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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
群雄割拠の舞台
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男二人の世間話

「私の妹弟子いもうとというのは、人誑ひとたらしなのか?」

 セッタ領主コヴ・ドゥロは、赤鉄鉱を満載にして征く荷車を一瞥して、内心に秘してきたそれを漏らす。


「どうだかな。ただ、外から見ている印象は、ディルの窯元領主よりもその毛は強いかもしれん。」

 栄治は、押しかけるようにやってきた彼のその顔を見て笑う。


「ディル領の窯元は、人と目線を合わせて、手を取ってという手合ではないから、近寄らなければその人となりが判らん。端から見れば好き勝手、傍若無人をやってるようにすら見える。その点で、あの商会長の方は見境なしだな。無謀にも呼び止めるなり、目に止まって懐に入られたら、入れ込む所まで決まったようなものだ。」

 栄治の言い様に、コヴ・ドゥロは思わず口を開けて笑う。


 二人の知遇は、冬季の終わりに行われた、王都のディル領主催の交流会での事だった。

 消しパンと鉛筆から始まった会話の取っ掛かりは、陸稲おかぼの粥を運んできた由佳の縁で話が弾み、災害復興でのやり取りを経て、取引の約定という名目を経て、今日の視察となっていた。


「あれほど、母が入れ込んでいる者は、アレから産まれ出て以来、見た事がない。」

 コヴ・ドゥロは陸稲の粥を口に運びながら、目の前に男に、吐露を続ける。


「エスタ領のコ・ニア嬢はどうなんだ?目をかけている様にも見えたが。」

 栄治はこの際とばかりに、胸中の疑問を探ってみる。

 戦場で見かけた時から、彼女の存在は、栄治にとってサザウの貴族とは一線を画す、異様さを感じ始めていた。


「コヴ・ラドの娘か。今は、コヴの代行をしているが、このまま領主が生死不明のまま冬の納税を迎えるなら、領主の拝命を受ける事になるだろうな。」

 木匙に乗せた陸稲の粥を惜しそうに口に運び、陶器の碗をこすりながら、コヴ・ドゥロは淡々と答える。


「だが、あれは、覚えが良いだけだ。よく覚え、よく尋ね、そうしている内に、尋ねることがなくなれば、居なくなり、気がつけば別の場所に一人で立っている。ああ、交流会でもそういう場を見ているな。あれは、一種の騙しでな。実際には父譲り、父親以上に根の張り方が上手い。」

 栄治は、口元を緩め、陸稲の粥を再び椀に盛ってやる。

 それを見るなり、コヴ・ドゥロは粥の中に匙を再び突き込む。


「事実、コヴが不在でもああして何の問題もなく領を回している。なにか自身に深い関わりがある物事の予兆があると、ふと背後に現れて、良き道を指し示してくれるのだそうだ。そうして、恩を感じて伏して付き従っている者が貴族にも、独立商人にも多い。人を頼るのではなく、周りがその恩に報いようと躍起になる。それが母にしてみれば、面白みがないのだろう。」

 粥を口に運ぶ度に、饒舌となっていくかのようなコヴ・ドゥロに、栄治はそれを聞き入る。


「しかし、このオカボの粥というのは美味いな。先程も育てているもの見せてもらったが、豆でも、肉で魚介でもない、そういうものにも、目を向ける良い機会となった。」

 コヴ・ドゥロにとって、この未知の食べ物との出会いは衝撃的であった。その上で、栄治から知らされた貴族病への対策となるとの情報は、さらなる興味へと飛躍していた。


「我が領に運んで欲しい程だが、現在、持ち出すばかりでな。紙と鉛筆とクレヨンでは、領内の豆と復興のための煉瓦に消えていく。今年は灰の購入も控えると聞いては、対価が貨幣ぐらいしか用意できん。その貨幣も、納税に向けて取り置かねばならんしな。」

 頭を悩ませている面白い男を前に、栄治は、ただ送ってやるとも気軽に言えず、思案を深める。


「そうだ、エイジ殿。船に興味はないか?」

「船?海産物のことか?」

 栄治は問われ、咄嗟に海産物の需要銘柄を頭に思い浮かべる。


「そうではない、船そのものだ。リゼウ国は豆の生産国だろう。海産も行っているだろうが、海洋交易という点では、サザウ国の方に分がある。我が領は当代で、造船の手を広げてな。大国のような大船は無理だが、小舟をあつらえる大工ならば、育てている所だ。漁村で使う船は欲しくないか?」


「は?」

 栄治は口を開けて、粥を口に運び、笑顔を向ける目の前の男に唖然とする。


「どうした?」

 栄治の表情の変化に、漸くその手を止め、コヴ・ドゥロはそれを眺める。


「どうしたって、あんた。そりゃ驚くさ。セッタ領で船を作っているなんて初耳だぞ。ブエラの婆さんはそんな事、言ってなかった。」

 栄治は頭を掻きむしる。頭に思い浮かべた事が全て飛び、新たに思考が加速し始める。


「紙を作るための木の皮に目を向けたのは、母の功績の一つだが、その元は木工や造船の際に出る端材だ。鉛筆の加工にも木工の妙はある。紙の需要が増えると皮ばかりが消費されて、幹が野ざらしになる。乾けば薪として消費もされるが、ディルの様に炭として使うわけでもない。王領と自領で流通させても、余裕が出ると思ったのだ。母の覚えは良くなく、それで対立もしているが。」


「海運?海運だと?綿布と、コンパスと測量が丸当たりするじゃねぇか。おいおい、こりゃ窯元に相談すべきか?そんな余裕、今、無いだろう。だが、情報共有はしておくべきだろうし。どうすりゃいい。」

 ぶつぶつと呟き、ついに頭を抱えだした栄治を前に、コヴ・ドゥロは顔色を変え始める。



「黒髪黒目特有のいつもの病気だ。気にすることはない。だが、どうやら、オカボは送ってやる事ができそうだぞ、コヴ・ドゥロ。」

 城の中庭でのその会食に、気付かれないよう黙ったまま同席していながら、それに長らく顧みられる事がなく、退屈して鶏の肉をナイフで割いて食していたアルド・リゼウが、その栄治に目も向けず、代わりに返答をした。

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