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赤い炎が登る。それがそれを見た人々の等しい評価だった。
まず始まったのは、地面が大きく揺れる、それであった。
戦後処理に焼かれた草がまだほのかに赤く、煙を立ち上らせている。
その対応を終えるまでの野営に、ハヤテの荷車が豆を運んできたところだった。
「じ、地震っすよ!大きい!」
揺れる地面に身体を支える場所も、頭を隠す場所もない。
激しい揺れに、由佳は膝と手をついて、揺れる荷車に体を寄せる。草布袋の中で豆が揺れて音を立てている。
激しく揺れる地面に、周囲を警戒していた衛士も同じ様にかがみ込む。
連絡役として馬に乗っていた衛士もまた、揺れを感じてすぐに馬を飛び降り、その全身で抱えて馬の興奮を抑える。
長い長い揺れを森の中で感じた栄治は、近くの木を確認し、太く丈夫なものを見つけるとそこに寄り添う。
「馬鹿みたいに、揺れやがって。」
癖とも言えるその視線の動きは、周囲の高低を追う。暗く、月明かりしか頼りでないその周囲を懸命に目を凝らす。
「おいおい、この規模だと家屋倒壊やら、山崩れがあるレベルだぞ。」
栄治は揺れてきしむような音を立てる木々に耳を済ませる。その不安を募らせる。
漸く収まった地震に、いち早くに思考を働かせたのは幢子であった。
「ポッコ村!誰かすぐ動ける連絡役さん居る!?」
幢子はよく通る声で、野営陣の中心で叫ぶ。
地震で倒れた篝火を立て直す衛士たちがその声に辺りを見回す。
「馬はありません。急ぐのであれば、走るしか。」
「解った。詩魔法師さん、三人。それと、ジエさん、私、リオル隊長。」
即断即決と、幢子は周囲の目のつく人材を呼び集める。
「ロケット切り離し方式でいきます。後から連絡役の馬を送って。説明は追って。」
「たたら場の炉で火災が起こっている可能性があります。溶解した鉄が流れ出せば大災害です。今後の生産にも大きく支障が出ます。現地で被害があれば陣頭指揮を取る必要があります。夜通し、できる限り走って、詩魔法のかけ回しで、ポッコ村へ向かいます。」
「衛士長さん、エルカは、ここを撤収の目処がつき次第、編成をして国内の被害状況確認と復興のための支援を取りまとめてください。リゼウ国の兵士さんは、早く自国に戻ったほうが良いかも知れませんから、栄治さんが戻ってきたら、指揮権を返して、後の事はそちらへ任せちゃってください。」
「由佳ちゃんが来たら、同じ様に伝えて。王都もなにか問題が起こってるかも。ハヤテはブエラさんやコ・ニアさんと連絡を取って、国内の災害対策で連動を取ってもらってください。エルカ、説明お願いできる?」
幢子の言葉に、揺れが収まるのを待って走ってその場へやってきたエルカが頷く。
「トウコ殿!」
幢子の前で、コ・ジエがその方向を指差す。幢子はその指を見て、一拍間を置いて、直ぐに振り返り、指す先を見る。
北の連峰の一つに、夜の闇の中、赤い光が灯っていた。
罪地。その揺れが起こる前、罪人たちが間もなく沈む陽を頼りに、山を登っていた。
珍しい事ではなかった。数人の亡骸を、火山の火口へと放り込む。そうするだけで冷たい水が貰えるのだ。
罪地に戻り、再び滞在を始めた管理官に、覚え良くあろうと、その役割は久々に取り合いになった。
そうして選ばれた四人が、荷車に乗せた死体とともに、山を登る。
中腹に空いた、その火口へとたどり着くと、一人がその奥を覗き込む。赤々とした火の水が奥に灯っている。
「あんまり近づくなよ。落ちても助けてやれんぞ。」
慣れているのか、一人が荷車から死体を一つ、引きずり下ろす。
その死体は、いつぞや送り込まれてきた、貴族の男であった。
或いは、貴族の男の娘であった。詩魔法師の重役の男であった。名も無い物静かな村人であった。
一つ、また一つと、それを火口に放り込んでいく。
丁度四つ目の死体を放り込んだ時、その揺れは起こった。
体制を崩した男が一人、火口へと転落していった。
一人は、足を踏み外して坂を転がり、大きな岩に頭を打ち付けた。
残った二人は地を張って難を逃れる。そこへ死体を運んできた荷車が車輪を回して走ってくる。
やがて、その火口から火が登る。口からその奥に蓄えた熱を拭き上げる。
それは瞬く間に辺りを飲み込んでいく。
そして麓へ向かってゆっくりと流れ出していく。
「どうしましょう。」
コ・ニアは揺れる地面を楽しむように、その広場でステップを踏む。
「さあどうしましょう。この国は、ここで終わってしまうのかしら。」
月明かりを浴びて光が溢れるような銀の髪を揺らし、コ・ニアは踊る。
「でも、もう少し。後もう少しでやってくる。」
森の守り人達は、仕える主の奇行とも言えるそれを、物言わず静かに見ている。
「お父様、さようなら。いままで、ありがとう。」
揺れが収まり、静かに広がっていく赤い火を思い、両手を組んでそれを祈る。送る。
「早く来てサウザンド。早く来てコージ。私はここで、生きて待っている。」
そしてまた踊りだす。無表情だったその顔は、満面の笑みを浮かべていた。
「一緒に、タロウさんを探す旅を始めましょう。」
ふと立ち止まり、そしてコ・ニアの二つの瞳は、コチラをじっと見つめる。
その足元の草の上、大きな虫が一匹、コ・ニアを静かに見上げていた。




