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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
群雄割拠の舞台
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地震の爪痕

 地震と火山噴火は、各地で大きな被害をもたらしていた。


 ディル領は北部森林地帯の開拓村を統廃合した際、新たに住宅を建造していた。

 新規家屋には一部で、既存の土壁から、レンガやモルタルを使用しており、頑丈に作られたそれらは、被害を抑え込むのに一役を買っていた。


 それでも多い所では十名以上の死傷者を出す村もあり、農村や補給港では居住者数も多く、被害も大きく、それらの計上と再建には大きく時間を必要としていた。


 例外があるとすれば、エスタ領は、王領、セッタ領に比べ被害が少ないと言える範疇であったが、それでも、二の豆の作付け以降には大きく被害が出る事が予想されていた。


「徹底したレベル出し。二次被害や再被害を防ぐにはこれしかないよ。それでも同じ規模が頻発すれば、骨材や耐震強度を上げる工夫が必要になる。」


 幢子は家屋の再建や、損壊家屋の取り壊しに際し、水準器の導入とヤートルを用いた設計構想を持ち込んだ。

 それは、ポッコ村の城壁を建造する際に試験的に行われたものを、正式に取りまとめた形であり、水準器はポッコ村で生産されたものが、役人と共に急ぎ各村へと運ばれた。


 この他にも、廃材を破砕し骨材として再利用するためのハンマーや、モルタルを超えてコンクリートに近いものを提案し、たたら場の送風装置を応用したプロペラ構造と手回しクランクのミキサーを試作する等、遅まきながらと後悔しながら、機器の創作と、復興指揮に幢子は翻弄されていた。


「エルカを王都に貸し出すんじゃなかったよ。」

 幢子は、試作機器の図面や、各村から届けられる報告書の山に、倒れ込むようにして腕を伸ばす。


 幢子にとってはエルカが居ない事が、少しずつ心理的な負担を重くしている自覚はあったが、王都の被害の大きさを伝え聞く限り、それだけの理由で呼び戻す事も出来ずに居た。


「ジエさん、もういっその事、煉瓦の製造ラインを王領にも出しちゃうしかないよ。それか、もう煉瓦作るためだけの村を何処かに新しく作って、煉瓦だけ作り続ける日々を送ってもらうべきかな。」

 ヤートルを打ち出した結果、ポッコ煉瓦はこの未曾有の災害のために、その消費量が激増していた。


 通常の陶器製造を維持する必要もあるため、ポッコ村以外の炭焼き窯の半分を煉瓦焼きに転用しているが、それでも、王都の復興消費分も加味すれば、需要に追いついていない。


「トウコ殿ご自身の言葉を借りるなら、煉瓦を焼くための窯を、作るための煉瓦も人も足りません。その煉瓦が復興消費に取られます。村一つを作るのは無理ですね。」


「それだけ支出しても、ディル領に何が返ってくるかって話だよ。そもそも戦時免税に、スラール鉄道の計画で、ディル領はポッコ煉瓦をいくら持ち出しても、それを盾に対価を引っ張り出せない現状が問題だよ。」

 幢子は手元にあった一枚の約定を取り上げ、それを眺める。

 由佳が持ってきたその約定には、村人の派遣や煉瓦や水準器、ハンマーなどの借受、購入と、対価としての工房提供に両者の印を押されていた。


「由佳ちゃんの所で集め始めた日雇いさん、うちでも荷車出して集めてきて、どこかで煉瓦作ってもらうとかさ。マグロ漁船、ならぬ、煉瓦荷車。」


「マグロ漁船というのは分かりませんが、そのような事をしなくても、領民の配置転換は領主にその裁量権があります。」


「その領民が足りない。」

 いくら計上しても、幢子が行き着くのはそこであった。


 煉瓦を作るには粘土の採取や整形、焼成と、多岐にわたる作業がある。

 ディル領の生計を立てるための領民の割り振りは、開拓村の再編や東部撤収の際に既に最適化が進められており、専従し煉瓦を製造するための人を育てる時間も、その人的資源も無かった。


 そしてそれをどうにかするために、今、目の前でコ・ジエが奮闘している事も、幢子には十分理解も出来ていた。


「由佳ちゃんに、煉瓦の生産依頼を出して、日雇いさんたちにポッコ煉瓦を作ってもらおうってのは、そんなに難しいことなのかな。」

 由佳は、それに対して、端的に無理であると返事をしていた。そしてその後それを交渉しようにも、間もなく由佳は、リゼウ国で建設が進められている赤鉄鉱の露天掘り鉱山に向かってしまう。



「相変わらず、ひどい顔をしているな、この中の連中は。」

 ディル領の執務室と化している教会の扉を大きく開いて、衛士隊長のリオルが中に入ってくる。


「定例の報告ですか?バルドー国側の動きはありましたか?」

 幢子の問いに、リオルは首を横に振る。


「組織だった動きはない。シギザ領の中にも踏み込んで偵察をしているが、まるで動きが掴めない。」

 椅子を取り出して、幢子とコ・ジエを前に座り込むと、リオルは頭を掻きながら言う。


「シギザ領の村もいくつか見て回ったが、無人か、全滅して廃墟になった村ばかりだ。中には、もう数年は放棄されたような、住民の骨が転がったままの村もあったそうだ。酷い農村だと、教会で子供を抱いたまま、一緒に白骨化した親が見つかったりな。それに、例の地震で倒壊した建物も山程あるそうだ。」

 リオルの知らせに、コ・ジエの手は止まり、唇を噛みしめる。


「父が森林部の半分をシギザ領に割譲した際、コヴ・ダナウは、その領民を我が領が引き受けた時、それを喜んでいたと聞きました。彼は、自領民すら、何処かで切り、使い捨てていたのでしょう。」


「難民として逃げ出せた人たちは、まだ運が良かったのかも知れないね。」

 その難民はこれから、鉱山で鉱夫として働くことになる。

 そこで産出された鉄鉱がディル領に来る事を考えると、幢子もまた、思考が暗く鈍化していった。

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