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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
スラールの転機
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ディルを征伐すべし

 兵士たちは進む。それが、侵略である事はもうずっと前から気がついていた。


 ここ数年、バルドー国では疫病が蔓延し、豆の収穫も明らかに落ちていた。

 そうした時に、国王はサザウ国から豆の支援を取り付けたという。

 その横に、サザウ国の代表としてシギザ領のコヴ・ダナウが立ち、政官たちの前で二人は固く握手を交わした。


 しかし、送られてきた豆は僅かであった。シギザ領の隣、ディル領の領主が、その豆を横から奪ったのだという。

 同国ではエスタ領も共謀者となり、遠くリゼウ国による、サザウ国の併合を急速に進めているそうだ。

 それでも物資は、いくらかはシギザ領から運び込まれ、豆が政官や武官を中心に配られる事になった。


 その年、畑の薬なるものを入手したと、コヴ・ダナウがそれを国王に捧げ、庇護を求めてきた。


 その薬が良くなかった。

 薬がまかれた畑は、その尽く、豆が芽すら出すことがなかった。

 後から、肥料というものが必要だと知らされるが、薬がまかれた畑は、最早豆をつけることはなかった。詩魔法師が豊作を祈ったが、それは変わらなかった。


 そうしている内に、シギザ領から、ディル領の者の手に追われ、避難者が駆け混んでくる。

 シギザ領に滞在する兵士たちに伴われ、そしてそこで、疫病が始まった。


 避難者が次々と倒れ、詩魔法師の祈りも届くことなく、死に至る。

 それを伴った兵士たちは、隔離され、劣悪な隔離場で徐々に衰弱し、そしてただ成す術なく、息を引き取った。


 国内は恐慌状態となった。

 疫病の蔓延は銅鉱山でも深刻化し、再建は最早不可能だと噂になった。


 冬期を迎えた頃には、ディル領を打つべし、との声が武官を中心に大きく広まった。

 政官もまた、追ってそれに同調していった。

 そんな折に、一つの噂が一斉に広まった。


「サザウ国、リゼウ国は、近年稀に見る豊作で、豆が定職を持たない非定住者にすら無償とも言える価格で振る舞われているらしい。」


 沿岸の港を中心に広まったそうした噂は、ディル領征伐の気運を大きく加熱させた。

 

 だが、シギザ領に滞在する前線の兵士達は、薄々と感づいていた。

 そしていよいよ始まった征伐の進軍で、内心をそれを裏付けていった。


 進めど、進めど、民もなく豆もない。

 始まった雨季の雨の中を進む、バルドー国の兵士を待っていたのは、無人の村と、豆ではない何かが無造作に茂った、畑であったらしき場所である。


 兵が探索をするも、ディル領とされる、農村だったと思われる場所は、人も居なければ、その亡骸すら無かった。

 ただ、徹底して、空の住居のみで、何もなかった。


 豊作だったという噂は、本当なのか。

 その疑念は、兵士たちの足を徐々に足かせとなっていった。


 同時に恐怖が支配していく。ディル領で、サザウ国で一体何が起こっているのか。

 進めど、進めど、誰も居ないこの土地で、「誰がシギザ領を襲ったのか」。


 噂は誰が広めたのか、その噂は何処からきたのか。


 交易路とされる海岸沿線の交易路を、荷車一つ通らない。

 それは、バルドー国の兵士たちがシギザ領に滞在するようになってから、一貫していた事だった。

 時折、避難してきたという者が、兵士に保護されるだけ。


 港町にも人はない。森を潜って漸く見つけた開拓村も、人はなかった。


 人が居なくなった理由は、「自分たちだったのではないか」と、薄々、気づいていった。


 疑念は疑念のまま。


 そうして、土地に詳しいという独立商人に導かれて、兵士たちが辿り着いた場所。

 「燃え尽き、朽ち果てたディル領の領館」はそこにあった。


 案内をした商人はその場で崩れ落ち、泣き、叫び声を上げた。細く、古いが、僅かに付き合いがあったのだという。

 その有様を何も知らなかっただろう事は誰の目にも明らかであった。


 打つべきディル領はそこになく、あるべき豊作はそこになく。

 燃え落ちて、恐らく、しばらくと時間の経った、領館がそこにあるだけ。

 誰がそれを、やったのか。少なくとも、自分たちは預かり知らなかった。


 前線の兵士達は、内心、気づいていた。自分たちは、戦争に駆り立てられたのだと。

 或るはずのない豆を探し、居るはずのない無法なディル領の役人やサザウの衛士を探す。


 知らぬは、自分たちを指揮するためにやってきた、馬に乗った武官だけ。

 兵をそこまで進めた以上、最早、何もなかったと、手ぶらで帰る訳には行かない武官だけ。


 ディル領を半分と過ぎた頃見つけた領館の廃墟を境に、遠くに、偵察と思われる馬に乗った衛士らしき姿が、時折報告されるようになった。

 しかし、遠くで彼らを伺っては、去っていく。その姿を追う気力は、誰にもなかった。


 食料が滞り始めていた。雨季の一の豆は、その作付けが行われる頃であったはずだ。

 今や、兵士に送る豆すら、失われているのか。或いは、自分たちが国元に見捨てられたのか。


 武官は口にする。豆を見つければ、奪って構わないと、それをはばからなくなった。

 ディル領に対する征伐であったものは、ただの飢えた略奪目的となり始めていた。


 そうした進軍が、ディル領の西部、川が流れる場所を後二日ばかりとされる頃。


 そこは妙に足元が悪い場所だった。地面は耕された畑の様で、それが一面と広がっていた。

 足を踏み入れれば、僅かに沈み込む。雨の水を吸った地面はそれを引き上げるのに体力を奪う。


 そうした場所で、遠く、サザウ国の衛士らしき姿が列を作って対峙している。

 数こそは、彼らよりもずっと少なく半分にも満たなかったが、槍や弓、矢筒を携帯し、人を殺すための武装をして居る事は、誰の目にも明らかであった。


 馬に乗った武官の指示が飛び、兵士たちは各々、弓を構え、槍を構える。

 漠然とした軽い空腹の中に、理性を奮い起こし、計画された通り、整列をしていく。


 その日は雨が降っていた。雨音が辺りを包んでいたはずだった。

 しかしそんな空間を、何かの音が響き渡り始めた。

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