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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
スラールの転機
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雨が降り、地は固まる

 数日と続いた晴れ間は、議事の会場を出た頃に、いつしか雨と変わっていた。


 河内幢子は、その雨を見て、深く長いため息を吐き出す。

 張った肩の重み、軽い喉の乾き、足の脹脛ふくらはぎの張りさえも、その息と共に吐き出してしまいたかった。


「協力に感謝する。コヴ・トウコ。」

 窓越しに窓を見つめる幢子と、それに沿うコ・ジエの後から、やや高めの声がかかる。

 短く小さなため息を吐き出し、幢子が振り返ると、栄治と護衛の兵を付き従えた、アルド・リゼウの姿がった。


「本来であれば、我が国に招いて、ゆっくりと話したい所であったが、な。だが、この数日、貴方と関わり合うことで、一番の心配もなくなったという心地で居る。」


「と、いいますと?」

 幢子は取り繕う顔もなく、口元を歪ませ、アルド・リゼウの顔を見る。


「貴方と、我が農相に、どちらかが懸想けそうの下地を前提にした関係があるのではないかと、な。」

 その答えに、幢子の歪んだ口元が返り、頬がゆるむ。


「無いですね。」

「無いな。」

 二つの言葉が重なる。挙げ句に、幢子は、込み上げるそれを我慢できず、ついに笑い出す。


「そういうのは遠慮してるんです。私が忙しくも、楽しく居るのには、煩わしいので。」

 少しだけ、痛む心を隠しつつ、幢子は付け加えて答える。

 その言葉に、無意識に目を細めたコ・ジエの姿を、アルド・リゼウは見逃す事はなかった。


「でも不思議ですね。そういう俗っぽい会話を、国の王様とするなんて。その感覚は新しい発見です。何処かに察しの悪い、連れ合いでも居るのでしょうか。」


「そうかも知れないが、それ以上に、答えを決めかねていたり、貴方と同じ様に、つい自分の欲求が先に出ていて、誤魔化したり、はぐらかされたりしているのだろう。そこに落ち着いた。」

 まるで、当事者がその場に居ないかのように、アルド・リゼウも込み上げる笑いに口元を緩ませて、笑っている幢子に視線を移す。


「望郷に、心を残した相手がいるのか?」

 この際とばかりに、助け舟を出すつもりで、アルド・リゼウは幢子に問う。


「それとはちょっと、違うんですけどね。出会うべき相手に、出会えていない。そういう感情です。」

 元の世界でも、ついに誰にも打ち明けてくる事の無かったそれを、幢子は初めて口にする。


「そうか。だが、悪くはないものだぞ、そういう相手を見つけて、得た感情というのは。」

 幢子は、そう述べるアルド・リゼウの顔を見て、安心と、微笑ましさを感じ、頬が緩む。


「さて、どうしましょうか。これから。私はもう一つ、王都でやるべき事を終えて、領に戻らねばなりません。」

 気持ちを切り替えて、幢子がそれを切り出すと、その場の面々の表情も切り替わる。



「国主様、私にもう一度、少しで構わない。時間を頂けないだろうか。」

 誰よりも早く、口を開いたのは、今は名もなき兵であった。


「コヴ・トウコ殿、コ・ジエ殿。我が国に封じ、もうこの国に来ることがないだろう男の言葉だ。構わないか?」

 それを問われ、幢子が頷き、それにやや遅れて、コ・ジエが頷く。


「許す。相手は多忙の身だ。手短に済ませよ。」

 手振りに依ってそれを許された男は、それを合図に静かに二人を前にひざまずく。


「どうか、民を、頼みます。」

 それが過ぎた願いであると解っていても、男にとって、今や、それを頼める相手に心当たりは、目の前の二人にしか無かった。


 自分に、それを導ける才も、その知識も、それを頼る相手も、居なかったのだとこの二日で痛感し、それに飢えていた事に、漸くと気づいた。


 例え、汗をかき、武芸に身を任せ、気を紛らわせても。

 例え、香草を焚いて、それに身を委ね、一時にそれを忘れても。

 問題は変わらずそこにある。


 そこに直面した時、素直に、優れた相手に願い、それを求める。

 そうした手段もあったのだと、或いは何処かにそうした良き出会いがまだあったのかも知れないのだと。


 そこまで考えて、飢えに気づいてすら居なかった自分には、やはり無理であったのだと自覚した。


「それを私に望む、それが出来ると信じる、誰かが居るのなら、私に出来ることをする、と、先のコヴ、ヘス様と生前に約束を交わしました。」

 幢子は、無表情に、ただ静かにそれを答える。


「私は、トウコ殿ならば、それが出来ると望み、信じています。」

 コ・ジエが少しだけ微笑んで、それに続ける。


 名もなき兵士は、それを聞き届けると静かに起き上がり、二人へ深く礼を払い、背を正す。


「部下が失礼をした。私は、明後日の昼にはここを立ち、国元へと戻るとする。だが、時間が許せば、一度、共に食事でもどうかと思うのだ。農相が作った、オカボという食物を持ってきていてな。」

 まるでそこに何もなかったかのように、アルド・リゼウが会話を広げるのを、コ・ジエは心の奥で感謝し、それに応えようとする。


「豆でお願いします。二の豆の使い方に、一案ありますので、お話したいと思っていました。」

 しかしそれを口早に遮り、話を進める幢子に、コ・ジエは固くなった表情を緩ませる。

 そして目をやれば、その二人の向こうで、京極栄治が、やや顔を赤く、表情を強張らせていた。


「では、私がそのオカボ、コメを頂きますよ。明日の夜、くだんに関わった者を呼び、晩餐の時間を都合しましょう。そして、その者たちにもコメを食べていただきましょう。」

 コ・ジエの提案に、栄治が満足そうに頷くのを見届けて、一同はそこを分かれた。

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