荷の行方
サザウ国 エスタ領
ディル領から王領を挟み反対側、かつ、王領から一つ領を挟んで、隣国と接する、サザウ国五領のひとつ。
ディルとは異なり、既に内陸の開拓が少しずつ進行している。
ここ二十年で酪農が浸透し、畜産の他、畜産の原種として子羊の輸出、鶏卵の人工孵化、山羊の家畜化の研究などが行われている。
内陸の山岳部から、サト川同様の規模の河川が流れ、気候もほぼ変わらない。
湾岸の港には補給を求める沿岸貿易船と、陸路運輸の荷車が行きかい、国内外の出入りが行われている。
国境に控えた関所は、入国の審査のため王領直轄地域と成っており、そこへの補給や支援もエスタ領の役目である。
ディル領主コヴ・ヘス・ディルと、エスタ領主コヴ・ラド・エスタの交流は長い。
領主としての付き合いも当然ながら、その親の代からの数を重ねた接遇が、王領での就学を経てより親密に深まり、それを成熟させてきた。
コヴ・ヘスが自領の開拓村で新たな事業を起こすと聴いた時、コヴ・ラドはそこに手を差し伸べた。
潤沢とは言えない自領の畜産から畜産の原種を手配し、自然産卵・自然孵化をした鶏卵の雛も手配した。
同領での食料、材木の価格はほぼ同価であり、換金を経ず、現物での引き換えが行われた。
その日、コヴ・ヘスはコヴ・ラドを交流と銘打って館に招いていた。
これはコヴ・ヘスによる計画的な調整であり、その日までに届くであろう品を見込んでの仕込みであった。
コヴ・ラドの到着を直前に、館に荷車が到着をする。その荷は、件の陶器である。
コ・ジエは到着と荷の報告のため、足早に入館をする。
「ポッコ村より荷を運んでまいりました、父上。」
コヴ・ヘスは、身なりを整え父に対峙するコ・ジエを満足そうに頷く。
「直に、ラドがやってくる。お前も同席しなさい。」
そうして僅かな刻を置かず、馬車が館へとやってくる。
慌ただしく使用人たちが動き回り、コヴ・ヘスも息子ジエを伴い、出迎えのために席を立つ。
「よく来てくれた、ラド。登城を前にすまない。」
今まさに馬車の戸から降りてきた親友を前に、コヴ・ヘスに手を差し出す。
コヴ・ラドはその手を間髪と置かず、熱く握り返し、旧友の肩を抱き寄せる。
「盟友と会うのに、堅苦しい理由は要らんよ、ヘス。変わりないか?」
「成程、狼か。それは災難であったな、ヘス。そうか、畜産に被害が出たか。」
「その多くは討ち取ったと報告を受けているが、実態は分からん。ディルだけの事ではないかもしれん。警戒はした方が良いだろう。」
執務室での二人の歓談に、コ・ジエと、コヴ・ラドに伴ってきたもう一人がそこに随伴している。
コ・ジエが相手に目をやると、それに気づいた向こうもまた目を向け、微笑んだ。
「ニア嬢。どうぞお座りなさい。遠路お疲れだろう。今年成人だったか。大きくなった。」
「ありがとうございます。」
コヴ・ヘスの勧めを経て、父の頷きを経て、彼女、コ・ニアは長椅子に腰を掛ける。
「お前も座りなさい、ジエ。」
「で、本題はここからだろう?ヘス。深刻な顔で居て、同時に焦っては居ない。」
「分かるか、コヴ・ラド。まぁ、追って話そう。まずは見てもらいたいものがある。」
そうしてヘスは一度、席を立ち、解いたばかりの荷を取り出す。
その手にあるのは、ポッコ村より届いた陶器の一つだった。
「これは見事だな。どこから仕入れた?」
コヴ・ヘスからそれを受け取り、驚き、真顔になる。コヴ・ラドの目から見てもそれは上等な品だった。思わず、眼鏡を外し、裸眼で改めて観察をする。
「領内で焼いたのだ。売り物になるか?」
「何時、運んでくる?量は?」
聞き終わるを待たず、領主ではなく商人としての顔になるコヴ・ラドに、思わず頬を緩ませる。
「お前はいつもそれだな。それはまだ計算中だ。意欲と額次第だ。」
「そうか、もう額の話ができるのか。計画して産出ができるのだな?」
父の合図で、コ・ジエは次々と陶器を並べていく。
「こういう次第だ。売り物としてそちらに流したい。」
お互い、商人の顔となり話が弾む。
友人と話すとはいえ、その父の顔に余裕があるのを横目に、コ・ジエはそれを久方ぶりに見た気がした。
見計らって使用人が茶を持ちやってくる。
それをコヴ・ヘスが一口含み、友人にそれを勧める。
コヴ・ラドが喉に通し、コ・ニアへもそれを促す。
彼女が飲むのを待って、コ・ジエもまた口元を潤す。
そしてまた父たちの談笑が再開する。
額が決まっていく。要望が述べられる。
時折の鋭い目つき、言葉の間、父たちの手元で走書される数字や覚書。
そのどれもが、コ・ジエにとっての一喜一憂であり、時折それをコヴ・ラドが見て笑い、その笑いを見てコヴ・ヘスも同じ様に笑った。釣られて、コ・ニアも笑っている。
しばしの歓談の後、コヴ・ラドが席を立ち、使用人に案内され客室へと向かう。
落ち着きのないひとときを終え、コ・ジエは父に言った。
「額が、安すぎます。」
「それが、あの大皿を出さなかった理由か?」
コヴ・ヘスは間を置かず表情を固くしたまま、まるで無感情な様に、そう言い放った。




