日雇い労働者たち
「商会員、大量募集開始っすよ。」
細川由佳が切り出した、その言葉に、ハヤテは動き出した。
独立交易商組合にその日、張り紙が出される。
『商会ハヤテ、準商会員募集開始。面接審査あり。詳しくは副商会長まで。』
そうして見出しのうたれた記載には、仕事の仔細もある。
商会で受けた各領への物資の輸送任務や、王都への物資搬入任務などを行う、期間限定の所属員を募集するという旨があり、荷車の所持などの細かい条件も提示されていた。
由佳はその張り紙を貼り付けたその足で、中央区画の行政府へと向かうと、事前の約束もなしに、ブエラの下へ押しかける。
「セッタ領の独自裁量権を持った詩魔法師を紹介して欲しいっす。ハヤテで暫く預からせてもらえないっすか?」
役人と書類のやり取りをしている最中、由佳の入室を許したブエラは、耳だけ、という条件でその話を聞く。
「戦場で使ってた滑走の詩魔法、あるっすよね。あれが欲しいっす。目的は王都の瓦礫の撤去。人海戦術で、王都の外周地域の瓦礫を運び出して、街の外に捨ててきます。」
「さぁさぁ、今日の日雇い、始めるっすよ。」
そうして、由佳は、エルカのオカリナに集まった人々に喧伝を始める。
「今日の共同作業者を募集するっす。報酬は草布の小袋1つの一の豆。仕事が終わったらお渡しするっす。今夜、豆をお腹いっぱい食べたいなら是非参加して欲しいっす。」
始めは誰も見向きもしなかった。
毎朝、決まって声をかける。毎朝、砂時計二つ分の間、募集をする。
三日目に、一人立ち上がって話を聴いた。
その男は、背負いカバンを渡されて、その日の夕方、草布袋に一の豆を詰めて帰ってきた。
その次の日に、同じ男が立つと、今度はそれを見ていた二人が同じ様に身体を起こした。
同じ様に背負いカバンを渡されて、その日の夕方、草布袋に一の豆を詰めて、三人は帰ってきた。
五日目となると、十人が詰め寄った。家を失い、職も失い、腹を空かせた家族が、食べ物を待っていた。彼らは皆、背負いカバンを渡されて、それまでと同じ様に草布袋を持ち帰った。
そうして十日も募集が続けば、毎日その時間、由佳がやってくるのを待つ者達が現れた。
由佳が荷車に積んでくる背負いカバンの数には限りがあった。それを確実に取るためであった。
運良く背負いカバンを受け取れた者は、募集が終わると由佳に連れられて、街を回る。
今日の対応地域、と銘打たれた場所へ連れて行かれ、そこには詩魔法師が一人、待っている。
そこで、背中のカバン一杯に瓦礫を詰め込んで、詩魔法を付与される。
そうして、足早に瓦礫や廃材をトウドの外へと運んでいく。
由佳が荷車いっぱいにそれを積み、重いカバンを背負った自分たちを何度も追い越していく。
誰かが荷車がある事を羨めば、由佳はいつでも足を止めてそれを引かせてくれた。
その荷の重さに、カバンを背負うよりも足取りが悪い。雨など降っていれば、動かすこともできなくなった。
結局、荷車は由佳に返ってくる。由佳が引くと、荷車は目を覚ましたように車輪を転がした。
詩魔法師は決まった時間に休憩を取った。その時間は彼らは休憩を取る決まりになっていた。
片付いた区画の端で、報酬とは別の豆の袋が広げられる。そこには三の豆が入っている。
雨が降っていなければ、廃材を組んだ焚き火で、同僚たちで豆を焼いた。
由佳もそこに混じって話を興じる。
そうやって、彼らは由佳を知っていく。
バルドー国で独立商人になったこと。最初は彼らと同じ様に背負いカバンを担いだ事。
懸命に働いて荷車を得たこと。騒動に巻き込まれた事や、ガラの悪い連中に詰られ追いかけ回された事。
或いは、年配の同業者に目をつけられて、後を付け回された事。
笑い話もあれば、つまらない話もある。常連にもなれば既に何度か聞いた飽きた話もある。
豆を焼きながら、食べながら、瓦礫を運び出すその仕事の楽しみの一つとなっていた。
彼らが豆を持ち帰る。その持ち帰った豆を夕飯にして、その日の昼間にあった事が話題になる。
家を失った彼らが、軒で、空の下で、口々にするそれを、また誰かが耳にする。
そうしてその日もエルカのオカリナを耳に眠りにつく。
日雇いに参加した者は寝付きが良くなった。
ある日、由佳とともにやってくる荷車が増える。見ない顔だった。
同じ様に背負いカバンを荷車に積んでいて、由佳と同じ様に日雇いの募集の声を上げる。
由佳の荷車から背負いカバンが消えると、彼らは心配をしながらも新しい荷車の背負いカバンへと向かう。
そして由佳の背負いカバンを手にした者と同じ様に、草布袋に一の豆を詰めて帰ってきた。
違う場所へ行き、同じ様に作業をした、瓦礫の集積場所で由佳に会った等の話題が上ると、翌日には警戒も薄れ、新しい荷車の背負いカバンも全て無くなった。
そうして、王都から瓦礫はなくなっていく。それが進むにつれて、彼らの不安は増えていった。
瓦礫が全て無くなった時、日雇いは終わってしまうのではないか。
しかし、その不安を払拭する様に、その日も、由佳は声を張り上げる。
「今日の共同作業者を募集するっす。報酬は草布の小袋1つの一の豆。仕事が終わったらお渡しするっす。今夜、豆をお腹いっぱい食べたいなら是非参加して欲しいっす。」
その日、彼らがそうして任された仕事は、空き地への赤いポッコ煉瓦の運び込みだった。




