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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
スラールの転機
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勝つための算段

「ちゃんと、壊滅させなきゃだよね。」

 幢子がそう述べると、臨席していた衛士長は、驚き振り返る。


「壊滅?追い返すのではなくてか?」

「ディル領の情報も、扱った罠も、勝つための詩魔法も、その算段も、できる事なら漏らしたくないんだよ。だからそれを惜しみなく使うけど、難易度は凄く高いと思う。」


「まず勝たなきゃ駄目。その上で、足を奪って、捕えるなり戦死させる。だから必然的に取れるのは、包囲って手法になる。追い返す所までなら、奇策で驚かせばできると思う。だけど逃げる敵は必死で抵抗する。逃げ始める前まで、どれだけ、まだ巻き返せると錯覚させておくか、なんだと思う。」

 衛士長に対し、まっすぐに目を見て、幢子は進言する。

 それが冗談でもなく、意気込みでもなく、求める結果なのだと示しておく。


「だが、その様な勝ち方のためには、被害がどれほど出るか判らん。衛士を、生きて無事返す事を、私は優先したい。コヴ・トウコの懸念は解らないでもない、しかしその上でだ。」


「私だって、衛士さんたちを誰も失いたくないよ。これからのために、皆必要な人たちだもの。だから、そのための策を、ここからすり合わせていこうよ。私が出せる知識や、道具が、いくら酷使されてでも。」

 幢子の頭には、幾つか、武器に関しての案もあった。

 例えば、銃を作るなんて事は不可能でも、クロスボウや、投石機の様な革新的な武装案だってある。


 ただ、それらは、生産性でも信頼性でも、その習熟に十分な時間はない。

 またそのための準備もなかったし、戦後の取り扱いにも困ると考えていた。


「戦場となる場所に、有利不利ってあるよね。まずそこから考えていこう。兵器や奇策に頼るのはその後。戦いやすくて、自分たちに完全に計算された戦場を作って、そこに誘い込む。合戦を徹底管理する。誰の目に、どの様に見えるかを、視覚化して、時間を使えるだけ使って、分析していこう。」



 ヤートルはそのために最大限に効果を発揮した。


 既に戦術として周知されている、詩魔法の遠打ちの付与の有無での矢の飛距離は、その日から開始された実測で数日の内に纏められた。


 戦場として用いる場所を、ヤートルによる正方形検地の開墾と畦道あぜみちで、感覚的にも視覚的にも対応し構築し管理する。

 矢の届く距離はそれに依って、どうしても届かない距離、届きそうで届かない距離、或いは紙一重かみひとえを濃淡付けて演出できると、幢子は説き、実際にそのための試験も行われた。


 そうしている間に、衛士隊の手元や王都に、大量の陶器製のマキビシが届き、山となっていく。



「まさか、衛士の俺達が畑を起こす日が来るとは思ってなかった。」

 戦場の構築に、手渡された鉄の刃の鍬をふるいながら、言うものが居る。


「リゼウ国では、兵士が鍬を振るのは、もう珍しい事ではなくなりましたね。」

 サザウ国に残って、先遣隊として作戦に参加した兵士が、その愚痴に付き合う。


「農相の専属に回された連中は、もっと経験豊富ですよ。登用が決まった者には、部隊で壮行会として鶏を振る舞うのです。向こうへ行ってもその二本の足でしっかりと立って折れずに元気でな、と。」

 焼き鳥、という若い鶏を直接串焼きにし、皮ごと炙るそれを語ってみせると、衛士は口元に唾液がにじみ出るのを感じる。


「農相の下へ使いで行くと、送った連中を見る事がありますが、一様に、目の下に隈を作り、薄笑いをしながら、働いているのです。しかしそれでも休めないのは、農相がより多忙だからでしょうな。」

 鍬を奮いながら、そうした笑い話をしている兵士に、衛士は口元を歪め、同時に似たような話を思い出す。


「コヴ・トウコの下で働いている、コ・ジエ殿もそういった者かもしれんな。確かに、あそこの役人たちは、同じ様に薄ら笑いを浮かべているような気がする。」



 そうした両国の機密とも言える暴露話に華が咲く近くで、衛士付きの詩魔法師たちが声を上げる。


「休憩の時間か?まだ早くないか?」

 過剰とも言える体調管理は、衛士たちがディル領へ配属されて以来、徹底されていた。

 しかし、それは休憩を知らせるものではなく、掘り起こされた畑の一角に彼らが集まってのことだった。


「豊穣の詩魔法がこれほどの効果を示すのですか、エルカ殿。」

 一例として示した豆の繁殖に、オカリナの演奏を終えたばかりのエルカへ、その感嘆が飛ぶ。


「豊穣の祈りだけではなく、水、肥料、ぼかしとして希釈した木酢液を用いて、後は健康な種豆を用いる事で、このくらいは。勿論、送り込む魔素の加減も大事です。二年目、三年目と土が育てば、魔素も肥料も減らす事が出来ます。継続的な管理が大事です。」

 試験として行ったそれをエルカは説明していく。それを他の詩魔法師たちは真剣に聞き入っている。


「ただ、魔素を乗せて送り込めばよいという訳ではないのですか?」

「無駄になる魔素、というのが、トウコ様の研究の一つです。オカリナを用いて、消費する魔素を抑える事は、詩魔法師にとっても、豆にとっても重要なのです。豆以外の作物であれば、それはより厳格になり、作物についてのその研究の多くはリゼウ国に引き継がれていますが。」

 先日の「独自裁量権」を得て以来、エルカはそうやって、他の詩魔法師たちに教えを求められる事が増えていた。

 村でも、統合の際にそうした相談をされていた事を思い出し、それが経験となって無理なく対応する事ができていた。


「ああ、うちでもありましたね、ああいう時期が。次は、自分で考えた事を試してみたいと言い出すのですよ。そのうち、手近で掘り起こす場所がなくなりますよ。」


 開墾を終えたばかりの畑を使い切ったと、またそれを求める国の重役の姿を幻視し、兵士が酷く冷たい顔と、青い唇をして鍬を振るっているのを、衛士はただ唖然として見ていた。

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