トロッコ
スラール旧街道の再整備。それは、来賓として招かれているアルド・リゼウがその場にいる、その最たる要因にして、彼が持ち込んだ最大の問題と言える。
だがそこに、場に現れたコヴ・トウコ・ディルの存在が拍車を掛ける。
「単に、街道として復活させるのではなく、沿線全体の活性と、新しい基軸の輸送路、雇用を打ち出すのです。」
計画の共同提案者としてその場に承知された幢子は、昨日そうした様に資料の配布を始める。
「私が提案するのは、レール、そしてトロッコです。これを旧街道へ敷設していき、既存の荷車を用いた運送路である沿岸の交易街道とは差別化を図ります。」
「このトロッコは、レールの上を走らせる事にのみ特化した荷車です。輸送に於ける道の断続的な凹凸や、点在する石は、長い輸送路で輸送商たちの最大の問題と言えるでしょう。それを、このレールの上を走らせる事で、大幅に緩和させ、またその整備の省力化も可能となります。敷設するまでが大きな労力を必要としますが、運用が始まれば、沿岸の交易路以上の高速輸送が可能となるでしょう。」
幢子が示した資料を一読し、議事に関わる貴族たちは口を開き始める。
「そのために必要となる測量、及び切り拓きの人材は、リゼウ国が出そう。そう言っている。」
アルド・リゼウが発すると、それはたちまちと喧騒となる。
「しかしそれは、我が国の仔細な情報が、リゼウ国にも共有される事になる。」
「サザウ国に生み出す利益も膨大となるでしょう。この主要となるのが、レールを敷いた路線に点在させる、荷を運び、荷を下ろす、駅の存在です。沿岸の補給港と同質のものを陸に興すのです。人が住み、水と食料を求め、双方の荷の依頼主が出荷と集荷に訪れる場所となります。」
幢子が紙面に記された情報を、議事に関わる面々がそこまで読み解いているとは時間的に思っていないため、改めて述べる。
「そのレールなるものを作るのは何処だ。駅を作るものは何処だ。どれだけの予算が必要なのか。サザウ国ばかりが割りを食うのではないかね?」
「レールはディル領で生産をいたしましょう。トロッコについては各種規格に則りさえすれば、国が管理する運行時間の範囲で、増やすことも出来るでしょうし、利用にトロッコ一つを基準に課税する事も検討していいでしょう。その課税分で捻出した駅建設・維持の予算を回収すれば良いのです。」
そうして、幢子はコ・ジエに合図を送る。会場に鉄の棒が二本と、枕木となる木材を担いだディル領の役人の面々が現れる。
それらは昨日、ハヤテによってヤートル原基と共に運び込まれたものであり、それは幢子の残した図面と手法をポッコ村の製鉄・鍛冶担当たちが再現したものだった。
「四ヤートルを基準とするつもりですが、これは試作として作成させた、一ヤートルのものです。」
事前の説明通り、組まれていく枕木とレールに、その場の貴族たちは息を呑む。
「この上を、トロッコが走ります。地面から離れている、車輪間の高さが左右で一定のため、トロッコを曳く者は、前に進む事と、前のトロッコとの距離感を考えるだけで済みます。もし急勾配があれば、レールを敷設する前にある程度、地面を削り取ってしまいます。そのためにこそ、測量が必要と言えるでしょう。」
幢子の説明に、アルド・リゼウが傍で頷く。これだけで、既に二人に事前の根回しと、計画に関しての協力関係があると周知させるには十分であった。
「運用が大きな利益を生み出すと実感されれば、南部の交易街道も拡張し、新たにレールを敷設させればいいでしょう。その際には、先達て行われるこの旧街道整備の開発と運用の情報が生かされるため、より具体的で、省力化されたものが用意できるでしょう。」
「それに、荷に拠って、向き不向きもあります。駅を出入りする荷は、細部ではレールの外を進める従来の荷車がその利便性を発揮します。全てが即座に、レールとトロッコに塗り替わるわけではありません。」
その既存の荷車にも、遅からず幢子の手が入る事を知っている者は、その場には数人であった。
だが知っていればこそ、目の前の新たなコヴが生み出す利と、それが発生させる飢えの大きさに、周りにそれが共有ができず、ただ苦笑いを浮かべるしかなかった。
「この計画に所要する期間に付いて、問おうじゃないか。実際に税が取れるまで、どれくらいかかるんだい?」
ブエラが場の喧騒を抑え、静かに問う。
「間断なく従事したとして切り拓きと測量に、まず一年半。ディル領側からレールの敷設を始めたとして、敷設箇所から操業を始めたとして王都の真北までは最短でそこから半年。予定距離全線を含め、全工程終了まで四年を提案します。」
幢子は一抹の不安を覆い隠し、意を決し、迷いも折り込んで、言葉を発す。
「それで、ディル領とリゼウ国が、サザウ国に望む支援はなんだい?」
「一つ、ディル領の早期情勢安定として、リゼウ国の派兵支援も受け入れること。」
幢子がそれを述べると、場内が急加熱する。その騒音を、ブエラが手を掲げ制す。
「二つ、測量に拠って発見された露頭鉱脈の、計画完了までの自由採掘権と、自由運用権。旧シギザ領に於いての同様の自由採掘権、入手鉱物の自由運用権。」
幢子がそれを述べると、場内が一転し、その殆どが一斉に言葉を失う。
「三つ、現在、同期間のリゼウ国に避難をしている旧シギザ領民を任意で鉱夫商としての期間転用と、独立交易商組合への貸出です。」
幢子がそれを述べた時、その場でブエラはただ一人、口元を緩ませた。
「我が領は飢えております。それを欲して止みません。」




