表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
スラールの転機
174/247

初めての戦い 道を征く覚悟

「詩魔法ってのは、やべぇな。」

 戦に関するそれを、ある程度はリゼウ国の詩魔法士も持っていた。

 しかし、河内幢子がそれを奏でて与えられた付与に、栄治も心が踊っていた。


「戦闘用、みたいなものは一通り試したよ。だけど、フィーリングは伝えづらいから、詩魔法師にも付与に掛かってもらうなり、見てもらって、体験から再現をしてもらう方が、オカリナでの付与はやりやすいんだ。必然的に、私が構築をやって、エルカがオカリナで再現する、それを付与して貰うって習慣になった。」


「成る程な。河内さんができる事は、あのお嬢ちゃんもできる。その逆もってことか。」

 そこまで言うと、栄治は足を止める。遠方から兵士が走ってくるのが見えていた。


 幢子が付与した遠視と早駆けの詩魔法を使って、偵察で掴んでいた物資輸送隊を索敵に出していた。


「見つかった。集合だ。」

 知らせを確認し、号令をかける。それを受けて、伝達役は懐から手旗を取り出し掲げる。それが集合の合図と場所を知らせる役割を担っていた。


「手旗信号とか、聴いていないのだけど。後で共有してくださいね。」

「多少知識があってな。測量の合図に便利だから、直属の連中に仕込んだんだ。布が手に入ったのは最近だからな。それより磁石、作れないか?コンパスが欲しい。」


「この戦いが終わったら、考えてみるよ。砂鉄集めるのに磁石欲しいし。」

 幢子は少し肩の力を抜いて、話す。それが、作戦前の最後の安息だと理解していた。



「もう一度確認する。全滅を目指すんだな?」

 集合を終えて、栄治は幢子を向いて、それを問う。


「できる限り、目指してください。無理そうならせめて、散らばらずに西側に逃げるように誘導をして、本体と挟み込めるように。」

 幢子は真っ直ぐと言う。栄治はそれに対し、苦虫を噛み潰したように、口を曲げる。


「言っちゃ何だが、そのよ、慈悲みたいなものはないのか?敵とは言え、命を無駄にしたくない、みたいな。」

 その指示を聞いていて以来、ずっと想ってきた事を栄治は意を決して問う。


「あるよ。でもそれをして、それ以上の失敗をしたくない。私は相手の事を知らない。相手も私の事を知らない。だからそれをズルズルと考える時間は、私を信じてくれる人たちにとって、致命傷になるかも知れない。利用されるかも知れない。騙されるかも知れない。」

 幢子は、そう続けると、傍に付き従うコ・ジエを見る。


「コヴになるって時にね、決めたことが幾つかあるの。その一つが、人を殺す決断をするって覚悟。」


「例えば、鍛冶場で、たたら場で、溶けた鉄がこぼれるとする。溶鉱炉に、誰かが落ちるとする。でもそれは、そこで止まっちゃ駄目なんだって、覚悟について、担当になった人たちにも共有したの。絶対に死んじゃうけど、だからってそこで手を止めたら、次の事故が起こったり、品が届かなくて死んじゃう人が出るって。死なないように努力もするし、助かるのなら助ける。でもその覚悟はしていてって。」


「実際に、熱中症で二人亡くなってる。火傷で一人亡くなってる。私が鍛冶場を始めなければ死ななかった人かもしれない。もっと言えば、炭焼きや、陶器焼きもそう。村で寿命で亡くなった人の方が少ないんだよ、この三年で。」


「だからそう、痛そうだから、可哀想だから、って感情で、目の前で敵兵を助けてあげて欲しい、みたいな感情は驚く程ないよ。それが出来る時間で、領民や知り合いの安全や、助けられる時間が確保できるなら、私は躊躇ためらわない。躊躇ためらわない上で、その摘み取った命がどう活かせるかを考える。」

 幢子はそこまで、実際に躊躇わず、まっすぐに栄治を見つめて答えた。


「それが、周りにどう受け止められようとも、って奴か。解った。俺の方が甘かったようだ。」

 栄治はそれを受けて身なりを整える。それを見た兵士たちも同じ様に確認を始める。


「え?京極さんも行くの?」

「まぁな。これでもちょっとは荒事に覚えがあってな。」

 栄治は、懐かしい老人たちの顔を思い浮かべる。その顔のどれもが、性格が悪く、特に自分に厳しかった事を思い出す。


 村に残った身寄りが居ないというのも大きかったのだと、今ならば理解もできる。

 ただ当時のことは苦い思い出として今もこびり付いている。手足や仕草に名残が残り続けている。




 兵士の一人が、静かに、いち早く身支度を整え終える。周りの兵士と違って、槍ではなく帯剣をしていた。


「コ・ジエ。人を殺したことがあるか?」

 自分を見つめる目に、意を決して、兵士は声を掛ける。


「村で、襲ってきた野盗を。その感触は、実は良く覚えていません。」

 質問に対して、自然と、丁寧な口調で答えてしまい、慌てて口元を抑える。


「俺は、二人だ。あの雨の日の事は今も覚えてる。忘れないようにしている。そいつらの残した家族にも会った、頭を下げた。そいつ等が耕した畑も、俺が面倒を見てる。償いきれちゃいない、償えるものじゃない。それも解ってる。」

 男はコ・ジエを見て、その目を真っ直ぐに見て、言葉を続ける。


「それが、こうして戦争になった。ここに居る連中は、人殺しなんてした事がない。それを躊躇ためらって、命が危なくなる事もあるだろう。だから、そんなこいつらを守るために、俺は戦う。手本となるために人を殺して、仲間の守り方を教える。」

 静かに、兵士は手を差し伸べる。それが挨拶だと解り、コ・ジエは手を取る。


「背中を、頼めないだろうか。戸惑っている奴が、動けなくなっていたら、助け起こしてやって欲しい。迷っていたら、指示を出してやって欲しい。それが頼める相手は、俺にはお前とあの領主殿ぐらいしか居ない。俺はこいつら全員と生きて戻って、あの畑を耕さねばならないんだ。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ