事育ってくれる奇跡が起こるかどうか、だけどね。」

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