鉄はそこにあるのか
「まぁ、鉄はあるんすよね。ぶっちゃけると。」
由佳は、組合本部長の部屋で、紙と鉛筆を手に、恐らく今時分、幢子に依って力説されているだろう計画と財源についての説明を始めていた。
「リゼウ国で黄鉄鉱が見つかってて、北部の連峰に硫化水素が吹いてる場所がある。となると、硫黄の層は斜めに走っていて、その逆方向に向けて等高線を辿っていけば、硫化してない、鉄の層があるかもって目算は立つんすよ。それが鉄鉱石か、砂鉄かはわからないんすけどね。それを測量で調べるって寸法なんすよ。」
そうして、紙の上に描いた地図へ、幾つかの丸を書き足していく。
「で、ポッコ村の傍のサト川、ここに相当量の砂鉄が流れ込んでる。この上流にも露出してる鉄の層があって、これが水と一緒に滲み出てるなり、水流で削られて出てきてるなりしてる訳っす。だからこれも、量から見て結構豊富な鉄の層があるって感じっすね。そこから同じ層を辿って、露天掘りをかけられそうな場所を探す。」
由佳の書いた簡易地図と、露頭の簡易図を見比べ、本部長は唸る。
そうした鉱脈関連の知識は僅かにあるものの、銅や錫の鉱脈を持つバルドー国の完結した専売知識であり、実際に山師の側面から意見を貰うことは今まで無かった。
「鉄は融点、火を焚いても銅や錫ほどは溶けにくいっす。合金での融点降下も期待できないっすから、低性能の炉じゃ製鉄が出来ないっす。せいぜい柔らかくなるだけ。だから消費量から見逃されてる鉱脈も、この辺りじゃ沢山あるんすよ、多分。そこを一足とびに何とか乗り越えたのが、幢子さん、っと、コヴ・トウコの製鉄体制と稼働実績っすね。」
「バルドー国じゃ、鉱夫のオッチャンたちからの印象だと、鉄は、有用性こそ解っているものの、銅や錫に比べて、燃料食いのガラ石扱い、とは言わないまでも、価値は下がるんす。しかも抽出と管理を上手くやらないと直ぐに酸化して錆びて脆くなる。その前段階で、赤鉄にしても、磁鉄にしても、赤銅より硬度があるから、多分、鉱夫にも嫌がられてるっすね。で、ここに出てくるのが例の栄養価問題からの体力不足や、落盤崩落事故での鉱具や鉱夫の喪失、って話もあるわけで。」
説明を続ける由佳を前に、本部長は思考を深める。ブエラが「最後の愛弟子」として寵愛してやまないのは、その才、審美眼をも見込んでのものだと再認識をする。
「聴いてるっすか?もしわからない所があれば、今のうちに聴いておいて欲しいんすけど。」
由佳は、反応の薄い本部長の顔を見て、一端、言葉を止めて確認をする。
「大丈夫だ。鉄の価値や産出の目算は解った。そこを、うちの組合を通す理由は何だって所に引っかかってな。」
本部長は、先達て引き合いに出された、自分たちの役割についての疑念を深める。
「難民の人たちに飯を食わせなきゃなんすけど、誰が食わせるかって話なんすよ。正直、豆を作らせる人手は、リゼウ国では足りてるし、この先、余る傾向が出るっすね。なるべく早く、シギザ領に戻すなり、サザウ国で引き受けるなりしないと、ただ飯を食わせ続ける事になるんすよ。だから、鉱夫をやらせたいんだけど、そうすると採掘された鉱石の所有権の取り合い問題が出てくるっすね。」
「まずは一人ひとりを採掘を仕事にする商人って扱いにするっす。それで、採集した鉱物を豆と少量の貨幣で買うって契約にするっす。そこに、独立交易商組合を噛ませる事で、貨幣の分を組合に手数料として、そこからリゼウ国に少しだけお金を流す。こうしておけば、臨機応変に農夫と運び手と鉱夫を管理調整したり出来るっすね。鉱夫だけ専業でやらせてると、飛沫鉱物を吸ったりして実は身体にも良くないんすよ。」
栄治と幢子はそこに、身体検査済みであり、栄養価改善を開始済みという価値も付けていたが、由佳はあえてそれを口にすることはなかった。
それは、難民の中で罪地へと送られた「草の同志」の存在は、この場で口にするのは複雑であったからであり、恐らく、議事に臨んでいる幢子も同様だろうと、由佳は想像していた。
「お金をもらうだけのリゼウ国には、採集物の権利や、国民の扱いどうこうって口出しもしにくくなるっす。実際、彼らの住んでたシギザ領での農地は使えないっすからね。飯も食わせてもらえてお金も貰える。挙げ句、そこに投じたものが鉄道になって四年後には返ってくる。それに、組合には依頼って発注形式にする事で、その輸送も円滑化出来るし、国を跨いだ同時作業も組合で一本化して管理できるっす。依頼にすれば開示範囲も絞れるっすから、各領で懇意の商人も運送や管理に送り込めるっすよ。」
そうして、由佳は自慢げな顔をして指を自分に向ける。
「それらに合致した都合の良い商人が、居るのならば、な。」
「ここに居るっすよ!何処見てるんですか!」
顔を赤くして叫ぶ由佳を見て、本部長は笑う。
「冗談だ。成る程な。確かに適任だ、立ち位置も良い。うちも、レールを敷いた道に関われるから、後々、その運用にも口を出しやすいし、南部の交易街道にレールを敷く際の段取りや試算も分かるって事か。」
「そうっす。幢子さんにしてみれば、レール作って鉄道敷くだけをずっとやり続けるつもりはないんす。独立交易商組合で、以後のレールの敷設計画や運用管理を引き継いでくれって事なんすよ。例え、荷車が全てトロッコになっても、誰も文句が出ないように。そこまでは面倒見ないから、組合で上手く行くように調整してくれって。」
由佳は、朧気に蒸気を吹き上げる鉄の塊を想像し、本部長の顔を見る。
「本当、あの時、頭を掴まれていて良かったよ。お陰で、この鉄を乗せたトロッコに乗り遅れずに済む。」




