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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
群雄割拠の舞台
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災いは来たれり

 幢子が満身創痍まんしんそういと言っても差し支えがない状態で、村へと辿り着いたのは、空がすっかり明るくなっていた頃だった。


 三人目の詩魔法師のオカリナによる夜目と滑走の付与は、幢子、コ・ジエには酷い目眩めまいと眠気も同時に付与をした。それでも駆け抜けてこれたのは、ひとえに、幢子の意思の強さだったと言える。


 幢子たちを待っていたのは、崩れた家屋と助け出された村人たち、それと、僅かに助からずに城壁の傍に並べられた村人たちの亡骸だった。


 南通用路から飛び込むようにして入ってきた幢子と、それに肩を貸して何とか立っていたコ・ジエに、村人たちは大騒ぎになって駆けつけた。


 村にとって幸いだったことが幾つかあった。


 一つは、その日、朝から降っていた霧雨がにわかに厳しくなり、陶器窯を止めていたこと。

 一つは、地震が襲った時、たまたま雨が止んでいたこと。これにより炊き出しが外で行われ、広場で食事を行っているものが多かったこと。そして幢子の無事を祈る話題が、華を咲かせていたこと。


 一つは、幢子の指示、という連絡係が、伝えた事柄であった。


「たたら場を止めるなんて指示、私は出してないよ?」

 連絡係の衛士から、確かにそれを聞いたという、役人とたたら場の担当が、それを説明する。


 その日の昼、炉の抽出口から溶けた鉄を吐き出しきり、そこで一度、炉の点検をするため操業を止めるように伝達があったとの話は、幢子にとっては寝耳に水であった。


 その事実確認が済むのに、数日がかかる。それらの伝令を持ってきた衛士というのは、ついにそれを見つけ出すことが出来なかった。


 事後の報告と、対応の確認のため村へと一度戻った衛士長は、調べられる範囲で連絡役の担当をあらためたが、伝え聞いた範囲では、その心当たりすら無かった。



 数日後、亡くなった村人を弔う、幢子のオカリナの音が、曇り空の下に響く。

 あの日以来、余震が幾度もあった。

 そのため、事故の防止の為、たたら場はその操業を止め続けていた。その事も含め、幢子はその頭を悩ませ続けていた。



 北の連峰の赤い火が、夜になるとそれを露わにする、そんな日々が続いていく。

 それが見える範囲で最も被害が大きかったのは、王都トウドであった。



 崩れた家屋が、まだ手を付けられずに山とある。主だった重要施設でも、建物の一部損壊まで見れば、その全てが被害を受けたと言っても過言ではなかった。


 エルカのオカリナの音は、毎日、王都の居住区画の広場に響いていた。

 家屋を失い、希望すら失った人々は、ただ座り込んで、無気力に、生きているだけだった。

 その姿が、エルカにとっては何処かで見た光景に思えた気がして、自発的に、そうしていた。


 詩魔法院の所属者達は、中央区画や貴族の対応に追われ、庶民や独立商人にまで意識が向いていなかった。

 そうした、救助の空洞となっていた部分を補ったのは、独自裁量権を勝ち得ていた、各領の詩魔法師たちだった。


 その日もエルカのオカリナは、広場に響く。雨が止めば、その音が響く。

 座り込んだ人たちは、徐々にその雨季の雨が煩わしく思うようになっていた。



「そうかい。罪地は、全滅かい。」

 ブエラ老は、連日慌ただしく役人が飛び回る政庁の椅子の上で、コ・ニアからその知らせを受けた。


「父が罪地にいたことは間違いないそうです。火の水に飲まれ、毒の空気が吹き上げて蔓延はびこり、山が火を吐く度に空から灰と石が降る。近づくことすら叶いません。」

 無表情にそれを伝えるコ・ニアに、ブエラは目を押さえ、深く深く、長い息を吐く。


「バカ共め。三人揃って、ワシより先に行ってどうする。順番が間違っておるだろうが。恨みつらみ、敵打かたきうちにこだわっておるからだ。」

 そうして、ブエラは手を払う。伝えるべきことを伝えたコ・ニアは、その前を立ち去る。


 そのまま、ブエラはその部屋の全ての役人を払って、砂時計ひとつ分、黙して目を閉じた。



 リゼウ国は比較的被害が少なかったと言える。北部の村は積雪もあり、件の疫病事件の折に撤収をして以来、無人のままであったことが幸いしていた。


「スラール旧街道には石が降る、か。」

 兵士を損なうことなく無事連れ帰った京極栄治を、国主ははばからず抱き留めて称え、そしてその場で、被害確認の指揮と、必要な支援算段の指揮を引き継いだ。


「一の豆の収穫は終わるにしても、灰の散布や気象状況は読めんぞ。二の豆や、三の豆は、豊作豊作とはいかんだろうな。あの溶岩がいつ止まるか、地震がいつ収まるか。」

 そうしている間にも、サザウ国で再び戦争の兆しが訪れることも、栄治の危惧にあった。


「トウドは被害甚大。端から見りゃ、サザウ国はオシマイだ。河内さんはどう舵を切るか。」

 とは言え、リゼウ国内の不安の声は、栄治を城へ拘束するには十分過ぎる状況だった。



「頑張るしかない、っすね。」

 細川由佳は、荷車を引きながら、意を決する。


「だって、アタシが一番動きやすいし、動くしかないっすよ。おっちゃん、そうでしょ。」

 由佳にとって最も頼りになる同僚は、横で荷車を引きながら、しばし思い悩み、そして頷いた。


「役人とか、領主様とか、国の重役は、こういう時、縛られて動けないっす。だから、必要なところに必要なものを届ける、ある場所から必要な場所にそれを運ぶ。商人ってそうっすよね?」

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