初めての戦い 道を征く覚悟
「詩魔法ってのは、やべぇな。」
戦に関するそれを、ある程度はリゼウ国の詩魔法士も持っていた。
しかし、河内幢子がそれを奏でて与えられた付与に、栄治も心が踊っていた。
「戦闘用、みたいなものは一通り試したよ。だけど、フィーリングは伝えづらいから、詩魔法師にも付与に掛かってもらうなり、見てもらって、体験から再現をしてもらう方が、オカリナでの付与はやりやすいんだ。必然的に、私が構築をやって、エルカがオカリナで再現する、それを付与して貰うって習慣になった。」
「成る程な。河内さんができる事は、あのお嬢ちゃんもできる。その逆もってことか。」
そこまで言うと、栄治は足を止める。遠方から兵士が走ってくるのが見えていた。
幢子が付与した遠視と早駆けの詩魔法を使って、偵察で掴んでいた物資輸送隊を索敵に出していた。
「見つかった。集合だ。」
知らせを確認し、号令をかける。それを受けて、伝達役は懐から手旗を取り出し掲げる。それが集合の合図と場所を知らせる役割を担っていた。
「手旗信号とか、聴いていないのだけど。後で共有してくださいね。」
「多少知識があってな。測量の合図に便利だから、直属の連中に仕込んだんだ。布が手に入ったのは最近だからな。それより磁石、作れないか?コンパスが欲しい。」
「この戦いが終わったら、考えてみるよ。砂鉄集めるのに磁石欲しいし。」
幢子は少し肩の力を抜いて、話す。それが、作戦前の最後の安息だと理解していた。
「もう一度確認する。全滅を目指すんだな?」
集合を終えて、栄治は幢子を向いて、それを問う。
「できる限り、目指してください。無理そうならせめて、散らばらずに西側に逃げるように誘導をして、本体と挟み込めるように。」
幢子は真っ直ぐと言う。栄治はそれに対し、苦虫を噛み潰したように、口を曲げる。
「言っちゃ何だが、そのよ、慈悲みたいなものはないのか?敵とは言え、命を無駄にしたくない、みたいな。」
その指示を聞いていて以来、ずっと想ってきた事を栄治は意を決して問う。
「あるよ。でもそれをして、それ以上の失敗をしたくない。私は相手の事を知らない。相手も私の事を知らない。だからそれをズルズルと考える時間は、私を信じてくれる人たちにとって、致命傷になるかも知れない。利用されるかも知れない。騙されるかも知れない。」
幢子は、そう続けると、傍に付き従うコ・ジエを見る。
「コヴになるって時にね、決めたことが幾つかあるの。その一つが、人を殺す決断をするって覚悟。」
「例えば、鍛冶場で、たたら場で、溶けた鉄がこぼれるとする。溶鉱炉に、誰かが落ちるとする。でもそれは、そこで止まっちゃ駄目なんだって、覚悟について、担当になった人たちにも共有したの。絶対に死んじゃうけど、だからってそこで手を止めたら、次の事故が起こったり、品が届かなくて死んじゃう人が出るって。死なないように努力もするし、助かるのなら助ける。でもその覚悟はしていてって。」
「実際に、熱中症で二人亡くなってる。火傷で一人亡くなってる。私が鍛冶場を始めなければ死ななかった人かもしれない。もっと言えば、炭焼きや、陶器焼きもそう。村で寿命で亡くなった人の方が少ないんだよ、この三年で。」
「だからそう、痛そうだから、可哀想だから、って感情で、目の前で敵兵を助けてあげて欲しい、みたいな感情は驚く程ないよ。それが出来る時間で、領民や知り合いの安全や、助けられる時間が確保できるなら、私は躊躇わない。躊躇わない上で、その摘み取った命がどう活かせるかを考える。」
幢子はそこまで、実際に躊躇わず、まっすぐに栄治を見つめて答えた。
「それが、周りにどう受け止められようとも、って奴か。解った。俺の方が甘かったようだ。」
栄治はそれを受けて身なりを整える。それを見た兵士たちも同じ様に確認を始める。
「え?京極さんも行くの?」
「まぁな。これでもちょっとは荒事に覚えがあってな。」
栄治は、懐かしい老人たちの顔を思い浮かべる。その顔のどれもが、性格が悪く、特に自分に厳しかった事を思い出す。
村に残った身寄りが居ないというのも大きかったのだと、今ならば理解もできる。
ただ当時のことは苦い思い出として今もこびり付いている。手足や仕草に名残が残り続けている。
兵士の一人が、静かに、いち早く身支度を整え終える。周りの兵士と違って、槍ではなく帯剣をしていた。
「コ・ジエ。人を殺したことがあるか?」
自分を見つめる目に、意を決して、兵士は声を掛ける。
「村で、襲ってきた野盗を。その感触は、実は良く覚えていません。」
質問に対して、自然と、丁寧な口調で答えてしまい、慌てて口元を抑える。
「俺は、二人だ。あの雨の日の事は今も覚えてる。忘れないようにしている。そいつらの残した家族にも会った、頭を下げた。そいつ等が耕した畑も、俺が面倒を見てる。償いきれちゃいない、償えるものじゃない。それも解ってる。」
男はコ・ジエを見て、その目を真っ直ぐに見て、言葉を続ける。
「それが、こうして戦争になった。ここに居る連中は、人殺しなんてした事がない。それを躊躇って、命が危なくなる事もあるだろう。だから、そんなこいつらを守るために、俺は戦う。手本となるために人を殺して、仲間の守り方を教える。」
静かに、兵士は手を差し伸べる。それが挨拶だと解り、コ・ジエは手を取る。
「背中を、頼めないだろうか。戸惑っている奴が、動けなくなっていたら、助け起こしてやって欲しい。迷っていたら、指示を出してやって欲しい。それが頼める相手は、俺にはお前とあの領主殿ぐらいしか居ない。俺はこいつら全員と生きて戻って、あの畑を耕さねばならないんだ。」




