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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
スラールの転機
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初めての戦い 一小節の主人公

 幢子が手を掲げ、振り下ろす。その合図で遠当てを付与された弓手が一斉に火矢を放つ。

 続けて二射目、三射目。二の豆を絞った油を纏い、炎が飛んでいく。


 下ろした手を、幢子は横にぐ。それを合図に、栄治と一人の兵士が飛び出し、それを追うようにコ・ジエと兵士たちが槍を手に駆けていく。


「いこう。周囲に気をつけて。」

 幢子はそう述べると、足を進める。

 弓手たちはいつでも弦を引けるように構えを残したまま、幢子と詩魔法師たちに随伴する。



 荷に火が付いた。その意味がわからないまま、バルドーの兵士たちは唖然とする。

 一拍遅れて、飛んできた矢に気づき、その矢に火が灯っていることに気づく。

 そうして、それが敵襲だと気づいて声を上げようとした時に、二射目が降ってきた。


 何人かが倒れ、荷に更に火が回る。荷車の上で煙が上がり始める。

 敵襲だという声が上がり始め、周囲は大きく取り乱す。

 その時には、三射目が自分たちに向かって飛んできているのに気づいた者達が居た。


 頭をかがめ、或いは槍でそれを払い落とそうとし、難を逃れる行動が始まる。


 そこを、陶製のナイフを逆手に持った栄治が、素早く首元にそれを滑らせる。

 血しぶきが上る前には、栄治の手は次に向かっていた。


 それを追うように、剣を持った兵士が戸惑う者の腹を撫で切り、突いて回る。

 次々とそこへリゼウ国の兵士がなだれ込む。


 落ち着き払って槍を構えるものが居れば、その後ろからナイフが首筋を刈る。

 なりふり構わず槍を振り回すものが居れば、その金髪を振り乱し、兵士が距離を詰め剣で槍の柄を叩き切る。


 一方的な蹂躙の中で、やがてその場を逃げ出すものが居れば、兵士の槍に取り囲まれて貫かれる。

 或いはそれを逃げおおせた所で、狙いをすました矢が腹や足、頭に飛んできた。


 リゼウ国の兵士で傷ついたものが居れば、それを庇うようにコ・ジエが現れ、近くに居た兵に指示を飛ばして後方へと下がらせる。


 荷についた火を泣きながら消し止めようとパニックになった者などは、そのまま背を槍で貫かれ、荷と共に焼かれていく。


 恐怖のままに座り込むものが居れば、残らず、命を刈り取りに誰かがやってくる。


「助けてくれ!お願いだ!助けてくれ!」

 逃げ回りながら、叫びながらその場を離れ、来た道を戻ろうとする者がいる。

 それを追って、剣を持った兵士が、行く先でそれを阻み、慌てて返したきびすを、複数の槍が突き刺した。


 或いは似たように振る舞いながら、油断を誘うものが居れば、その牙が向かれる前に、首から血飛沫が上がった。



「あそこ。馬が居るよ。」

 幢子が交易道を右往左往する馬を見つけ指差す。そこには兵士とは異なる装いの者が乗っている。


「狙える?」

 二人の弓手が弦を引き絞り、矢筒から取り出した矢を放つ。

 二本の矢は、一本が手前に、もう一本が馬の腹に当たる。その結果馬が暴れ、騎手は振り落とされたのが幢子には見えた。


 そこへ、数人の兵士が向かっていく。やがて距離が詰まっていき、足を引きずりながら逃げ惑う騎手は、兵士の槍に包囲される。そして、その槍に次々と刺されて、やがて動かなくなった。


 弓を持った兵士がその騎手が現れた方向から散見され始める。

 幢子からは弦を引き絞っている姿も見えていた。それを弓手に指示して射止めていく。

 しかし、弓を持っていても矢がない者ばかりである事も解ってくる。


「敗走兵かな。向こう側が決着が付いたのかも。」

 幢子は冷静に周囲を見回して、戦場から離れようとする敵の姿を探す。

 幢子の傍に控えた詩魔法師達は運ばれてきた兵士の手当や鎮痛処置をしながら、額の汗を拭う。



 戦況が落ち着いたのは、陽が傾き始めた頃だった。


「コヴ・トウコ。無事で何よりだ。」

「衛士長さんも。」

 合流を果たした両者は握手を交わす。事態は戦後処理に推移していた。


 即席の豆の畑には火が放たれている。バルドーの兵士の死体処理もだが、苗茎に潜んだマキビシを掃除しなければならないため、それが必要だった。

 回収された兵士の亡骸も集められ、その炎の中に放り込まれていく。


 そんな中に、衛士のリオルと、詩魔法師のエルカが、幢子の姿を見つけ手を振っている。

 幢子はそれに手を振り返す。


「負傷者は少しでちゃいましたね。でも手当を受けていますし、命に別状がある人はいないかと。」

「正直、驚いている。相手の取り乱し方もだが、足取りもそれほど良くなかった。そういった幸運も重なったのだろう。」


 幢子は荷を焼いた時、袋を抱え込んだまま槍に貫かれた輸送隊の人間の姿がふと気になった。


「栄養価、かもしれないですね。詩魔法が魔素不足で十全に発揮されなかったのかも。例えば矢の飛距離とか、滑走速度、そうでなくても反応や動体視力、集中力に、影響が出てたのかも。」


 人質を捉えていればそういった情報も集められた可能性はあったが、幢子はそれを振り返らない、と早々に思考から切り捨てた。


 周囲の逃走兵の捜索は衛士隊や、手配した別班が今も行っている。しかし、今の所その報告はなかった。

 その逃走兵も、見つけ、可能であれば、保護せず、打ち取るように指示を出していた。


「勝てた、のだな。」

 戦場を見渡し、衛士長が呟く。サザウ国の衛士と、リゼウ国の兵士が肩を並べ、その処理に追われている。その光景は、開戦前の準備の頃とあまり変わらなく思えていた。


「だと思います。物語の一小節の主人公くらいには、皆さんが、頑張ってくれましたから。」

 幢子は、そう口にして、苦笑いをする。自分は、それを助ける側で良いのだと感じていた。


 或いは、自分は非情な指揮者である事を選んだのだと。

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