工作領主
「出せる衛士は二百名。預かったリゼウ国の兵士が三十名。対して、来るのは凡そ八百名とか、無茶も過ぎるよね。」
幢子は偵察役の馬が戻って試算したその結果を眺めて溜め息を吐く。
「リゼウ国から増援でどれくらいの数が来るかわからない。最悪、工作してる土地での開戦に間に合わないかも知れない。もっと武器の事、考えておけばよかった。」
「その二百名も、欠ければサザウ国内の内政に支障が出る。それを覚えておいて欲しい。」
衛士長はそう述べると、ポッコ村へ到着したばかりの幢子に、礼を払う。
「領民に被害が出たって、それは同じ。その重さに違いはない。皆、大事。この村を見て解ったと思いますけどね。」
幢子が不在の間に、南方の煉瓦壁はほぼ完成をしていた。物見櫓も北東、南東に加え、南西部分も組み上がっていた。
幢子とエルカ、コ・ジエが戻ったのを認めた村人はそれを口々に伝え、手の空いたものから駆け寄ってくる。その姿を衛士長は実際に目にして、思わず感嘆を漏らした。
「この村は凄いな。訪れて活気に驚いた。過ごして、更に驚いた。」
「三年間、頑張ってきましたからね、皆で。戦争するなんて思いもしなかったですけど。」
教会の机に広げられた図面は、造成地の測量図であった。
現地では今も戦場そのものを、目の前で見ている方眼紙のように切り分ける作業が行われている。
前進を続けるバルドー国の兵士たちは、領主の館の跡地を超えて、そこへ後四日から五日と予想されていた。
「作戦の周知は出来ていますか?実際に演習はしてみました?」
「ああ。エルカ殿を貸して下さって助かった。実際に草が伸びていく姿を見て驚いた。その後始末にも苦労をしたがな。」
一昨日、偵察班を除く参加衛士総出の演習で、それを敵軍として指揮した衛士長はその臨場感に高揚をした。自身にとっても始めての戦争であり、それを模したものとしても、そこに飲まれるものはあった。
「あの鏑矢というのは、演習以外にも用途がありそうだ。鏑の発注は、戦の後、正式に申請したい。」
「矢じりを鏑にする以外にも、響目という、音の出る物にも出来ますね。陶製なので、そちらもご所望でしたら製図と試作して、お取引に乗せられるかと。」
幢子はそれを言いながら、深い溜め息を吐く。鏑にしても、響目にしても、それは幢子の知る範囲では神事祭具であって、少しだけ、苦い思い出があった。
「何か?」
幢子の機嫌を損ねたかと心配し、衛士長はそれを伺う。
「少し、昔を思い出しただけですよ。」
弓を引く、その顔を思い出す。しかしそれは一瞬の事で、直ぐに幢子の記憶の片隅と戻って消えていった。
出立を直前まで待って、その場に現れたリゼウ国の兵士の一団に、幢子は胸を撫で下ろす。
「遅くなって悪かったな。国主がどうにも最後まで抵抗した人事があってな。」
聞くまでもなく、それが誰を指しているのかは、周囲の誰もが理解できた。
栄治の後に付き従う派兵団の隊長も、冷めた表情でそれを見ている。
「派兵に感謝する。キョウゴク・エイジ殿。」
差し出された衛士長の手を、栄治は握る。互いにその力は強く、それが互いにとって今後に望む緊張を意味すると理解する。
「派兵団を預かった、臨時団長の京極栄治だ。麾下、三百名。城の外で畑を耕してた連中と、俺の直属、手近で掴める奴を根こそぎ連れてきた。大事に使ってくれると助かる。」
代わって差し出された栄治の手を、幢子は握り返す。
「なるべく、全員帰れるように、考えておきましたし、ここからも考えてみます。」
とは言え、ここからできる事は限られている。幢子の胸中に負担が少なからずのしかかる。
そうして、整った最善の準備を持って、最後の作戦会議が行われる。
「豆と、矢羽の補充は由佳ちゃんが今一生懸命、掻き集めて運んできてくれてます。村で矢の組み立てもやってますから、それをできる限り戦場に持っていきます。」
「俺達は、ポッコ村を東から出て、連中の後ろを取るわけか。」
幢子は頷く。リゼウ国から来た兵士たちの弓の保有数は少なく、槍を扱うものが多かったため、それをそのまま振り分ける事にした。
「敵部隊の後方、交易路上には、補給部隊が居ることが解ってますから、そこを潰してください。バルドー側から攻めて、逃げる方向も制限しないといけませんし。」
「本当に壊滅を考えてるのか。捕虜は取るのか?」
「できる限り、捕虜もなしで。物資も見境なく燃やしてください。」
徹底した覚悟を見せる幢子の言葉に、栄治は一寸、呆けてその顔を確認し、そして改めて、頷く。
「どの口から、情報が渡り、どの目から、現状が渡るか分かりません。それは、相手の疑心を払うし、相手に準備する余裕も与えてしまうでしょう。そうすると、返す刀でディル領を奪還するのに被害も出るでしょうし、戦局の制御権を失ってしまうでしょう。」
「で、河内さんはこっちに来るわけか。」
出立を前に、首からオカリナを下げ、自分たちの前へ現れた幢子を見て、栄治は頭を抱える。
「だってそうでしょ。リゼウ国の皆さんにしてみれば、自分の国の事じゃない。だったら、それをお願いした者として、誠意ある事をしないと。詩魔法での支援なら私もできるし、作戦の全貌を知ってるのも、指揮を取っているのも私だよ。判断に困った時、決定権があったほうが良いでしょ。」
その後に付き従う、コ・ジエは栄治を見て申し訳無さそうにしている。
「向こうには、エルカを送ったから、きっと大丈夫。サザウ国側は演習をする時間もあったしね。」




